第9話 ストーカー? いいえ見守ってるだけです!

 退院したことにより、ミークちゃんを拝めなくなってしまった。ただ幸いというか、私の家からミークちゃんの家までは歩いて三十分程度のご近所さんだったのだ。当然私は偶然の出会いを期待してミークちゃんの家の周辺を、リハビリも兼ねたお散歩コースに組み込んでいた。


 ちなみに何故私がミークちゃんの家を知っているのかといえば、ゲームの知識からだ無駄に設定が細かい『君バラ』は街並みも細かく作り込まれていたためだ。

 もちろん家がわかったからって押しかけたりしない、推しに迷惑を掛けるなどファンとして言語道断だ。私はひっそりと遠くから御尊顔を拝見するだけで幸せなのだから。


 でもひとつ気になることがあった。

 それは、あの病院での出来事だ。本来なら不仲になっていくはずのミークちゃんとクズ兄貴の関係がどうも逆に仲良くなっているようなのだ。


 杞憂ならいいのだが、このままだと純粋なミークちゃんがクズ兄貴の毒牙にかかってしまうのではないかと心配で仕方ない。


 ミークちゃんの未来に不安を感じた私は、ミークちゃんにとって運命の日を見守ることにした。


 私は駅前まで行き、ミークちゃんが通り過ぎるのを見逃さないように注視し続けた。


 まあ、私が推しでもあるあんな美少女を見逃すはずが無い、それに今日は間違いなくミークちゃんはここに来る。ショッピングモールに向かうために。

 ただ正確な時間までは分からなかったので、駅前で張り込みをし続けている次第だ。


 なぜ、家の前で張り込まないかといえば、単純に迷惑になるからだ。どうしたって住宅街で女とはいえ見知らぬ人がウロチョロすれば目立つし、あらぬ噂が立つかもしれない。

 推しに迷惑は掛けないのはファンの鉄則である。


 そうして駅で待つこと一時間ばかり経ったころにミークちゃんは現れた。ただ、ゲームのシナリオ通りなら一人で来るはずなのに、何故か仲が悪いはずのクズ兄貴と一緒に、しかも手まで繋いで……。


 おかしい、今日はミークちゃんにとって運命の人と出会う大切な日なのに、そいつといたら台無しであると思ったところで気が付いた。

 現時点ではモッサリ前髪で顔を隠した隠れイケメンのクズ兄貴がシナリオより早く超イケメンへとクラスチェンジしていたことに。

 本来は二学期の途中でチャラ男へと変貌を遂げるはずなのにだ。しかもゲームビジュアルより断然短い髪型の爽やか系で、私好みのタイプという質の悪さだ。


 思わず二人に見惚れてぼうっとしてしまったせいで、二人と距離が開いてしまう。慌てて気付いて二人の後を追う、丁度来ていた急行に乗り込むのを見て、私もその電車に乗り込んだ。


 そこで私はミークちゃんの本来の相手というべき人物を確認し安心する。


 しかし、その安心はつかの間で、ミークちゃんに近づいてきたキモ男から守るべき人が何故かクズ兄貴に変わっていた。


 これは完全にフラグ崩壊だ。これでは出会うべき人と出会わないまま話が進んでしまう。

 しかもクズ兄貴はまるでミークちゃんを自分だけのモノだと誇示するように電車の隅に囲い込んだ。


 目の前に出会うべき二人がいるのにすれ違う切なさに胸を痛める。


 でも、たかがモブキャラの私がしゃしゃり出たところで状況が変わるはずもない。


 ミークちゃんはそそのかされているのか、仲が悪かったはずの二人はなぜか楽しそうに話す。

 悔しいことにそれは絵になっており、まるで新規のスチルを見ているようで目を奪われてしまう。だけど、それがまるでミークちゃんを裏切ってるかのようで、歯がゆい気持ちを抱えつつも二人から目を離せないでいた。

 私がそんな不安定なままでいると、いつの間にか目的のショッピングモールがある駅に到着してしまっていた。

 気持ちの整理がつかないまま私は二人を追いかける形になり、終始仲睦まじい様子を見せられる羽目になった。

 推しカプ同士の甘々な展開なら好物なのだが、片方がクズだと分かっているので、どうしても応援する気になれなかった。そして、どうすることも出来ない私は、精神的にこれ以上は見ていられず、二人の後を追うのを止めてカフェで休憩することにした。


