第8話 もう一人の転生者
目が覚めて病院、それは驚かない。直前の事故の記憶があるから。でも周囲の見知らぬ人達が涙を流して喜んでいるのは理解出来ない。
私のことを知らない名前で呼ぶその人達。私は戸惑ったまま頭が痛くなり再び意識を失う。
次に目覚めたとき私は自分が
元の世界でこんな名前だったらイジられ確定である。でもここでは違う、この世界ではそれが普通だ。
今なら目の前で泣いてくれていた人達が今の家族だと理解出来ていた。
よく考えればあんな大事故に巻き込まれて前世の私が生きているはずがない。
まあ、転生するときに神様的な存在とは遭遇しなかったが前世の記憶を持って別の世界に飛ばされる。これは間違いない異世界転生だ!
私がなぜこうも落ち着いて状況を受け入れているかと言えば、前世の私がヲタだからだ。因みにメインはゲームとアニメ、ラノベは嗜む程度で腐属性は持っていない。ただしコスプレにはかなり気合を入れていた。
どうやらパターンとしては途中で目醒めるタイプらしく明日野未来としての記憶も有していた。
ただし主格は前世の私で明確な記憶は無いが考え方や想いは前世から引き継いでいた。
問題なのは、ここがどういった世界なのかということだが、現状を見る限りファンタジー世界ではないことは分かった。体はスライムじゃなかったし、聖女様的な力も何ら持ち合わせていなかった。
設定的にはほとんど私が居た日本と変わらない、というか設定上はここも日本らしい。ただ明らかに違うのは、有り得ない髪の色の人や、美人やイケメンだらけであるということ。かくいう私も体が動かせるようになって自分の顔を見て絶句した。
白髪の美少女に生まれ変わっていたからだ。
そして私は今の私の顔に見覚えがあった。
私は必死に明確でない朧気な前世の記憶を辿り、ようやくのことで記憶の糸を引っ張り出すことで大事な事を思いだすことが出来た。
そして理解した。
今の私は恋愛ゲーム『最愛の君に捧ぐバラード』に出てくるモブキャラのひとり明日野未来に生まれ変わったということに。
つまり、私はゲーム世界に転生したらしい、しかもモブキャラとして。大事なので二度言うがモブキャラとして……。
沈み込む気持ちを何とか持ち直しつつ、幸いなことにも気づく、このゲーム作り込みが細かいためモブキャラにもちゃんと顔が個別に設定されていたことに。たとえば良くある、前髪で顔を隠したり、影で目元をかくしたり、あまつさえ使い回しなんてものはなかったと記憶している。
それが、どういうことかというと言うと、髪の色だけが違う同じ顔した他人が大量にいる世界は避けれたということだ。
私はもう一度このゲーム『最愛の君に捧ぐバラード』略して『君バラ』について前世の記憶をサルベージしてみる。
このゲームはどちからといえば男性向けの作品だった。なぜ私が知っているかといえば、私は推しキャラがいれば男女関係なくプレイする派だからだ。
そして一見純愛系コテコテなタイトルの割にはファンサービスよろしくハーレムルートがあり、無理やりこじつけた展開やキャラ崩壊してる面もあり、私的には、げんなりした記憶がある。
ただし個別ルートはなかなかに秀逸な純愛路線だった。
特に私の推しであるミークちゃんはマジ天使で感動して泣いてしまった程に……と思い返したところで私は気付いてしまった。
『これってマジモンのミークちゃんに会えんじゃねぇ』と。
それからは推しに対する情熱が私を突き動かした。リハビリを頑張り、嫌いな薬も我慢して飲んだ。
そして周囲を散歩できるくらいには回復してきたころで天は私に味方した。
なんとあのミークちゃんがあのクズ兄貴のお見舞いで病院に来ていたところを見掛けたのだ。
確かにミークちゃんの過去の回想シーンでそんな描写があった。でも、まさか私が入院していたこの病院だとは思わなかった。
だから私は会えた嬉しさに舞い上がってしまい大事な事を見落としていた。
もし今日が回想にあるその日なら、ミークちゃんとクズ兄貴は盛大な喧嘩をする。
理由としては、まだこの頃のミークちゃんは素直になりきれず怪我したクズ兄貴に対して本音とは裏腹な態度で接してしまい、乙女心を理解出来ないクソ兄貴を怒らせて、ぶたれてしまうのだ。
そのことを思い出し慌ててミークちゃんの後を追う。しかし、そこでもう一つの事実に気付く、もし私が介入してフラグをへし折ってしまえば、ミークちゃんの幸せな未来を奪ってしまうかもしれないという可能性に……だか何もしなければ目の前で推しが傷つけられてしまう。
そんな私の葛藤を識るはずもないミークちゃんはクズ兄貴の病室へと入ってしまった。
さすがに赤の他人の私が、病室に乗り込むことも出来ず。せめて今日がエックスデイではないことを祈りながら聞き耳を立てる。
最初は何言っているか聞こえないほど穏やかな感じだったが、途中でミークちゃんの怒ってるような声が聴こえると、今度は泣きそうなミークちゃんの声が聞こえてきた。
思わず怒鳴り込みたくなるのを何とか抑えその場を離れる。
せめて、私に出来ることはをないかと考えたとき話を聞いて慰めるくらいしか思いつかなかった。
けれど、まったく見知らぬ私が話しかけても怪しさ満点である。
そんな煮えきらない私が悶々としている間にミークちゃんが病室から出てくる。
はにかんで嬉しそうな照れ笑いと共に。
『うわっ、ワジカワ、ぱね〜』
とっ見惚れてしまったが、それより、これってどういうこと?
私が知るどのルートでもミークちゃんとクズ兄貴が仲直りするなんてなかったはずだ。
私が干渉しなかったのにも関わらずイベント内容が変化したことに疑問を感じつつ、様子を見ることにした。すると、その日以降ほぼ毎日のようにミークちゃんが、嬉しそうにクズ兄貴のお見舞いに来ていた。
私としては尊い推しを毎日拝見できたので感謝感激なのだが、腑に落ちないという思いは燻ったままで、結局私が退院の日を迎えることになった。
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