第18話 放課後、ファミレスでのひと時
放課後、俺は瀬貝ときちんと話をしようと彼の席に向かう。
「なあ瀬貝、少し時間を取れないか?」
俺が瀬貝に話しかけるとなぜか一部の女子から黄色い声が上がる。『からみが』どうとか良く分からない内容が聞こえてきたが気にしちゃだめな気がした。
「……別に、俺に話は無い。帰るぞ紅葉」
瀬貝は俺に視線も合わさず立ち上がると楓の方に声を掛ける。
「ごめん、私の方が久方君に話あるから、先に帰ってて良いわよ。それにほら一緒に帰りたがってる女子達もいるみたいだし」
「なっ」
まさかの幼馴染の言葉に絶句する瀬貝。
声を掛けられた楓の方が俺の方に近づく。
一方の瀬貝は楓の言うとおり複数の女子から期待に満ちた目で見つめられていた。
「くっ、これで勝ったつもりになるなよ」
瀬貝は俺に近づきそう呟くと、女子達には一変して満面の笑みを浮かべると、そのまま彼女達を引き連れ帰っていった。
過ぎ去っていく瀬貝の背中を見送りながら、いつ俺と瀬貝は勝負していたんだと疑問だけが残る。
俺としては、伯東の件でちゃんと話がしたかっただけなんだが仕方ないので又の機会にする。
俺は楓の方に向き直り真意を確認しようと尋ねる。
「それで楓さんは本当に俺に話が……」
そう言いかけたところで横から声が掛けられた。
「あっあのぉ、そのぉ、よろしいですかぁ?」
恐る恐るといった感じで話しかけてきたのは、朝痴漢から助けた明日野未来。朝、あの後ちゃんと彼女の名前は学校でチェックして覚えておいた。
「えっ、久方君と明日野さん知り合いだったんだ。あっ、もしかして私お邪魔だった?」
「いえ、大丈夫でしゅ、その楓さんにもおっお話があったので」
「えっ、そうなの?」
「あっ、はい、実は昨日、楓さんのお姉さんと、しっ知り合いになりまして」
「うわーゴメンね。お姉ちゃん迷惑かけてなかった?」
楓がいきなり謝るあたり、楓のお姉さんっていったいどんな人なんだと疑問に思う。
「ちっ違います。その私の方が助けられたと言うか……」
「あのさ、どうせ、話があるんなら場所変えないか?」
珍しい組み合わせのせいか、視線を向けられるのが気になった俺が取り敢えずこの場を出ることを提案する。
「えっとそうだね。私は構わないけど」
そう言って楓が視線を明日野に向ける。
俺も問いかけるような視線を投げかける。
「わっ、わたしもそれで良いでっしゅ」
あっ噛んだ!
どうやら俺というか男子には苦手意識で緊張しているのか、楓と話すときとより詰まることが多いようだ。
とりあえず俺達は教室から出て駅に向かう。
楓も電車通学で最寄りは明日野と同じらしく、俺の家の最寄り駅よりひとつ先の駅だった。
なので二人とも定期券内ということもあり、お店が揃ってる俺の方の駅で降りて、駅チカのイタリアンなファミレスに寄った。
「それじゃあとりあえず私はドリンクバー付きのケーキセットで」
「あの、それなら私も同じで」
「あっ、じゃあさ別々の頼んでシェアしようよ」
何だか楓と明日野が普通の女子のような会話をしている。
そんな俺の視線に気付いたのか楓がジト目で俺を見てくる。
「ねぇ、久方君、いま失礼なこと考えてなかった?」
「いや、その楓さんはもっとクールなイメージだったから」
と自分で言っておきながら昼間はそれとは違う一面を見ていた事を思い出し失言だったと気付く。
「うーん、クールというより温度差が激しいのかも」
つまり昼間から薄々感じていたが、間違いなく楓の情熱は食事へと向けられている。いわゆる食いしん坊であることが俺の中で確定した。
「……なんかもっと失礼な事を考えていた気がする」
別に女子が食いしん坊でも悪いことではないので失礼ではないと思う。
「いやそんなことは……それより俺はフライドポテトにドリンクバー付けるわ」
それぞれ注文内容が決まったところで呼び出しボタンを押して注文を済ませると、それぞれ好きなドリンクを取ってくる。
「それで話って?」
まずは話の内容に予想がつく明日野に視線を向ける。
「あっ、そっその。改めて朝はありがとうございました」
そう言って明日野はテーブルに手を付けて頭を下げる。予想通り朝の件だった。
「えっ、なに、久方君何したの?」
あまり俺から言うような話でもないので言いよどむと、被害者である明日野の方が楓に今朝の事を説明してくれた。
「へー、本当に変わったね久方君。以前の君なら絶対、見てみぬふりしてたよね」
「いや、誰だって目の前だったら止めてたんじゃないか」
「そっそんなことないです。わたしを、その……たっ助けてくれたのって今迄二人しかいなかったです」
明日野は大人しい感じなので被害に合いやすいのかもしれない、その中で助けてくれたのが二人なのは少し残念だ。
「そうだね。冤罪とかもあるし、いざとなると動けないんじゃないかな」
「まあ、俺も声を掛けただけで捕まえたわけではないしな。明日野さんもそこまで恩を着なくて良いよ」
