第33話 前哨戦開始


 最近恒例になっている楓との昼食お弁当タイム。


 いつものようにオカズを交換しつつ、最近様子のおかしい明日野について話をする。


「なあ、明日野さんの事なにかしってるか?」


 楓が事情をしらないか聞いてみる。


「ううん、知らない。でも、変だよね今日もお昼誘ったけど来なかったし」


 明日野とは、ゲームセンターに行った翌日から一緒にお昼を食べることが多くなっていた。

 最近別のグループの女子達と仲良くなったと喜んで、そちらの女子達ともお昼を食べることが多くなっていた。


 でも、ここ最近は明らかな作り笑いが多くなっていた。過去の経験からその様子に思い当たるフシはあった。


 理由は分からないが、明日野は虐められている。


「楓……多分、明日野はイジメられている」


「……そう」


 楓が動じることなくお弁当を食べ続ける。


「動揺しないんだな、それとも意外と冷たい?」


 物凄い剣幕で睨まれた。

 美人なので尚更怖い。


「私、100人の知人より、一人の友人の方が大切なタイプなの」


「奇遇だな、俺もだ」


 俺がそう言うと睨んでいた目が嬉しそうに変わる。


「ふっふ、それはまた凄い偶然ね諒也君」


「あっ、なんかデジャブかも」


「デジャブじゃないよ、前にも似たような事話してるし」


「えっ、そうだっけ?」


 わざとらしく戯ける。


「もう、分かってるくせにって、そんなことより、未来のことどうするの」


「まずは実行犯のグループだよな」


「実行犯? 黒幕が居るってこと?」


「ああ、狙われ方が唐突すぎる。特に何かやらかすようなこともしてないのに」


「そうなの? グループ内で何かあっただけかもよ」


 楓の意見も考えられなくない。


「もし、それだけなら、楓には相談するんじゃないか?」


「えっ、そうかな、そうだと良いけど」


 悲しげに楓が俯く。

 今の様子だと明日野は抱え込むタイプっぽいから、一概には言えないが、少し仲良くなったとグループ内でハブられたりしたとしても、あそこまで思い詰めた様子にはならないだろう。


