第41話 嵐の前の……

 水族館に着くと、楓が嬉しそうに手を引いて向かったのはクラゲの水槽。

 はじめはクラゲ?と思ったが、ライトアップされた水槽に浮かぶクラゲは幻想的で綺麗だった。


 次のお目当てのイルカのショーは午後かららしく、まだ時間があるため。お勧めルートを回る。


 色々な魚を前にして無邪気に喜ぶ、いつもと違う楓の様子に、魚より先に見惚れてしまう。


「可愛いよね魚」


 正直に言えば魚の可愛さは理解できないけど、否定することでもないので頷いておく。


「ちなみに、楓はどの魚が好きなんだ?」


「うーん。迷うけど、やっぱりヒラメかなー、刺身も良いけど骨せんべいも良いよね」


「えっ?」


 もしかしてそういう目線で魚達を見てる。


「あっ、違うからね。今のは食べる方で、泳いでる方ならマグロかなー」


「いや、それも食べる方だよな絶対」


 思わず突っ込んでしまう。


「もー、失礼だな諒也君。知ってる?マグロってめっちゃ早いんだよ!」


「いや、それくらいなら俺も知ってるけど」


「そうだよね。でも普段はそんなに早くないらしいよ」


「えっ、そうなの?」


 それは知らなかった。確か常に泳いでいないといけないとは聞いたことがあるけど。


「うん、そうらしいよ。私も見てみたいから今度、マグロのいる水族館も行ってみようよ」


「うん、今度な」


「やったね。約束だよ」


 楓の嬉しそうな笑顔が眩しい。

 

「ああ、約束するよ。でも今日はここを思う存分楽しもうな」


 思わず次の水族館デートを約束してしまった。


「うんうん、諒也君も水族館の魅力が分かってきたね。次はここの目玉の一つでもあるマンボウ見に行こう」


「へぇ、いいね名前は有名で知っているけど、見たこと無いかも」

 

 俺は同意すると楓とマンボウの元へと向かう。

 そして俺が初めてマンボウを見て抱いた印象は。


「デカ! マンボウってこんなに大きいんだ」


「うんうん、大きいよね。それに、この独特のシルエットと愛嬌のある顔。可愛いよね」


 それに関しては先程と違い、俺も多少は理解出来るので素直に頷く。


「なんか何も考えずに、まったり泳いでてイイな」


「でも、本気出すと以外に早いらしいよ」


「マジか、この姿からは全然想像出来ないな」


「だよねー、マンボウ君、ここで本気出してくれないかなー」


 そう楓が呼びかけたが、マンボウ本気を出すことはなく、ゆったり、のんびり我が道を進むがごとく泳いでいた。


 マンボウを見終わると時間的にお昼前だったので併設のレストランで食事をすることにした。


 候補は複数あったが楓のリクエストで沢山食べれるビュッフェ形式のお店にした。


 楓は少しづつ色々な料理をお皿に乗せ、俺は好きなものを数点どさっと乗せて席に着く。量的にはほぼ同じだった。


 一緒にいただきますをして、食事を取る。

 楓は一品一品を確かめるように食べていく、とても嬉しそうだ。


「ねえねえ、諒也君のそれ頂戴」


 ビュッフェなのだから自分で取ってくれば良いのではと思いつつ、指定されたハンバーグを切り分ける。それを見ていた楓がタイミング良く「あ〜ん」と口を開ける。


「ほれ、味わって食べるが良い」


 俺は特に気にすることなく切り分けたハンバーグを楓の口に運ぶ。それをパクっと頂く楓。

 やっぱり美味しそうに食べる。


「美味しいね。ありがとう。じゃあお礼に私のこれを上げるよ、はい、あ〜んして」


 楓は唐揚げを箸でつまむと俺の口元に運ぶ。

 俺はそれにかぶりつく。


「これは、なかなか、でも楓の作る唐揚げの方が断然美味いな!」


 思わず本音が出てしまい、お店に対して失礼な事を言ってしまった。


「本当、嬉しいな。ありがとう。それじゃあこっちも食べなよ」


 美味しいものを食べられて上機嫌な楓はあれやこれやと俺に「あーん」してくる。

 なんかちょっと前にもこんなことがと思いつつ、差し出された料理をパクっと頂く。


「俺ばっかり悪いから、楓も何が食べたいの無いのか?」


「じゃあ、そのソーセージ食べさせて」


 俺にそうおねだりすると、楓は口を大きく開いて待ちわびる。


「ああ、これね。でも本当に楓はソーセージ好きだな」


 目の前の口を開いた楓にソーセージを躊躇いなく放り込む。少し大きめだったのでいきなり全部はやりすぎたかもしれない。


「んぐっ、んぐ、むぐっ、もぐっ、もぐ」


 それでも味わいながらソーセージを頬張る楓。


「ゴメン、考えなしだった」


 せめて2つにでも切り分けて上げれば良かったと反省。


「大丈夫だよ、でも何時ものに比べたら、太さも長さもカワイイ方だし、溢れ出す汁の多さも……やっぱり、いつも私にくれる諒也君のソーセージの方が一番だよ」

 

「そっか、そう言われるとなんか嬉しいな」


 実際は美子さんの特注品なのだけど、自分の事のように嬉しく思ってしまった。

 

 その後はお互いに取ってきたものを食べさせ合うという、傍から見れば奇妙な光景になってしまった。



 余談だが、それを見ていた他のカップル達にも伝搬し、「あ〜ん」が縦横無尽に往来する、独り身にはいたたまれない空間へと様変わりさせてしまった事を二人は知らなかった。




―――――――――――――――


「Gsこえけん」に応募しているので応援してくれると嬉しいです。


 短編になります。

 完結しましたので読んで頂けると嬉しいです。


タイトル


『最愛の幼馴染が僕を暗殺するために送り込まれた刺客だった、それだけの話』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557603851062


よろしくおねがいします。 


 

 

 



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