第6話 まるでデート、芽吹く絆

 美郁に抱きしめられながら、考え事をしていた為、今更ながら周囲の視線に気付くのに遅れる。


 周りから飛んでくる様々な思念を含んだ視線。


『傍から見れば美男美女が抱き合ってるのでさぞ絵になるだろう』


 そう自分を誤魔化しつつ美郁を優しく引っ剥がす。


 名残惜しげな美郁の表情が何とも言えなかった。しかし偽りだろうが、俺のお兄ちゃんとしての意思の方が上回った。


 吹っ切れた風を装って俺は笑顔を見せると「ありがとう」と告げて、頭をポンポンしてあげた。


 どうやら世間一般的女性陣たちと違い、美郁は頭をポンポンされるのが嫌じゃないらしい。なぜそれが分かったのかといえば、美郁の表情が雄弁に物語っていたからだった。


 ひとまず休憩を兼ねてカフェに寄り、美郁が落ち着くのを待つ。


「お兄ちゃん、泣きたくなったら僕の胸で泣いていいからね」


 ちょっとだけ薄い胸を反らしながら、よくわからない使命感に燃える美郁。どうやら興奮はまだ冷めていないようだ。


「ありがとうミィ、喉乾いてきただろう、なにが飲みたい? 注文してくるぞ」


 入店時、先に席を確保しておいて下さいと言われた為、まだオーダーはしていない。


「それじゃあ、僕は今月のスペシャルで」


「了解、オーダーしてくるから大人しく待っとけよ」


「もう、お兄ちゃん。僕、子供じゃないんだから」


 そう言って怒る姿が子供っぽいとはさすがに言わず、軽く笑ってカウンターに向う。


 カウンターの店員に美郁から頼まれていた今月のスペシャルと自分のアイスコーヒーを注文する。


 横目で美郁を見ると確保した席で大人しくしていた。


 次に注文を受け取り、席に向おうとして美郁が居ないことに気が付いた。ホントにちょっと目を話したすきにというやつである。


 急ぎ気味でテーブルに向かうと、俺の荷物は置かれたままだった。思いつくところでトイレの方に目をやると美郁が知らない男に話しかけられていた。


 慌てて間に入ろうとしたら、男は紙を美郁に渡し素直に引き下がった。


「大丈夫か、ミィ」


 美郁に駆けつけ話をしながら席に戻る。


「あっうん、スカウトの人だったみたい。モデルの仕事に興味ありませんかって?」


 なるほど確かに美郁ほどの美少女なら声をかけられても何らおかしくない。というか既に小学生の頃から散々そういう誘いはあったようだ。

 

「ミィ的にはどうなんだ、そういうのって興味あるのか?」


「うーん、まったく興味がないってわけじゃないけど、知り合いで小学生からやってる子もいて勧められたこともあるよ」


 美郁がそう言うと、同時に後ろの席が少しざわついたが気にせず話しを続ける。


「へー、それなら一度、お試し的な感じでやってみても良いんじゃないか、体験してみれば世界が変わるかもしれないぞ」


 価値観を広げる意味で何事も経験してみるのは悪くないと思っている。


「そっか、お兄ちゃんがそう言うなら……良いよやってみても」


 何故かまた後ろの席から「ぶふっ」と音がして咳き込む音が聞こえてきた。

 気になってこっそり覗いてみる。

 眼鏡を掛けた白い髪の女子がこぼれたアイスミルクティーを紙ナプキンで拭いていた。

 白髪しらがとは違う綺麗な白髪はくはつ、美郁やあの女もそうだが、こっちでは髪の色が普通では有り得ない色の子が多い、しかも地毛で、かくいう今の俺も青髪だ。そして不思議なことにおかしいとは思うが違和感は感じておらず、どこかではそれが当たり前だと思っている。


