第34話 野郎バトル、決着は予期せぬ方向へ
「久方、女子に何をしているんだ?」
「ああ、瀬貝。ちょうど明日野さんをイジメるように指示していたのがお前だったって、教えてもらったところだ」
「違う、私そんなこと一言も言ってない」
赤髪の女子が真っ先に否定する。
「ほら、彼女もそう言っている。言いがかりはよしてくれ」
瀬貝が口角をあげて薄ら笑いを浮かべる。
「そうか? なら彼女達がが主犯ってことで教職会には報告するよ」
「ちょっと、約束が違うじゃん」
「だって、嘘ついて誤魔化すような事をする人達の言葉なんて信用できないじゃん。それに俺は君達に指示した人が居ると思ったから末端より大元の方に釘を刺しておこうと考えてたんだ」
俺自身がハッタリかましておいて、よく言えたものだと思う。
しかし、そのおかげで俺の言葉に動揺した赤髪の子が口を開く。
「だったらっ、あ……うっ」
おそらく瀬貝の名前を出そうとした赤髪の女子が、瀬貝に睨まれて押し黙る。
「だったらって? 黙ってたら分からないよ」
「それは、えっと」
赤髪の子がチラチラと瀬貝の様子を見ながら言葉を濁す。
俺はさらに揺さぶりを掛けることにする。
これからどうなるかは、彼女達がどこまで瀬貝を慕っているか次第だろう。
「明日野さんをイジメるように指示した人が他にいないのなら、主犯は君達だ。だから君達のことを報告すれば明日野さんをイジメる人達は居なくなるだろう。俺としてはそれでめでたしめでたしって事になるけど……」
「なんで、そんな私達は……」
きっと彼女達としては瀬貝が何とか庇ってくれる事を期待しているのだろう。彼女達のグループ全員が瀬貝にじっと視線を向けている。
瀬貝はそんな彼女達の視線を受け口を開く。
「久方、そこまで言うのなら決定的な証拠があるんだよな。彼女たちが明日野さんをイジメていたっていう間違いようのない証拠が」
瀬貝の口から、真っ当な意見が出る。
喫茶店の件で俺は少し瀬貝を侮っていたようだ。
「それは明日野さん自身が告白してくれた」
そうは言ったものの、アイツの言うとおりさっきの録音した内容だけではイジメの証拠とするのは難しい。問題提起するのがやっとで、牽制材料としての意味合いが強い。
「それは証拠じゃないよな、彼女の言葉が虚偽じゃないって証明できるのか? ただの被害妄想かもしれないだろう」
「そんな、私本当に酷い言葉をかけられて」
嘘つき呼ばわりされた明日野が瀬貝に訴えかけるが、聞くはずもなかった。
自分達を擁護してくれる瀬貝の言葉に、赤髪女子達のグループに余裕の笑みが見え始める。
追い打ちをかけるように瀬貝が教室にいるクラスメイト全員に呼掛ける。
「なあ、この中で彼女達が明日野さんをイジメている現場を見た人いるか? いたら申し訳ないが手を上げてどういう状況だったか教えてくれ」
瀬貝の言葉にクラスメイト達がざわつき、口々に「確かに見たことないな」「仲良さそうだったよね」「明日野さんが嘘付いてるんじゃ」そういった悪い流れになりかける。
明日野と楓の顔が苦々しいものに変わっていく。
対象的に瀬貝は勝ち誇った笑みを浮かべる。
しかし、そこに思いもかけない救いの駄女神が現れる。
それは全く周りの状況を読まないあの女。
そいつが何故か手をあげていた。
多分一番驚いたのは瀬貝だろう。
ある意味身内からの裏切りとも取れるから。
「伯東何なにを見たんだ。その時の事を教えてくれ」
俺はそのチャンスを逃すことなく伯東に詰め寄った。
「ワワワっ、リョウくんが私に……」
いや、そこ喜ぶところじゃないからと相変わらツッコミどころ満載の幼馴染にその時の事を話してもらう。