 しばらく休憩を兼ね、時間潰しに持ってきていた本を読んでいると、何の因果か呼んでもないのに二人の方が私の席の後ろに来てしまった。

 クズ兄貴の方とは同じクラスなので通り過ぎる時に思わず本で顔を隠してしまう。

 しかし、よくよく考えれば同じクラスとはいえ、ろくに話したこともない私のことを、あのクズ兄貴が覚えているとは思えなかった。


 私はその考えに至ると顔を隠すのを止め、前世で好きだったミルクティをちまちま飲みながら二人の様子を伺う。


 クズ兄貴の方はまだ紳士の皮を被ってるのか、二人分のオーダーを注文しにカウンターへと向かう。

 ミークちゃんもその間に席を立つとお手洗いへ向かう。


 いくら日本という設定とはいえ、荷物を置いたまま二人共席を離れるのは不用心ですよと心の中で呟いて、代わりに荷物が取られないように目を光らせておいた。

 クズ兄貴の方がオーダーした品を持ってテーブルまで戻ってきているのが見えたので、監視の目を解く。かわりに視線をミークちゃんの向かった先に向けると、ミークちゃんが見知らぬ男に絡まれていた。

 これは、あるあるなシナリオの強制力が働いたのかと期待したが男はすんなりと引き下がってしまった。



 結局何事もなく二人共に席に付くと話し始めた。私としては、今後の方針を決める上でも情報が必要だと判断し二人の話に耳を傾けた。


 しかしところどころで聞こえてきた話は私の脳を破壊するような衝撃的な内容だった。


 何やら話の途中で、クズ兄貴に「興味あるのか?」とミークちゃんが誘われて。

 まさか、そのミークちゃんも「うーん、まったく興味がないってわけじゃないけど、知り合いで小学生からやってる子もいて勧められたこともあるし」

と、とんでも発言。


 あまりの衝撃的な言葉にむせてしまう。

 私の周りにはいなかったけど、確かに小学生のうちで初体験を済ませちゃう子がいるってのも聞いたことがある。


 でも私は心の声を大にして叫んだ「友達に流されたら駄目だよ」と……。


 そんな私の心の声を嘲笑うかのように、クズ兄貴はミークちゃんを悪の道に誘う。


「へー、それなら一度、お試し的な感じでやってみても良いんじゃないか、体験してみれば世界が変わるかもしれないぞ」


 見た目は爽やかになったかもしれないが、中身はやっぱりクズだ、そんな甘言に流されたら絶対に後悔しちゃうよミークちゃん。私はミークちゃんがそんな浅はかな子じゃないと信じ、心を落ち着けるためにミルクティを啜る。


「そっか、お兄ちゃんがそう言うなら……良いよやってみても」


 その言葉がミークちゃんから出たとき、それが私にとってのトドメだった。

 口に含んでいたミルクティを吹き出して咳き込んでしまう。


 慌てて吹きこぼしたミルクティを紙ナプキンで拭きながら、クズに騙されてビッチの階段を登りつつあるミークちゃんを思って涙を流す。


 これ以上、話しを聞く勇気のなかった私は直ぐに席を離れた。その後は絶望にのまれ虚ろなまま家路についた。


 頭に浮かぶのは「どうしてこうなった?」という

、結果が確定しまったことに対する意味のない問い掛け。

 しかしグルグルと何度も同じ事を考えているうちに別の疑問に辿り着いた。


 どうしてここまでシナリオが歪められてしまったのかと?


 そして導き出されたひとつの仮定。

 私と同様の転生者が居るのでは?

 そう考えたとき散らばったピースが揃った気がした。


 この仮定に基づいたとき、一番怪しいのはやはりミークちゃんの兄である。

 本来なら一度幼馴染を主人公に取られたことで闇堕ちして、見た目は超イケメン、中身はクズなチャラ男へとクラスチェンジする。

 それ以降はルートで変わってくるのだが、基本的には意中の攻略キャラを寝取ってざまぁしようとしてくる。

 しかし、これらは本来二学期以降に起こるイベントで、すでに爽やかイケメンにクラスチェンジしているのは明らかにおかしいのだ。


 ただこれが、私が導き出した仮定どおりミークちゃんの兄が転生者で、ラノベなどでも見かける本来の主人公からヒロイン達をかすめ取ろうとしている展開だと考えると辻褄が合う。


 しかも相手は恐らく『君バラ』を熟知している。

 でなければ、あのミークちゃんをこの短期間で、疑いなく身を捧げさせるまで好感度を爆上げ出来ようはずがない。


 まさか転生して推しカプの寝取られ展開に出くわすなんて思いもしなかった。不幸中の幸いはまだ二人は付き合っておらず私の脳内ダメージだけで済んだことだろう。


 完全に『君バラ』の世界に舞い上がって初手は失敗したが、私だってこのままでは終われない。

 推しは曇らせたくない派の私としてはミークちゃんには笑っていてほしい、そのために私も今後は積極的に動いていこうと決めた。

 そのためにはまずあのクズ兄貴に近づいて何とか情報を集めつつ欲望にまみれた野望を打ち砕くのだミークちゃんのためにも。

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