第32話 再起/苦悩

 目の前の光景。

 悔しさに歯ぎしりする。


 元気のない俺を励ましてくれるために妹が連れ出してくれた先で、一番見たくない連中を見る羽目になった。


 久方諒也。いつも俺に絡んで来るだけの三下が、何故か俺が居るはずの立ち位置を奪っていた。


 何もかもがおかしかった。

 最初は順調だった。幼馴染に執着し過ぎて俺を裏切る可能性のあったミカン。頭のネジがゆるい彼女を早々に俺のものにしたまでは……。

 それがどういうわけか、上手くいくはずだった紅葉への告白は失敗し、出会うはずだった美郁との出合いも邪魔された。

 なぜか本来俺が歩むはずの未来が歪められていた。


 それでも、紅葉の事だって告白の後からも十分巻き返すことは可能だった。

 あの店の出来事が無ければ。

 手に入れたはずのミカンですら俺から離れようとした。

 誰かが邪魔をしている。

 そして思いつく一人の女『明日野未来』


 あの女は俺にとって疫病神極まりない。

 実際に美郁と出会うはずだった場にもアイツは居た。

 あの喫茶店でも、そして今目の前にも。



 本当に忌々しい女だ。

 どこまで俺を苦しめれば気が済むのだろう。


 やはり排除しないといけないのは、当て馬にすぎない久方などより、俺の運命自体を狂わせる明日野だ。


 だから、俺はあの女を排除する決心をすると共に、本来手に入れるべき俺の女達を再び俺のものとするために行動を開始した。



「なあ、ひじり。確かお前の友達に美郁って子がいたよな?」


「……あれ? 兄様に美郁さんのことお話したことありましたっけ」


「ああ、前にちらっとだけ」


「そうですか、それで美郁さんに何か?」


「ああ、実はその子の兄とはクラスメイトの友達でさ、それでちょっと妹の件で相談を受けてて、一度話ができればと思ったんだ」

 

「なんと、それはさすが兄様。ご友人の為にそこまで親身になって相談に乗るなんて、誰にもでも出来ることではございません」


「ああ、だから良ければ一度紹介してくれたら嬉しい。ただ相談事のことは知られたくないから、出来れば偶然ぽっくしたいんだけど頼めるかな?」


「分かりました。今度お食事するときにでも、偶然を装って居合わせて頂ければ、それとなく紹介させて頂きますわ」


「ありがとう、さすが俺の妹だよ!」


「もっう、兄様褒めても何も出ませんよ」


 そう言いながら照れる聖。

 幸いアイツらと接点がないこともあり悪影響を受けていない。

 今の様子からも聖は順調に俺のことを好きになってきているようだ。


 俺は近くにいるアイツらに気取られないように、聖の手を取って立ち去る。

 折角、美郁と会うお膳立てが出来たのに、ここで会っては意味がないからだ。


 後は明日野に対する根回しを、仲の良くなったクラスの女子達を中心にお願いする。


 これで明日からの学校が楽しみだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 今日は激動の一日だった。

 まさか生ミークちゃんと会えたどころか、言葉を交わして………名前まで、ミークちゃんと同じ『ミク』なんて呼んでもらって……わが人生に悔いなしと死んでもいいくらいだ。


 ただ、現実的にミークちゃんにミクちゃん呼びされ続けると体が持たないので名前で呼んでもらうようにお願いした。


 ミクちゃんは残念そうにしていたが、最後はちゃんと「未来ちゃん」と呼んでくれた。


 ゲームセンターでは、ミークちゃんが兄である久方君のために頑張った。

 入院前にハマっていたらしい、アプリゲームのぬいぐるみを取る手助けをした。


 どうやら久方君もハマっていたらしい『ウマっぽい娘』に、ちなみに私の推しは……って、今はどうでもいい。


 とにかくミークちゃんと連絡先まで交換して、予想以上に親しくなってしまった。


 そしてそれと同時に私は困った事態に陥った。


 前々から分かっていたがミークちゃんは久方君の事が好きだ。それは兄としてではなく一人の男子として。

 そして友達になってくれた紅葉ちゃんも久方君のことを好きになりかけている、というかあれはもう好きだろう。


 久方君がゲームのようなクズでは無いと分かった為反対する気もない。

 ただ、私は推しと親友のどちらを応援していいのか分からなくなっていた。


 でも、そんな事を考えることが出来るのはまだ幸せだった。


 翌日から始まった嫌がらせの日々に比べれば……。



 ……それは水面下で始まっていった。


 最初は私と仲良くなりたいと近づいてきた女子達のグループが居た。

 彼女等は、人見知りな私の話でも嫌がらず優しく聞いてくれていた。ちょうど紅葉ちゃんやミークちゃんとも仲良くなれたこともあり、すこし気が大きくなっていた私は彼女達とも友達になれると思っていた。


 最初は話が合わない部分もあったけど、ちゃんと私の話も聞いてくれていた……いると思っていた。


 おかしいなと思い始めたのは、紅葉ちゃんとの時間を邪魔されたりするようになってから、あからさまに狙ったタイミングで話しかけ、意味のない会話をダラダラとし続ける。

 私が断ると、露骨に嫌味を言うようになり、陰口を言われるようになった。


曰く『友達の話を聞かない嫌なヤツ』、『中身はキモいヲタク』、『身の程知らずに瀬貝君の彼女になろうとしているストーカー女』、見に覚えのあることないこと含めて散々言われるようになった。


 最初は理解してくれていたヲタク趣味を気持ち悪いと言われ、人見知りからうまく話せない時の喋り方などを真似されてからかわれた。


 物も良く無くなるようになり、通りすがりに嫌味を言われた。

 知りもしない男子に告白され、断ると高慢な女と陰で罵られた。あの様子だと受けていたら、受けたで嘘告とかでからかわれていたのだろうけど。


 彼女達はそうやって執拗に、でも派手にやりすぎることはなく私を苦しめ、周囲に悪意をばら撒いていった。

 

 紅葉ちゃんや久方君も様子がおかしいことに気付いて、心配して何度も相談に乗ろうとしてくれた。  

 でも、既にクラスの女子のほとんどが私に敵意を抱いている中で二人を巻き込みたくなくて誤魔化しておいた。


 前世からこういったことになれている私は、私を庇えば紅葉ちゃん達も同じ目に合わされると知っているから。


 それにこんなのは軽いものだ。

 前世のあの時に比べれば……彼が私を救ってくれるまで味わってきた痛みと苦しみに比べれば。


 でも、やっぱり辛いものは辛い。


 家に帰って一人になると、つい考えてしまう。

 私を救ってくれた彼のことを、

 もういないと分かっているのに、また助けてくれないかなと、ありえない事を願ってしまう。


 そして他力本願な自分に嫌になる。


 だから私は『この程度のこと、どうってことない』と自分に言い聞かせて学校に行く。


 この世界の優しい家族と、折角仲良くなった紅葉ちゃんや、本当は凄く良い人だと分かった久方君に心配かけないようにするために。

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