「たまたまトイレで、赤井さん達が明日野さんに悪口みたいな事言ってたから、そんなことしたら勇人が悲しむよって注意しようとしたら、直ぐにどっかに行っちゃって」
何とも皮肉な話だ。この場の空気にそぐわないので我慢したが、思わず笑いそうになってしまった。
あと伯東の話で思い出した赤髪女子の名前が『
「あのな、ミカンそれはきっと聞き間違いだ。糸子がそんなこと言うわけないだろう」
「えー、そんなことないよー。何回か同じような場面あったし、今度勇人に注意してもらおうって思ってたから」
赤井達も伯東を瀬貝側と思って、そこまで隠そうとしていなかったのかもしれない。
バカ正直に事実をありのままに伝えてくれる伯東。今だけはコイツの周囲に配慮しないマイペースさに助けられた。もちろんバッチリ録音している。
「やっ、やめろミカン。少しは状況を考えろ!」
たまらず瀬貝が声を荒げる。
「ふぇ、何で怒るの? 勇人が自分で言ったんじゃん知ってたら教えてくれって、それなのに酷いよー」
状況を無視して正直に答えすぎたせいで、瀬貝から怒りを向けられてしまい涙目になる伯東。
予想外の事態に、瀬貝は目をクルクルと回して様子をうかがうと突然。
「くっ、急にお腹が痛くなってきた…イタ、イタタタた」
見事なまでな猿芝居を演じはじめる瀬貝。
ここまで来ると、ある意味尊敬すら感じる。
「えっ、大丈夫勇人?」
瀬貝の様子に泣きそうだった伯東が、おそらくクラスの中でただ一人、本気で瀬貝を心配する。
「ごめん、ミカン保健室まで付き合ってくれ」
「うん、分かったよ。それじゃあリョウくん、私勇人を保健室につれてくから」
「あっ、うん、オダイジニ」
あまりに情けなさすぎる瀬貝に、これ以上追い打ちを掛ける気になれなかった。
瀬貝と伯東が保健室に向かった後、なんとも言えないグダグダ感が支配する教室。
改めて赤井を目の前にして伝える。
「なあ、あんなの庇う価値あるか?」
赤井は黙って首を横に振ると、瀬貝とやり取りした内容のメッセージを俺に見せてくれた。
内容的には、明日野が瀬貝をストーカーしていて気持ち悪いから、周りにわからないように追い詰めて、学校に来れなくしてほしいというものだった。
事実無根だとは思うが一応本人に確認する。
「私瀬貝君の事、ぜんぜん好きじゃないから。ストーカーする意味ないです」
分かっていたが完全に否定する。
「私も瀬貝君とよく帰ってた時になるけど、未来を見かけた事は無いわね」
補足する形で楓も告げる。
「赤井さん達、しないといけないことあるよね」
本当なら俺に促される前に動いてほしかったが、彼女達は俺の言葉を理解してくれた。
明日野の前に整列すると深々と頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。
ケジメとして謝ってもらったが、明日野からすれば簡単に許せるものでは無いだろう。
今までのやり取りと、何よりも瀬貝から指示したメッセージアプリの内容を見せればイジメとして告発することも出来る。しかし判断は当事者である明日野が決めるべきだ。
「それで明日野さんはどうしたい?」
「赤井さん達は、私ともう関わらないでくれたらそれで良い。瀬貝君のことはもう少し考えたい」
「分かった。赤井さん達もそれでいいかな?」
「うん…………本当にごめん」
もう一度、赤井は明日野に謝罪すると自分達の席に戻って行った。
楓も未来に時間ギリギリまで付き添い、俺はなんとなくそれを温かい目で見守っていた。
昼休みの終わるベルが鳴り、ギリギリの所で伯東だけが教室へと戻ってきた。
ある意味今回のMVPともいえる彼女に、俺は心の中で拍手を送っておいた。
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