第19話 ケーキ屋の秘密、夜の訪問者

 ファミレスでお喋りを楽しんだ後。まあほとんど楓と明日野がメインだったが、暗くなる前にはと、二人を改札まで見送る。


 夕日に照らされた二人。

 すっかり仲良くなった楓と明日野を見送る。

 二人を見届けた後、いざ帰ろうとすると聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。


「お・に・い・ちゃ〜ん」


 声の方向に振り返ると、血のような真っ赤な夕日を背に佇む美郁の姿がそこにあった。

 血のようなはさすがに誇張しすぎたが、その時のイメージは何となくだがそう感じてしまった。


 とはいえ美郁はカワイイ俺の妹だ。

 手を振って気安く声をかける。


「よう、ミィ。今帰りか?」


「いま帰りか、じゃないよ。誰あの綺麗な二人は? まっ、まさかだけど彼女達じゃないよね」


 なぜかご機嫌ナナメで慌てて駆け寄る美郁。俺はなだめるために美郁の頭をポンポンして事実をつたえる。


「クラスメイトだ、まあ今日友達になったばかりだけどな」


「……まさか同じクラスにお姉ちゃんに匹敵するほどの美人がまだ居たなんて」


「まあ、確かに美人だな。伯東と違って性格も悪くない。一見クールだが、気を許せば気さくな感じだ」


「なっ、なんで今日のうちに気を許す関係者になってるのさ、このお兄ちゃんのタラしめ〜」


 美郁の大分ソフトになった文句を笑って聞き流す。これが以前の美郁の暴言ならと考えると、笑うどころか膝をつくほどのショックを受けていたかもしれない。


「それより、美郁も友達と何処かに行っていたのか?」


「あっ、うん、昨日の埋め合わせ……って、あっ、ほら昨日ドタキャンされちゃったから気を遣ってくれたみたいでね」


 今の事から昨日は俺に付き合うために美郁がドタキャンしてくれたんだろう、それを俺に気を遣わせないようにと必死に誤魔化してくれている。


「そっかいい友達だな」


「あっ、うん、すっごく可愛くてね今のクラスになって知り合ったんだけど。ボクと同じでカッコいいお兄ちゃんが居るんだって」


 なるほど友達にそんな子がいれば、自分のうだつの上がらない兄と比較してしまって、余計に辛く当たる原因のひとつになっていたのかもしれない。

 今はそう思っていないと願いたいが。


「そっか、じゃあ俺もその子の兄貴に負けないようにしないとな」


「大丈夫だよ、今の時点でボクにとってはお兄ちゃんは誰にも負けてないから」


 美郁の言葉で俺の不安は杞憂だったのは分かったが逆に美郁の俺に対する基準が甘くなりすぎて不安だ。


「まったく、そんなに褒めても『ガトー・ラ・アナベル』のケーキくらいしか出ないぞ」


 ただ人間褒められるのはやはり嬉しい、それがカワイイ妹なら尚更だろう。


 つい甘やかして駅のちょっと先にある有名洋菓子店の名前を出してしまう。珍しく諒也の記憶にあるお店のひとつで、たしか美郁も好きだったはずだ。


「えっ、良いの? やったー」


 喜んだ美郁が俺の手を引っ張ってお店へと向かっていく。


 着いたお店に入ると、まずガラスケースの中で保管されている古めかしいアンティークドールが目に付いた。


 美郁は何度も来ているためか目もくれずショーケースの方に向う。


 諒也としては何度か来た記憶はあるが人形については記憶が無かった。俺的には衝撃的だったのたが諒也にとっては気にもならなかったようだ。


「うーん、やっぱり売り切れてたかー」


 残念そうな声が聞こえる。


「お目当てのやつがなかったのか?」


 近くまでいって美郁に尋ねる


「うん、デトワが、この時間だから仕方ないけどね」

 

 美郁が言うには、ここのオリジナルケーキ『アマ・デトワール』が、有名な賞をとった逸品らしい。


「どうする?」


 お目当てのが無いなら他の店でも俺的には構わない。


「他のも美味しいから、このまま買って行っても良いかな?」

 

