第26話 自宅、憩い?のひととき


 ファミレスで食事を済ませた後、楓と明日野の二人とは別れて家に帰る。



 明日野もファミレスで突然謝罪してきたのには戸惑った。

 思い付く理由は、きっと俺に敵意を持って睨んできたことだろう。

 二度も謝ってきたのは余程気にしていたのだろう。

 前にも増して明日野の真剣な眼差しに『気にするな』と言っておいた。

 それでも俯いて切なげな様子に、自然と頭を撫でそうになり、美郁の言葉を思い出し間一髪のところで止めた。

 折角、悪い印象が取れたのに、また下手なことしてセクハラ男になるところだった。


 二人はファミレスの後、例の洋菓子店に向う話をしていた。甘いものは別腹とは何とも女子らしいと思いつつ、やっぱり楓は食いしん坊なのだと実感する。

 俺も誘われたが、昨日の今日であの人形にお目に掛かるのは勘弁願いたい。確かにケーキは美味しかったが、また今度誘ってくれと断っておき、こうして家に着いた。


 家に帰ると珍しく美子さんがおらず、古風にダイニングテーブルに書き置きがあり。

『光四郎さんとデートしてきます』とハートマークを添えて書かれていた。


 今朝のやつれた父さん、光四郎さんの姿を思い出し、手紙に合掌してから部屋に戻った。


 楓の宣言はともかく、伯東の事に関しては美郁に伝えておこうと思ったが、書き置きかあるくらいだから美郁も外に出ているのだろう、念の為美郁の部屋をノックするがやはり返事は来なかった。


 再度自室に戻ると眠気が襲ってきた。

 伯東からの連絡で、二度寝しそこねていたので、そのまま昼寝をすることにした。



 何だか懐かしい夢を見た。

 好きだった彼女と過ごした何てことはない出来事の積み重ね。

 もう戻らない時間。

 でも、夢の中の俺はそれを理解していなくて、ただ無邪気に笑っていた……大好きな彼女と一緒に。



「おにぃ………おに……お兄ちゃん、起きて、起きてよ、眠りすぎるとまた夜寝れなくなっちゃうよ」


 もうすっかり聞き慣れた声に目を覚ます。

 先程までの景色が夢なのだと気付いたら、自然と涙がこぼれていた。


「どっ、どうしたのお兄ちゃん。もしかしてまたどこか痛くなっちゃった。大丈夫? 救急車呼ぶ?」


 突然俺が涙したことで、パニックになる美郁。


「落ち着け、ちょっと怖い夢を見ていただけだ」


 さすがに本当のことは言えずに誤魔化す。


「あっ、分かるよ。僕も二度寝した後怖い夢で一回目が覚めたから」


「そういう訳だから大丈夫だ」


「うん、分かったけど、本当に苦しくなったら僕に言ってね。事故の後遺症が後々で出る可能性だって有るわけだからね」


 そう言って心配そうに俺を見つめる美郁。


「ありがとな」


 俺も美郁の気持ちに感謝して、明日野に出来なかっ頭ポンポンをしておく。

 美郁は本当に嫌じゃないらしく、嬉しそうな表情を見せてくれる。


「それでお兄ちゃん。夕飯だけど何が食べたい?」


「あれ、母さん達は……もしかして」


「さっき連絡が来て、今日はお泊りデートみたい。多分私が言っちゃったから……夜中に怪しい女の人の声が聞こえて怖かったって」


 それでピンと来た美子さんは俺達に気を遣って、というよりは気を遣わず羽目を外したかったんだろう。最近光四郎さんは仕事漬けで忙しかったし……しかし休む間もない光四郎さんには改めて合掌しておいた。