「でっでも、わたし久方君のこと勝手に勘違いして、酷い人だと思ってて、本当にゴメンなさい」
諒也の記憶には無いが無意識に明日野を傷つけるような事をしていたのかもしれない。
意図しなくてもそんなことはザラにある。
だから、誤解がとけたのならそれでいいと思う。
「いいよ、もうそう思っていないんなら」
「うっうん」
気まずそうにしつつも明日野が頷く。
俺と明日野の様子をうかがっていた楓がタイミング良く話しかけてくる。
「とりあえず。明日野さんの話は終わりかな?」
楓が明日野を見ながら返事を待つ。
「あっ、はい。もともと久方君にちゃんとお礼を言いたかっただけですから」
「そっか、それじゃあ私の番ね」
「なんだ楓さんの方も本当に話があったのか?」
「そうだけど、なに久方君は私が適当に合わせただけだと思ってた」
「ああ、体よく瀬貝から逃れるダシに使われたかと思ったけど」
「まあ、それもあるけど折角偶然出会えた異端者同士、友達になれたらなと思って」
そう屈託なく笑う美人は卑怯だ。それに俺からすれば異端者なのは伯東と瀬貝の方だと思うのだが。
「まあ、友達になるのは構わないけど、おかしいのは伯東と瀬貝の方の可能性だって……」
口に出してみて、ひとつ思いついた。本当の第三者である明日野の意見も聞いてみたくなったのだ。
「なあ、明日野さんは幼馴染みってどう思う?」
「幼馴染ですか、私は実際に居ないのでわからないですが、まず響きが良いですよね。鉄板の設定ですし、ジレジレにはもってこいかと……あと二人だけにしか分からない過去とか気持ちとかがあって何か特別な感じがして憧れますし……はっきり言って好物ですね!」
驚いた第三者のはずの明日野でさえ、流暢に語り始めるほど幼馴染には特別な思いがあるようだ。ところどころ意味不明なところがあったけど、どうやらこの世界では幼馴染というのはそれだけ特別なのかもしれない。
それなら伯東の執着もこの世界では当然なのかもしれない。
「まあ、そうなんだよね。周りは羨ましいって良く言われるけど実際はね……」
その後の言葉に同意を求める視線が俺に向けられる。
「ああ、実際は大変というか面倒臭いぞ」
「えっと……そっそうなんですね。そのてっきりお二人は幼馴染とラブラブなのかと」
驚いた様子の明日野は恐ろしいことを言ってきた。俺と伯東がラブラブなんて……。
「「ないない」」
俺と楓が声を揃えて首を振る。
さらに驚いた顔の明日野。そんなに幼馴染同士がくっつかないのはおかしいことなのだろうか?
「そっその、ならお二人は好きな人とかは?」
こいうところは明日野も高校生らしく興味あるのか尋ねてくる。
「私はいないよ」
「俺も今は居ないな」
諒也的には伯東だろうが、俺自身はやっぱり元の彼女をまだ……。
「そういう明日野さんはどうなの? 気になる人いる。まあ私が言うのも何だけど勇人だけはお勧めしないけど」
「えっと、私も居たというか、忘れられないというか」
明日野が今迄見せたことのない悲しい表情を見せる。
「あっ、ゴメン」
空気を察したのか楓が明日野に謝罪する。
「あっ、気にしないで下さい。今は別の目的と生き甲斐もありますので」
そう言った明日野の表情は笑顔で嘘ではなさそうだった。
そんな明日野を見ていた楓が嬉しそうに笑うと話しかける。
「ふーん、思ったより明日野さんって面白いね。友達になってよお姉ちゃんとも知り合いになったんでしょう」
「えっ、えー、そんな畏れ多いこと」
「畏れ多いって、大袈裟な、ほら折角だから久方君も連絡先交換しよ」
楓に促されて俺も連絡先を交換する。
ちょうど注文していた品も届いて、言っていたように楓と明日野がケーキをシェアして食べ始めた。
「俺のも食べるか?」
食いしん坊の楓なら喜ぶと思い皿を取りやすい位置に動かす。
「ありがとう。甘いもの後ってしょっぱいの食べたくなるよね。分かってる」
そう言うと遠慮なくフライドポテトを摘む。
「その明日野さんも食べて良いよ」
「あっうん、ありがとう。でも私はお腹いっぱいだから」
遠慮ではなく本当にお腹いっぱいな感じの明日野、どうやら小食らしい。
「そういえば明日野さん、昨日はお姉ちゃんとどこで知り合ったの?」
ポテトを摘みながら楓が明日野に話しかける。
すっかり学校の雰囲気とは違いリラックスした感じがする。
「あっ、そのー、私が倒れそうになった所を助けてもらって、その後は成り行きでカラオケに行くことになって……本当に美人で素敵なお姉さんですよね。って、忘れるところでしたこれお礼ですので渡しておいて下さい」
明日野がラッピングされた包を楓に渡していた。
その後も畏れ多いと言っていた割には馴染んで楽しそうに楓と話す明日野。
そんな二人を俺はしばらく眺めていた。
どこか懐かしい思いを感じながら。
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