第11話 登校風景、通学は電車でG○


 結局三人一緒に駅に向かうことになった俺達。


「せっかく久しぶりに、お兄ちゃんと登校できたのに」


「私は久々に三人で一緒に登校出来て嬉しいよ」


「もー、アンタの気持ちなんて聞いてないよ」


 朝からご機嫌斜めな美郁を宥めるために、頭をポンポンしてやる。

 効果はてきめんで嬉しそうに美郁がすり寄ってくる。


「……ぃぃ…ぁ…」


 美郁の威嚇で少し離れて付いてきていた伯東が独り言を呟くと、何故か俺に頭を向けて突撃してくる。


「えっと、なにがしたいんだ?」


「んっ、んっ」


 伯東は俺の質問に答えることなく、頭を振って意味不明なアピールをする。


 そんな伯東を美郁が横目で見ながら言った。


「お兄ちゃん、僕に頭ポンポンするのは全然問題ないんだけど、他の女の子にしちゃ駄目だよ、普通は嫌がる子多いし、あと彼氏がいる子とかはもっての外だからね……まっ僕は全然問題ないから、もっとポンポンとかナデナデとかしていいけど」


 美郁の言うとおりなら、やはり俺が思っていた事と同じで気軽に頭ポンポンはしないほうが良いらしい。美郁がポンポンが平気な子で良かった。


「くっ、ミクちゃんめぇ〜」


 頭を振る奇行を止めた伯東が不満げな顔で美郁を見る。

 美郁はそんな視線を気にすることなく俺の手を取る。


「お兄ちゃん、電車乗り遅れそうだから急ごう」


 そう言って少し歩く速度を上げる。


「あっ、待ってよ〜」


 そんな俺と美郁を伯東が追いかけてける。

 もし……もし伯東に彼氏が出来なければ記憶にある仲の良い三人に戻れたのだろうか?

 そう考えて思わず自嘲しそうになる。そもそも異分子な俺がいる時点でそれは成立しないのだから。


「どうしたのお兄ちゃん?」


「なんでもない、それより急ぐんだろう」


「うん」


「もう、リョウくんもミクちゃんも置いてかないでよ〜」


「はいはい、じゃあ行くよ、おねぇちゃ……じゃなくて伯東さん」


 美郁がいったん足を止め、ギリギリのところでまた歩き始める。


 その後は付かず離れずの距離で、伯東との距離を保ちつつ最寄りの駅に到着する。

 少し待ったところで電車が到着し美郁は乗り込む。俺と伯東の学校は反対の路線なので美郁を見送ると仕方なく一緒に電車に乗った。


「なんだか久しぶりだね二人で登校するの」


 そういえば諒也は、あの出来事の少し前から伯東を避けるように登校し、学校では、ほとんど話もしなくなっていた。だた唯一家にいるときだけは普通に話していたけど。


「ああ、そうだな」


 俺は気のない返事をする。


 どうして諒也がそういう行動を取ったのかは俺には分からない。ただ現状は伯東に彼氏がおり、その仲はキスをするほど進展しているということ、だから何とも思っていない俺が絡んで関係をおかしくするような事はしたくない……余計なことをして面倒事に巻き込まれたくないのが俺の本音だ。


「なんかさ、夏休み前から変だよねリョウくん。退院した後はもっと変わっちゃったし」


「そうか?」


 実際に中身は変わってるのだから不審がられてもおかしくない。


「うん……私、なにか嫌われるようなことしたかな?」


 この質問は微妙だった。俺からすれば元から好きでもなんでもないのでノーと答えることが出来る。でも諒也からすれば好きだった人が裏切ったと捉えてもおかしくない距離感の関係だったからだ。

 つまり伯東の無頓着を抜きにすれば俺に問題があるともいえた。

 

「いや、俺自身の問題だ」


「それって……」


 なぜか期待するような目を俺に向けてくる。


 もしかしたらだが、伯東は諒也にヤキモチ的な何かを期待していたのかもしれない。

 しかし、元から好きなんて気待ちのない俺にそんな感情を抱けるわけがない。

 そして、俺は距離を取って自然消滅を狙うために無感情的に対応してしまった。

 それは諒也を良く知る伯東からすればそれは凄く不自然に写ったのではないだろうか。もしかしたら、いつもと違う様子の幼馴染を心配した上での今までの態度だとしたら……彼女なりに諒也を気遣っているのかもしれない。

 

 もしこの仮説が当たっていたのなら俺の配慮不足が原因だ。だから今度は諒也の気持ちも汲んだ上で気持ちをハッキリ伝えれば伯東も納得してくれるかもしれない。

 

「そうだな、大切な話がある。どこかで時間を取ってくれないか?」


「えっ……その……今日の放課後とかどうかな?」


「ああ、俺は構わないが彼氏は大丈夫か?」


 折角、付き合いだした二人の時間を邪魔したくはない。大切な話ではあるが、何においても最優先しなければならないわけでもない。

 ただ、俺と伯東の関係性をもう一度ハッキリさせたいだけだ。

 

