第36話 昼休み、青春タイム

 明日野の件からクラスでは、俺達三人は何だかアンタッチャブルな存在として畏怖されるようになった。


 瀬貝も違う意味で腫れ物扱いされていたが、周りに左右されない伯東のおかげで、珍獣と振り回される飼い主といった感じで本人が望んでいない形で立ち位置を確保していた。


 俺達はもう習慣になりつつある昼食をいつもの裏庭で食べる。


 恒例のおかず交換には明日野も参加するようになり、楓としては食べれる種類が増えていつもニコニコしている。


 明日野はあの時から色々と吹っ切れたのか、俺達の前では素の自分を隠すことがなくなった。


「ねぇ、諒也君。私達ってそろそろ単独デートしてもいいと思えるくらい仲良くなったと思うんだけど」


「とーとつだね」


「うひゃ、紅葉ちゃん大胆です。ここで久方君を落としに掛かるんですね」


「いやー、これで落ちるようなら苦労しないでしょう、でもボディブローのようにじわじわと効いてきている実感はあるよ」


 楓が言うように、楓の側に居心地の良さを感じるのは確かだ。ただこれが好きという感情からのものかと聞かれたら俺自身も疑問だ。


「そっかー紅葉ちゃんも大変だね。でも久方君見てると、そこまで伯東さんに未練が有るようにはみえないんですけど、その所どうなんですか?」


 明日野がインタビュアーのように尋ねてくる。

 俺の様子をちゃんと見ていることに驚くと同時に、痛いところを突かれる。


「そのなんだ、ノーコメントで」


 いい切り返しが思いつかず黙秘を選択する。


「あっ、ズルいでありますです」


「……未来の言うとおりね。言われてみれば確かに私が言うのもなんだけど伯東さんに対して辛辣よね」


「いや、あれは甘やかすと際限なく甘えてくるからな、これぐらいしておかないと適切な距離が保てない」


「うーん、言われてみればそのとおりかもです」


 最初に疑問を投げかけた明日野が納得しかける。


「そうね。でも最近の彼女、諒也君に冷たくされるのさえ喜んでるフシが見受けられるわ」


「マジか!?」


 楓の言葉に嫌な汗が流れる。

 もしかして、俺は知らないうちにとんでもないモンスターを自らの手で生み出そうとしているのかもしれない。


「なーんて、冗談だけどね」


 楓がおどけて笑う。

 なぜだか明日野は苦笑いしていた。


「お前なぁ」


 俺も呆れ顔で楓を見る。

 そんな俺を楓は真っ直ぐに見て言った。


「でもさ、真面目な話。過去ばっかりを見つめるより、目の前の幸せに向けて、少しづつで良いから歩いていかないかな?」


 楓の言葉に胸が痛くなる。確かにもう手に入らないモノを望み続けるより、目の前の大切な人達との時間を大事にするほうが建設的なのは分かる。分かるけど……。


「でもさ紅葉ちゃん、どうしても消えない想いが有るとしたらどうしたらいいのかな?」


 さっきまで楓と一緒におどけていた明日野が、一変して辛そうな表情で楓をじっと見ていた。


「……そっか未来にもそんな人が居るんだね。ごめんね簡単にいっちゃって。私の場合ってさ、気づいたと当時に終わっちゃってたから、そこまで深く人を好きになったことがないから、まだ諒也君や未来と同じ気持ちは分からない。だからどうしていいのかなんてもちろん分かるわけない」


「うん」

 

「ごめん未来、諒也君も過去を否定するような事を言って。でも、私が言ったことも部分的には間違いじゃないと思ってる。だから、思い続けることも、新しく前を歩き始めるのもどっちも悪くない、だからその上で、私は諒也君にお願いする」


 そう言うと楓の真っ直ぐな瞳が俺を捉える。


「おっ、おうなんだ?」


「過去に向けられた想いを、少しづつで良いから今に、そして未来へと向けて欲しい」


「えっ、私?」


 なぜか勘違いして顔を真っ赤にしだす明日野。


「ええい、紛らわしいわ。真面目な話しとるのに」


 思わぬ横槍に、楓らしくないエセ関西風の言葉がこぼれる。


「……ふっ、ふっはは、分かった。分かったよ楓。俺としてはちゃんと前を向いているつもりだったけど全然足りてなかった。楓が全力で想いを伝えてきているのに全力で応えないのは卑怯だ。付き合うにしろ、しないにしろ受け身の日和見は止めるよ」


「えっと、じゃあ」


「うん、楓や美郁と向き合うときは過去は考えない、今どうしたいかを優先して、全力で応える。その上で自分にとって何が大切なのか、答えを出してみせるよ」


 自分でも、本当に何に感化されてしまったのだろうと思う。転生したときは、穏便で平和な学校生活をおくるのが目的だったのに。


 いまは宣言通り楓と、学校は違うけど美郁からの思いには嘘なく応えて行きたいと考えている。それで多少の波乱があろうともだ。


「わっ私も、きっと私は大切なあの人の事を忘れることは出来ないけど、紅葉ちゃんの言うとおり今も大切にしたい、もちろん未来も!」


「そうね、自分を大切にするのは大事なことよ」


 楓がさっきの意趣返しとばかりに言葉を返す。


「げはぁ、紅葉ちゃんに一本とられてもうた」


 エセ関西弁で項垂れる明日野に、グダグダな空気がまとわりつく。

 なんか恥ずかしいくらいの青春談義が台無しになった感はあるが、それも俺達らしくて良いと思えた。

 ちなみに話が逸れたと思っていたデートの件は、しっかりと楓が覚えており、週末の土曜日に二人きりでデートする運びになった。



―――――――――――――――


「Gsこえけん」に応募してみることにしました。


 短編になります。

 宜しければ読んで頂けると嬉しいです。


タイトル


『最愛の幼馴染が僕を暗殺するために送り込まれたアサシンだった、それだけの話』



https://kakuyomu.jp/works/16817139557603851062

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