「俺はミィが良ければ構わないぞ、折角だから母さんと父さんの分も買っていくか」


「うん、それじゃあ僕はショートケーキにするよ」


「じゃあ母さんもそれでいいな、俺はこっちのフルーツタルトにするよ」


「じゃあパパは甘いの苦手だからレアチーズケーキで良いかな」


 それぞれのケーキが決まったので注文して受け取る。


 店を出る際、アンティークドールの目がこちらに向いた気がしたがした……。


「なあ、あそこのお店の人形怖くないか」


 さすがに店の中では言えなかったので外に出て美郁に聞いてみた。


「ああ、アナベルちゃん。僕はカワイイと思うけどな」


「そうか? 夜中とか動き出しそうじゃないか、さっきも目が動いた気がしたし」


 俺の話に美郁が悪戯っぽく笑う。


「あっ、それアナベルちゃんに目をつけられたかもだよ」


「なっ、なんだそれ?」


「しらないの〜、気に入った子が居ると夜迎えに来るんだってよー」


 俺を怖がらせるように声を低くして話してくる。


 なんで洋菓子店でそんな子供が怖がる噂があるのかハナハナ疑問だが、あの人形を見たら怖がる子供がいてもおかしくない。


「それじゃあ、今日あたり家に来るかもな、でも俺なんかより、よっぽど可愛いミィの方を連れて行こうとするんじゃないか」


「えっ、あははぁ、嫌だなぁ、そんなわけないよー」


「いや、だって目が動いてたし、動いた目はミィを見ていたしな」


「ひっ、じょ冗談だよね、ねっ」


「どうだろうな」


 そう言って俺は意地悪く笑う。まあ、からかってきた美郁にちょっとした意趣返しのつもりだったんだが、効果はばつぐんだった。


「うっ、やだ。やだ、そんな噂嘘だよね」


 美郁から聞いた噂に俺が真偽を答えれるはずがない。よほど怖かったのか俺の腕にしがみつきキョロキョロと辺りを見回す。


「大丈夫だよ、ちゃんと俺が守ってやるから」


「絶対だよ、僕お兄ちゃんの側から離れたくないから、ぜったい、ぜーったい守ってよ」


「分かったから、安心しろ」


 俺はそう言っていつものように頭をポンポンして安心させる。


「えへへっ」


 とたんに美郁の怯えた表情がゆるんだ表情に変わる。しかし腕はしっかり掴まれたまま家に帰った。

 珍しく父さん……光四郎さんも早く帰ってきており美子さんも上機嫌だった。

 久しぶりの四人の家族団欒での夕食を楽しみ俺と美郁の買ってきたケーキで舌鼓を打った。



 そして、その日の夜。


 寝てる俺の部屋がそっと開かれる。

 誰かが侵入してくる気配に珍しく目が覚める。


 頭に浮かんだのは美郁が話していた噂。

 聞いたときには与太話の類いだと気にしてなかったが、よくよく考えれば俺も他の世界から来たあり得ない人間だ。動く人形があり得ないと、ひとことで片付けてしまうことは出来ない事に気付く。


 そう思った途端に背筋に冷たいものが走る。

 俺に近づいてくる足音が微かだが確かに聞こえる。


 ゆっくり、ゆっくり確実に忍び寄る存在。

 情けないことに恐怖で目を開くことが出来ない。


 そして、ついに怪しい気配は俺の真横まで来た。


「ひっ」


 確かに腕を掴まれた感触に思わず目を開き飛び起きる。


「ひゃぁぁあ」


 俺が飛び起きたのに反応して相手も驚いた声を上げる。ってこの声は……。


「なっ、なんでミィがここに?」


「えっと、その、帰りに話してたアナベルちゃんの事が怖くなって、なんか変な声が聞こえた気がしたし」


 いやだからって兄とはいえ男の部屋に忍び込むのはどうかと思うが、今なら美郁の気持ちも分かる。


「……その母さんのところで」


「だってこの年で怖いからってママと寝るのも恥ずかしいし」


 いやだからって兄妹でも十分恥ずかしいというか、そう思っていると美郁が言った通り微かだがくぐもったような声が聞こえた気がした。


「……」

「ひゃぁ、いま聞こえたよね、ぜったい声したよね」


「……その今日だけだからな、あと背中合わせでな」


 倫理観より恐怖心が上回った俺は美郁の反対側を向いて端に寄ると入れるスペースを空けた。

 

「あっ、うん、ありがとうお兄ちゃん」


 美郁はそう言ってベッドに潜り込むと俺の背中越しに抱きしめてきた。


「おい」


「ごめんなさいお兄ちゃん。どうしても怖くて」


 確かに美郁の手は震えていた。

 俺も美郁の手に軽く手を重ねると確かな温もりに少し安心する。


「大丈夫だよ、守ってやるって約束したろ」


 精一杯の強がりの言葉を美郁に伝え、色々な感情が混在したままに目を閉じて眠ることに集中した。

  

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