「大丈夫だよ、勇人は放課後紅葉ちゃんと帰るはずだから」


 紅葉と言う名に聞き覚えはあったが、諒也は興味のない他人に関しては記憶が希薄で顔も思い出せない。


「その、良いのか彼氏が他の女子と帰っても?」


「何で? 紅葉ちゃんは勇人の幼馴染だよ!」


「??」


 やっぱり俺には理解出来ない価値観を伯東は持っているようだ。


「まあ、それで良いなら俺としては構わないけど、本当に良いのか?」


「うん、だから久しぶりにあそこ行こうよ。最近ご無沙汰だったし」


 伯東からカラオケに誘われる。伯東は歌うのが好きで、諒也も突き合わせれてよく二人でカラオケに行っていた。


「えっ、わざわざ金払ってまで行かなくても……なんなら教室とか屋上でも俺は構わないぞ」


 俺としては彼氏がいる女子相手に二人っきりの個室は避けたかったので他の場所を提案してみる。


「えー、だって他の人にきかれるかもだよ。私としては周りに聞かれるのは恥ずかしいし」


 言われてみれば他の誰かに聞かれたい内容ではない。ただやっぱり二人っきりの個室は不味い。


「いや、お前だって知ってるだろう、俺がその……苦手というか、むしろ下手くそなこと」


 記憶では諒也の歌声は独特と言われた事を気にして人前で歌うのが好きではなかった。ただ伯東の前だけではなぜか熱心に歌っていた記憶がある。


「確かに、お世辞でもリョウくん上手くないけど、私は感じてたよ、ぎこちないけど、凄く気持ちが伝わるんだ。それが、とにかく私の中にズンズン響くんだよ。なんだかそれが心地よくってさー。独特だけど満たされて、とにかくクセになる感じかな」


 諒也から思いを込めて向けられた歌を思い出して、うっとりとした表情で語る伯東。

 俺も諒也の事なのに褒められて照れてしまう。

 もしかして諒也がもっと早く勇気を出して告白していれば気兼ねなく二人でカラオケに行けた未来もあったかもしれない。


「分かった。そこまで言うならつき合うよ」


 なんとなく諒也の記憶に絆されるかたちで放課後の約束をしてしまう。一応予防線として美郁も一緒に来てもらおうと考えていた。ただ、美郁に予定があれば別の手を考えないといけないが、その時はその時だ。


「うんうん、病院で溜まってたものあるでしょう、それも含めて全部私にぶつけて、一杯ぶちまけて、発散しなよ」


 俺の心の機微など知らない伯東が軽い感じで返してくる。さすがに一番のストレスはお前だとは言えず、苦笑いして建前が口に出る。


「そうだな、折角だし楽しむとするよ」


 そんな中で電車が大きく揺れ、その拍子に後ろにいた同じ制服の子とぶつかってしまう。


「あっ、ごめんね」


 咄嗟に謝る。

 ぶつかってしまった子はどこかで見たことのある白い髪の子だった。よほど気に障ったのか一瞬、睨みつけるような目つきを俺と伯東に向けると、直ぐにそっぽを向いた。


 こちらとしても不可抗力で、あんな態度を取られたのは腹が立ったが人混みの中で口論するのもバカらしい。俺は少し白髪の女子から距離を取り、再度ぶつからないように気をつけた。


 学校最寄りの駅に着き、ようやく妙なプレッシャーから解放される。


 問題は伯東からどう距離を取るか考えていたところに、タイミング良く伯東の彼氏である瀬貝が目に付いた。モデルのようなスタイルに輝くブロンドの髪はどうみても外国人の血筋を感じる。しかし伯東から聞いた話では両親祖父共に日本人らしい。


「んっ」


 俺は伯東に瀬貝が居ることを教える。


「あっ」


 伯東は嬉しそうな笑顔を見せると俺のことを忘れたように瀬貝の方へかけて行った。

 あの様子を見る限り俺への気遣いはただの勘違いな気がしてきた。そうなるとやっぱり伯東はただの…………何だか子供の頃に友達とやった鉄道型のボードゲームに出てくる貧乏神を思い出して、瀬貝になすり付けた気持ちになってしまった。


 そんな多少の罪悪感を感じる俺の横で「ちっ」と舌打ちする音が聞こえた。

 それとなく横目で見ると俺と伯東を睨みつけた女子が二人の姿を忌々しげに見ていた。


 もしかしたら彼女は瀬貝のことが好きだったのかもしれない。そう思いつつ、触らぬ神に祟りなしの教訓を元に、そっとその場を離れて目立たないように登校した。


 そう目立たないよう登校したはずなのに何故か視線を集めていた。

 その謎は自分のクラスの教室に入ったときに分かった。


「えっ、だれあれ、カッコイイんだけど」

「転校生、マジ、これ恋の予感」

「このクラス神かよ、瀬貝君に匹敵するイケメン登場ってどうゆうこと」

 

 残念ながら諒也に記憶されていない女子達が色めき始める。その反応で理解した。確かに俺は髪を切り身だしなみを整えた事でかなりのイケメン野郎になっていた事を改めて実感する。登校の途中見られていたのも、そういった理由からだろう。


 だが今や俺自身に向けられる称賛のはずなのに、何だか腹が立つのは元の俺があまりにフツメン過ぎたからだろうか。

 慣れない黄色い声を背に記憶にある自分の席に着く、その瞬間周囲に戸惑いの声が上がる。


「あそこって確か……」

「入院したって言ってたよね」

「重症って、でもまだ大丈夫だったみたいだし、誰か教えてあげたほうか良いんじゃない」


 そんな外野の声に押されたのかひとりの女子が話しかけてくる。


「あのね、そこは久方くんって人の席なんだよ」


 そう教えてくれたのは、銀色の長い髪と澄んだ青い瞳の美少女。それは美郁や伯東といったその辺のアイドルですら立ち打ちできない綺麗で可愛い二人を見慣れている俺ですら見惚れるほどの美しさだった。







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