「どうしたの? お兄ちゃん」


「いや、何でもない。それより勧めるような事を言っておいてなんだが、俺が言ったからじゃなくて、ミィ自身がやりたいかどうかで決めてほしい」


 これは無責任な言葉を投げ掛けた俺も悪い。だからちゃんと美郁の意思で決めてほしかった。


「そっか……うん分かったよ、実は今はやらないといけないもっと大事なことがあるんだ」


 美郁はそう言ってさっきもらった名刺のような紙を二折にするとトレイの上に置いた。つまり今は大事なことを優先したいということだろう。


「ああ、昨日言ってたことだよな」


「そうだよ、お兄ちゃん言ったよね。何でも協力するって」


 昨日、美郁も何かにむけて頑張ると言っていたのでそのことなのだろう。俺も応援して協力すると確かに言った。


「なんでもとは言ったが、あくまで出来ることでだからな」


 さすがに出来ない事をお願いされても困る。


「大丈夫だよ、お兄ちゃんに出来ないことなんてないから」


 そう言って満面の笑みで信頼を寄せてくれる美郁。

 いやそれってどんだけ俺の評価高いんだよと思うが信頼されないよりは良い。


「はぁ、おだてても出来ないことを出来るとは言わないからな」


「分かってるよ僕だって……多分お兄ちゃんにお願いするときは本当に最後の最後になると思うから」


 今までにない真剣な顔で俺を見つめてくる美郁の瞳に気圧されてしまう。いや、超絶美少女の本気の眼差しってヤバい。

 でも、その目を見れば何気なく言った言葉以上の期待と信頼を向けてくれているのが分かる。その想いは、正直に言えば他人だった俺には重すぎる。

 でも、だからこそ俺は美郁の眼差しを受け止めて、ちゃんと覚悟を伝えた。


「分かった。その時は俺も全力で応えるよ」


 そもそも、ここでビビって日和るくらいなら最初から安請け合いするような言葉をかけるべきではない。美郁の兄として以上に、俺がそんな情けない自分になりたくなかった。だから俺は、美郁を全力でサポートすることに決めた。


「……ありがとうお兄ちゃん、えっと、その……大好きだよ!」


 美郁が照れながら告げた言葉。

 それは兄妹の親愛の情だと分かっていても、本来他人の俺からすれば完全に俺の脳を撃ち抜くほどの破壊力を秘めていた。


「……おう、ありがとぉ、おっおれも同じだっ」


 本来はちゃんと兄として親愛の情を返すべきところを、俺は完全に舞い上がってしまい、しどろもどろに答えてしまう。美郁から見たら兄としてキモい姿をさらしてしまったのではないかと不安になる。


「ふっふっ、なんだお兄ちゃんも照れてくれるんだ。何か嬉しいかも」


 幸い美郁にはキモいとは映らなかったようで安心する。古い諺でアバタもエクボという言葉があったが、今の美郁には情けない兄の姿でも好意的に受け止められたのだろう。もし以前の関係のままだったらどんな罵声が飛んできていたかと想像するとヘコむ。

 そんなことを思いつつも、俺もたかだか諒也よりひとつだけ年上のガキである。どう返して良いのか分からず、つい照れ隠しの悪態をついてしまう。


「うっせー」


「あはっはっ、お兄ちゃんカワイイぃ」


 しかし今の美郁には逆効果で喜ばせてしまった。


「ああ、もう、飲み終わったなら、今度はミィの買い物行くぞ、ほら」


「えー、もっとゆっくりして行こーよーっと思ったけど行こうかお兄ちゃん」


 もっと俺をからかいたい態度が急変したので横目で美郁の視線の先を追うと例の二人が入店してきたところだった。

 どうやらまた気を遣わせてしまったことに苦笑いして応えると、美郁の方が俺の手を取り、気付かれないようそそくさとカフェを後にした。

 どうやら瀬貝の方は全く気付いていない、というか俺という存在を知らないのだろう。だがあの女の方は、一瞬だけこちらの方に目を向けた気がした。


 その後は美郁の買い物に付き合うため何件か店を回った。もちろん美郁が俺に服のアドバイスを求めることはなかった。まあ、それは仕方ない諒也のファッションセンスが壊滅的なのを知っているわけだから当然である。

 途中、冗談で女性用の下着専門店に連れ込まれそうになったが何とか回避した。美郁に言わせるとカップルで入るのはそんなに珍しくないとのことらしい、実際店内にはカップルと思われる男女が何人か居た。