「事情は分かった。ミィは特に食べたいものは無いのか? 何なら外に食べに行ってもいいぞ」


「うーん、折角だから家でゆっくりしておきたいかな、食べたいものはお兄ちゃんが食べたいもので良いよ」


 うん、『何でもいい』と並んで一番困るやつだな、ただ美郁はいい子なので俺が選んだものに文句は言わないだろう。

 中には本当にいるからな『何でもいい』と言いつつ、自分が期待していたものしゃないと露骨に不満げになるやつ……何を隠そう諒也自身のことだが。


 美郁としては、そういう部分も知っているのであえて判断をこっちに委ねたのかもしれない。


「それじゃあ。ピザでも頼もうか」


 というわけで無難なデリバリーの定番に決めた。


「あっ、良いね。それじゃあ何か映画とか見ようよ」


「おっ、良いなそれ」


「うんうん、だよね。僕って天才かも……にっしっしっしっ」


 俺の同意を確認すると美郁が嬉しそうに頷いていた。でも天才って言うほど凄い提案じゃないぞと内心思いつつ、美郁と一緒にリビングまで行くとソファーに座る。


 俺のスマホを二人で除きながら、好みのトッピングを選んび、それをハーフハーフにして頼む。


 ピザが届くまでの間、見たい映画をオンデマンドの配信から選んでいると美郁がこれが見たいと言い出した。


 タイトルは『君をバラバラにして食べたい!』


 正気ですか美郁さん。しかも飯食いながら見るような映画じゃない気がするんですが……。


「あのな、本当にこれが見たいのか?」


「うん、友達に進められてて、斬新なホラー映画だって」


 簡単な作品紹介を見るとゾンビものらしいく謳い文句が『新ジャンル、サイコホラーサスペンススリラースプラッターの衝撃』と明らかにダメダメ感満載であるのだが、当の美郁は見る気まんまんなので仕方なく、それを見ることにした。


 結論から言えば飯を食いながら見る映画ではなかった。

 ストーリーも意味不明で、浮気して裏切った女がゾンビになった彼から追いかけ回されるという展開なのだが、最初のツッコミどころとしては、ゾンビになった彼が何故かチェーンソーを持って追いかけてくるところだろう。

 ただ、驚かすところはしっかり驚かしに来るので、その度に美郁にしがみつかれてしまっていた。

 あと、こういうB級作品にありがちなサービス的なエチエチシーンでは少し気まずい雰囲気になった。

 最終的には浮気女はゾンビ男の餌食になるのだが、お約束のエンドロールの後で、悪霊となって復活した浮気女がゾンビ男の元へ復讐に向うという、何ともいえない内容だった。


 もちろん余韻に浸るような映画でもないので早々に気持ちを切り替える。

 しかし美郁は予想以上に怖かったのか俺にしがみついたままだった。


 そんな、ちょっと残念な映画を思ったのは映画の感想ではなく別のことだった。


「なあ、ミィ浮気ってどう思う」


「えっ、そんなの絶対駄目だよ」


 美郁が少し感情的に話をする。


「でも、ほら重婚とか出来るじゃんか」


「何言ってるのよお兄ちゃん。パートナーが複数居ることと浮気は別モノだよ。お互いに納得して信頼の証として結婚するのにコソコソ浮気なんてしたら犯罪だよ。どうしたの急にそんなこと聞いて」

 

 どつやら重婚するのにも決まり事はあるようだ。

 後でネットで調べておこう。


「いや、実は……」


 そう言って今日の昼のことを美郁に話した。



「うーん、お姉ちゃん。何考えてるのよ……」


 話を聞き終わり美郁も呆れた表情になる。

 

 変な空気を払拭させるために、もう一本映画を見ることにしたが美郁がまたホラーをチョイスした。


 諒也の記憶では怖いのは苦手だったはずだった。 

 実際、昨日は怖くて一人で寝れない程だったし、

 そう不思議に思っていると案の定というか、怖くて一人で寝れなくなった美郁が俺のところに来た。


「ごめんね。お兄ちゃん怖くて、ママとパパもいないし」


 逆にそういう状況で兄とはいえ男の部屋に入ったら駄目だろうと思いつつも、怖くて震えている美郁を放っておけなくて、昨日と同じようにベッドに迎え入れる。


「今度からホラー禁止な」


「えー、横暴だよ」


「問答無用。さっさと寝る」


 こんなことをされたら、妹とはいえ気がきでならない。自分に言い聞かせる意味も含め寝るように促す。


「はーい、おやすみなさいお兄ちゃん」


 そう言って背中越しに抱きついてきた美郁の手は昨日ほど震えていなかった。

 ただ、締める力は昨日より強く感じられた。

 

 




 

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