「ああ、でも相談がないってことは、つまりはもう楓に相談できないくらい状況が悪くなっている。追い詰められてるとも考えられる」


 楓が悔しそうに拳を握る。


「なら、あのグループ潰せばいいのね」


「まて、まて、黒幕がいるって言っただろう」


「えっ、それって瀬貝君じゃないの?」


「はっ? なんでアイツが」


 俺に突っかかるのは分かる。

 でも、特に絡みのなかった明日野を標的にする意味が分からない。


「理由は分からないけど、あのグループって瀬貝君の取り巻きの子たちだから」


「……そうなのか、じゃあ状況的に一番怪しいな」


 怪しいというより、確定だろう。


「だから、理由なんて本人達に聞けばいいじゃない」


「……まあ、そっか。じゃあ早速行動開始だな」


「へぇ、諒也君。なにか作戦でもあるの?」


「まずは、証拠集めだな……ああいう輩は誤魔化すのは上手いからな」


「そうなんだ。じゃあ私もそれとなく話を聞いてみるよ……一緒に未来を助けましょう」


 楓から真っ直ぐな視線が向けられる。

 俺は頷くと教室に戻る。



 ちょうど明日野が例のグループから何かを言われていた。

 俺が近づいて来たのに気付いて彼女達は明日野から離れようとする。

 明日野は涙目でじっと何かを堪えていた。


 俺は彼女達を少し大きな声で呼び止める。

 涙目の明日野を見て我慢が出来なくなった。

 楓もさすがに驚いて目を丸くしていた。


「ねえ、君たち何で明日野さんに酷いことを言うんだ?」


 証拠は無い、言葉だけでいくらでも否定出来るだろう。


「何言ってんのかな、久方君。私達別に仲良く話してただけだよ、ねぇ明日野さん」


 案の定、グループのリーダー格である赤髪の子が、否定どころか明日野自身に同意を強要してきた。


「……うっ、うん」


 聞こえるか聞こえないか分からない、弱々しい声で明日野が頷く。


「あのな、なんで遠慮してんのか知らんけどさ、そこでそいつら庇い立てるなら、お前も明日野を虐めるそいつらと同じ、俺の敵だ」


 我ながら意味不明なことを言っている自覚はある。でも、明日野自身がたとえ俺や楓のためにという理由でも自分を蔑ろにするのは許せない。

 だから、これは俺のエゴで、一方的に助けるだけだ。

 たとえそれを本人が望んでいないとしても。


「なに、なに分け分からないこと言ってるんです。本当に彼女達とは何でもない些細な事を話していただけです」


 先程までの弱々しさが嘘のように必死に声を張り上げる。


「嘘だね、彼女達は仲良く話してたと言ったのに明日野さんは何でもない些細な事と言った」


「なんですかそれ、ただの揚げ足取りじゃないですか」


「それだけじゃない、仲良く話してたのに何で明日野さんは泣いてるんだ?」


 自分でも気付いていなかったのか、俺に言われて我慢していた涙がこぼれてることを知った。


「あれぇ、なんで、なんでよ、これじゃあ」 


 必死に涙を拭って取り繕うとする明日野。

 たまらず楓が駆け寄り抱きしめる。


「まったく、楓は兎も角、ボッチだった俺にいまさら気を使う必要ないだろう、クラスメイトから無視されようが今更だし」


 事実、このクラスを含めて学校で友達と言えるのは楓と明日野くらいだ。これは諒也の交友関係の薄さに感謝だ、しがらみなくやり合える。


「というわけでもう一度聞くけど、何で明日野さんに酷いことを言うんだ?」


「だから、言ってないって、明日野さんもそう言ってたでしょう」


 赤髪の子が声を荒げて明日野を睨みつける。


「それで、本当はどうなんだ? 遠慮なく話せ、絶対に俺が守ってやるから」


 俺の言葉に驚いたように顔をあげると、涙を拭って答える。


「…………うん、本当は嫌なことずっと言われてた『キモい』とか『ブス』とか、もっと酷いことも」


「だってさ、これってイジメだよね」


「うっ嘘よ、その子すぐに嘘つくし、趣味だって根暗で話し方も変だし」


 見事なまでの語るに落ちる姿、盛大な拍手をおくりたくなる。


「つまり、そうやって趣味をバカにして、話し方をからかった訳だ」


「えっ、ち、違うし、そんなの言葉のあやで……」


「でも、実際に明日野さんは泣くほど傷付いてる。もし本当に意図してやっていないなら、無自覚に彼女を傷付ける君達には、明日野さんの側に近づいてほしくない」


「そっ、そんなのアンタに決める権利なんてないだろう」


 いまさらこの状況で明日野と仲良いフリなんて出来やしないと思うが、感情的になった赤髪の子が食って掛かる。


「なら、明日野さんはどうだい、彼女達とこれからも仲良くしたい?」


 俺の問に今度は迷いなく首を横に振ると隣の楓の手を握って口を開いた。


「ごっごめんなさい。もっもう酷い言葉も、物を隠されたり、からかわれたりするのは嫌です。だっ、だから私に関わらないで下さい」

 

「なっ、せっかく仲良くしてやったのに、裏切るなんて本当に最低だよ。いいよお前なんてこっちから願え下げだよ、二度と話しかけてくんな」


 赤髪の子が一方的に怒鳴り散らしす。

 俺は彼女を威嚇する意味で鋭く睨みつける。


「二度と話しかけるなはこっちのセリフ。今のやり取り全部録音しといたから、もし約束破って明日野さんにちょっかいだしたら、これ教職会に提出するから」


 幸いなことと言っていいのか、うちの学校はブランド名を大事にしている。

 そのため対外的に叩かれそうなイジメなどの問題に厳しく、担任個人ではなく複数の教職からなる教職会で事にあたり対応している。

 ただ、正直に言えばこれだけではイジメの証拠にはならない、でも事情聴取など面倒に巻き込まれて目を付けられるようになるのは間違いない。


 瀬貝に頼まれた程度で、明日野に対して個人的な恨みがあるわけでもない彼女らが、そんな面倒事に巻き込まれたいとは思えなかった。


「ふん、分かってるわよ、せいぜいその根暗の陰キャ女とよろしくやってなさい」


 捨て台詞を残して去ろうとする赤髪の子に、俺は呼掛ける。


「あと、これって瀬貝に頼まれたことなのか?」


「なっ、なっ、何言ってるのよ。彼がそんなことするわけ無いじゃない」


 動揺を隠しきれない彼女の態度が何よりも答えを物語っていた。


 そんな彼女達の救いの神となるはずの男がタイミングよく教室に戻ってきた。


 俺は視線を向ける。


 そこには、厳しい表情の瀬貝と、のほほんとした伯東が並んでこっちを見ていた。


 



 

 

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