 最後は俺が美郁の手を取って予定していた場所に連れて行く、そこは大学生から二十代をターゲットにしたジュエリーショップで美郁からすれば年齢層は高めではある。

 なぜこのお店を選んだのかといえば、折角の仲直りの記念品を安物で済ませたくなかったという俺の見栄もあるが、美子さんからはそれなりの額を頂いていたというのもある。ということで、たまたま知っていたこの店が条件にピッタリ合った。


「えっと、お兄ちゃんどういうこと?」


「あー、そのなんだ母さんにさ、折角だから仲直りの記念に妹へプレゼントの一つくらいしてやれって言われてさ、臨時のお小遣い貰った。だからミィは遠慮しなくていいからさ」


 さすがに手柄を独り占めしようとは思わずネタをバラす。


「そっか、ありがとうお兄ちゃん。帰ったらママにもお礼言っておくね」


「ああ、だから好きなの選んで良いぞ」


 そう言って見栄をきったものの、ここは大学生くらいが買える手頃な物から、二十代の社会人の女性が買うようなそれなりの物まであり、値段もそれに応じて変わる。

 さすがに美郁もそのへんは弁えてくれると信じての言葉なのは、我ながら少し情けなかった。


「ううん、予算とかもあるだろうし、折角のプレゼントだもん、お兄ちゃんに選んで欲しいな、僕に似合いそうなもの」


 美郁の期待に満ちた目で告げられた言葉は、情けない俺へのしっぺ返しなのかもしれない。

 俺は黙って頷くと美郁に似合いそうなアクセサリを探すため店内を見て歩くことにした。


 まず目についたのは指輪だったが、なんだか勘違いされそうなので候補から外す。ピアスも美郁はまだ穴を開けていないようなので却下。他にも色々と考えながら見てると、思わず目を引く物があった。それは天使の羽をあしらったデザインで中央にピンク色の宝石が輝いているネックレスだった。

 大人っぽさよりは可愛らしいデザインで美郁にも似合うと思った。

 値段も少し自分の小遣いから足せば届く範囲だったので問題なかった。


「これなんかどうだ?」


「うわぁぁ、カワイイね」


 そう言った美郁の言葉に反応したのか、目ざとい店員が俺達に気付き「試着してみますか」と声を掛けてくる。


 なかばこれに決めかけていたので「お願いします」と返答する。店員さんは美郁の着ている服に合わせて、チェーンを短めに調節すると、美郁の首にネックレスをつけてくれた。


 見立て通り首元で光る天使の羽は美郁の可愛らしさをより引き立てていた。


「うん、似合ってて可愛いぞ」

「はい、とってもお似合いですよ」


 店員もおれの言葉にすかさず合いの手を入れる。

 美郁も満更でもないようなので、店員さんに購入の意思を伝える。

 店員さんのニコニコ顔がさらにホクホク顔へと変わる。


「あの、これ着けたままでも大丈夫ですか?」


 本当に気に入ってくれたらしい美郁が店員さんに尋ねる。


「はい、構いませんよ。カッコいい彼氏さんからのプレゼントですものね、ずっと着けておきたい気持ちわかりますよ」


 ホクホク顔の店員さんの言葉で美郁が照れて俯く。


「いえこの子は……」


 妹なんですと言おうとしたが会計を終えた店員さんに遮られる。


「あらあら、本当に可愛らしいわね。彼氏さん、あんな綺麗でカワイイ子なんてそんじょそこらに居ないんだから手放したら駄目よ」


 そう言ってきた店員さんも十分に綺麗で美人なのだが……というか今更ながらこの世界はおかしい、病院にいたときも感じたが美形率が半端じゃなく高い。ただその中にあって、店員さんが言うとおり美郁は抜きん出ている。まあ、あの女も顔だけならいい勝負ではあるが、性格面を考慮すれば今の美郁とは雲泥の差だ。


 そんな照れながら嬉しさを隠しきれていない美郁を微笑ましく眺めながら、店員さんには妹だと説明するのも面倒だったので、兄としての気持ちを伝える。

 

「はい、大事にしますよ絶対に」と。


 確かに本当の兄じゃないとしても、突然見知らぬ世界に放り出された俺が、ギリギリで繋ぎ止めておくことが出来た細くない繋がり、せめてその繋がりを大切にしていこうという自分自身へ言い聞かせる言葉でもあった。

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