第50話 映画へ行ったなら

 翌日学校の昼休み。

 いつものように楓とお弁当をつつき合う。


「ねえ、諒也君。最近瀬貝君の視線を感じなくなったんだけど、諦めてくれたのかな?」


 ふと、楓がそんなことを言ってきた。


「そうなのか? 相変わらず俺には敵意を向けられてる気がするけど、それに伯東も定期的に絡んでくるし」


「あー、伯東さんのあれは間違いなく狙ってだよ、きっとどんな形でも繋がりを持ちたいのね」


 前に言っていたように、伯東は俺に怒られ、邪険に扱われることすら喜ぶようになってきているのかもしれない。


「それは、それで厄介だよなー」


 俺は素直な気持ちを口にする。


「本当は無視するのが一番いいんだろうけどね」


「そうだな、相手にしないようにするか」


 ただそうなったらそうなったで、別の形で進化してきそうなのが伯東の恐ろしい所だ。


 俺は頭を振って嫌なイメージを頭から払拭すると今週末の件を切り出した。

  

「なあ楓、例の映画だけど妹も一緒で良いかな?」


 俺の提案に、楓は美郁とまではいかないが渋い表情を見せると思った。


「あー、うん、良いよ。なんかそんな気がしてたし、あっそれじゃあ未来も良いかな。久しぶりに皆で遊ぼうよ」


 そして、思いの外あっさりと了承してくれた。


「オッケー、じゃあ今週末で大丈夫か?」


「うん、私は大丈夫。未来にも伝えておくね」


「ああ、宜しく」


 多分明日野も皆となら遠慮することはしないだろう。その映画自体も明日野が勧めていたものだから。


 そして思っていた通り、明日野も皆でならと、映画に行くことを了承してくれた。


 兎に角、最近の明日野は様子がおかしかったので一安心した。


 今日だって、お昼はいつも一緒に食べていたのに、気を遣ってるのか遠慮するようになっていたから。


 俺としては図書館で一緒に本を読んで、久しぶりにゆったりと流れる時間を共有でき、そこそこ仲良くなったつもりだった分、それを少し寂しいと感じていた。



 それからあっという間に日常は過ぎ週末を迎えた。


 映画館は俺達の最寄り駅の近くのショッピングビルに入っているのでその前で待ち合わせをした。


 その日は幸いなことに天気も良く、秋口にも関わらず温かかった。

 散歩日和な事もあり、俺と美郁は時間より少し早めに出る。

 美郁が自然に俺の手を取り、のんびり歩きながら待ち合わせ場所に向かう。


「お兄ちゃん、映画楽しみだね」


「ああ、一部の層では熱烈な指示を受けてるみたいだしな」


 さすがにネタバレまでは見てないが、映画のレビューサイトでのスコアは高かった。


「聖ちゃん、ハマって何度も見に行っているらしいよ!」


「へぇ、もしかして兄貴の方も一緒にか?」


「うん、映画を見て距離がぐっと近づいたらしくて、もうラブラブ自慢してくるんだよー」


「……それほどのものなのか」


 もしかしたら、それで瀬貝の楓に向けられる執着心が和らいたのかもしれない。 

 しかし、あの瀬貝を大人しくさせた影響力に少し怖くなってしまった。


「だからさ……本当に面白かったらさ、今度は二人きりで見に行きたいな……どうかな?」


 上目遣いに懇願する美郁。


「……分かったよ、俺も気に入ったらな」


 そんな曖昧な答えで誤魔化す。

 我ながら情けない。

 正直、この世界に慣れていくと同時に元の世界には戻ることは出来ないのだと漠然的に感じていた。

 だからこそ、目立たないように社会の隅っこで平々凡々と暮らすつもりだった自分に疑問を感じるようになった。

 特殊な状況下には間違いない。

 だからといって目の前の幸せを放棄する必要はあるのかと?


 そんなことを考えながら歩く俺の隣には、そんな曖昧な返事にも喜ぶ美郁の姿。


 自分自身の答えの出しきれないもどかしさに内心でため息を吐く。


 そして約束の場所に来ると、既に楓と明日野は到着して待っていた。

 俺は慌てて腕時計を見て時間を確認する。

 時計は十時三十分を指しており、約束の時間より三十分ばかり早かった。


「お早う諒也君。待たせたかな?」


「いや、いや、どう見ても楓のほうが先に来ていただろう」


「ふっふ、期待通りの反応をありがとね諒也君」


 俺の言葉を笑顔で返す楓。

 隣の美郁がしてやられたと言う表情に変わる。


「あの、こんにちは久方君、それにミークちゃんも久しぶりだね」


「うん、未来ちゃんは……なんだか雰囲気変わった?」


「えっ、そうかな?」


 そう答えた明日野の目は確かに、以前の美郁を見ていたようなギラギラとした輝きが無かった。


「あっ、妹ちゃんもそう思った?」


 楓も明日野の様子が違うことを気づいていたらしい。


「うん、なんだか憂いお帯びた。大人な女って感じだよ、なんか僕でも放っておけないような感じだよ」


「えっ、えー、ミークちゃんが私を……じゅるり」


「あはっ、ごめん気のせいだったみたい」


 楓の言葉に俺も内心で同意してしまう。

 ただ、いつものおふざけも何処か作っているように思われた。


 それからは俺を含めた四人で映画館に向う。

 定番のポップコーン二つとドリンクをそれぞれ買ったのだが、どう分合うかで美郁と楓が張り合い始めた。

 結局、じゃんけんで勝敗を決めることになり、今回は美郁が勝利をもぎ取った。


 映画の座席は幸い、四人で並んで座れる空席があり、俺の両隣に美郁と楓、美郁の隣に明日野が座る形になる。


 こちらの世界で映画は初めてだったが、元の世界と大差なく、CMと映画の予告が続く。

 こちらでもカメラ男とパトライト男とのやり取りは健在だった。


 そうして本編が始める。

 内容は入れ代わりモノで似た境遇の俺はドキリとさせられた。

 ただ、入れ替わった相手は幼い頃に別れた実の兄妹で……二人はそれを知らないままお互いに思いを寄せていき……。


 後半に掛かり、どうやらヒロインの妹に感情移入したらしい美郁が声を抑えながら泣いているのが横目で見えた。楓も美郁程では無いが感動しているように見えた。


 その後は本編が終わった後のエンドロールで余韻に浸ってから外に出る。


 美郁は見ている時から痛いくらい俺の手を握りしめ続けていた。


 映画の影響か楓もそんな美郁に何も言わない。


 そうして、映画館の外に出ると、見終わったらしい、まるで恋人のような雰囲気の兄妹二人と鉢合わせてしまった。

 いや、美郁は瀬貝兄妹は何度も見に来ていると言っていたので出会う可能性はあったのだろう。


 聖を見つけた美郁はようやく俺の手を離すと真っ直ぐにかけ寄った。

 一方の瀬貝妹も兄の手を離すと美郁に歩み寄った。


「ひじりちゃ〜ん」


「美郁さん」


 突然目の前で展開された美少女二人の熱い包容。


 きっと一番近い感情を抱いた二人が感極まったというところだろう。


 俺と同様に瀬貝兄もこちらを見ようとはしなかったが、特に何も言うことなく二人を見守っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る