第44話 サルビア
父さんに頼んで車を出してもらい、僕たちは母さんが好きだった公園に来ていた。父さんは「今からか?」と言いながらも、
ここは国営のとても大きな公園だ。
この時期になると花畑にはマリーゴールドとサルビアが辺り一面に咲いている。
母さんは特にサルビアが好きだったようで、母さんは小さな僕を抱きかかえ、サルビアが咲いている花畑の前をよく歩いていたのを覚えている。
公園の正面ゲートをくぐると、僕の記憶と同じ、花畑が一面に敷かれていた。正面ゲート付近は人が多いが、中がとても広いため、中に入ってしまうと人の多さはあまり感じない。
マリーゴールドとサルビアも、色々な種類があるようで公園中がカラフルに埋め尽くされていた。
「きれい……」
夏樹は花畑を見てつぶやいた。最後に来たのは夏樹が小さい時だったから、あまり覚えていないかもしれない。
夏樹は白いワンピースに麦わら帽子を右手に持っていた。細やかな風が夏樹のセミロングの髪とワンピースの裾を揺らしていた。
夏樹はゆっくりと麦わら帽子をかぶった。
麦わら帽子は夏樹のとって戒めの意味を持つ。
「夏樹、その麦わら帽子は……」
「今日は、かぶっていたいの」
「そっか……じゃあ少し歩こうか」
夏樹は毎年この日だけ、麦わら帽子をかぶる。僕は夏樹がその帽子をかぶることに抵抗はある。それは僕が嫌だとかではなくて、夏樹がかぶっているところを見ると、どこか胸が痛くなる。どのような思いでかぶっているのか、僕には分かるからだ。
母さんが死んだあの日、僕らは家族で川遊びをしていた。川の上流で大雨が降った。父さんと母さんは帰る準備をし、僕たち二人に声をかけた。雨が突然振り出し、風も強くなった。夏樹はその時かぶっていた麦わら帽子が風に飛ばされ、川まで取りに行った所を鉄砲水によって川へ流されてしまった。
夏樹の後を追って川へと飛び込んだ母さんは、夏樹を助けるために最後の『力』を使って死んだ。
夏樹はそのことを自分のせいだと思い、今でも麦わら帽子をこの日だけかぶっていた。
僕と夏樹が花畑を歩き、父さんが後ろから静かに
「
父さんが僕たちを呼んだ。
「ここが母さんが好きだった場所だ」
そこにはサルビアの花畑に囲まれた噴水がある場所だった、赤や紫、そして青と、一面がカラフルに彩られていた。
「ここに座って見える景色が母さんは好きだったな」
父さんは噴水のベンチに座った。僕と夏樹もつられるようにベンチに座った。
「きれい……」
夏樹が小さな声を漏らすように言った。
「母さんはお前たちが生まれる前、よくここに座ってこの花畑を見ていたよ」
「私たちが生まれる前?」
「ああ……」
父さんは一瞬話すか迷ったように少しの間があった。そして。
「母さんは、父さんと結婚するか、迷っていたんだ。母さんは『力』を宿していたからね。いつか悲しい思いをさせてしまうんじゃないかって思っていたんだ」
父さんはじっと、サルビアの花畑を見つめていた。
「父さんは母さんに結婚してほしくて、何度も必死でアプローチしてね、なんとか承諾をもらったんだ。その時の母さんは泣いていたな、でも笑顔だった」
父さんはその時の母さんの笑顔を思い出したのか、父さんも笑顔になった気がした。そして父さんはそのまま続けた。
「母さんは、子供を作ることも迷っていたよ。子供たち、お前たちに悲しい思いをさせてしまうって思っていたんだね。でも母さんは本当は子供が欲しかったんだ。お前たちに会いたいって言って、泣いた日もあった。父さんはそんな母さんを見て、母さんが『力』を使わなくてもいいように、母さんもお前たちも全力で守ろうって誓ったんだ。そしてお前たちが生まれた。でも、お前たちには悲しい思いをさせてしまったな」
「お父さん、ごめんなさい。私のせいで、私があの時帽子を……」
「夏樹……」
父さんは夏樹の頭に手をのせた。そして言葉を紡いだ。
「夏樹のせいじゃない、誰のせいでもないんだ。父さんの方こそ、すまなかった。夏樹がこんなになっているのに、今まで何もしてやることができなかった」
「お父さん、私、私は……」
「今まで苦しかったな。もう苦しまなくていいんだ。夏樹のせいじゃない、誰のせいでもない」
父さんは夏樹を優しく包み込むような、そんな感覚がした。去年とは別人のような感じがした。父さんは父さんで何かあったんだろうか。そんなことを思ってしまうほど、たくましく感じた。
「春人」
父さんは僕の方に視線を移して、僕の目を真剣な表情で言った。
「うん?」僕は答えた。
「お前にも『力』が宿っている。母さんと同じ、大変な運命を背負わせてしまった。このまま『力』を使わないでいてくれ……」
父さんは僕がすでに『力』を使ったことを知らない。
「分かってるよ……」
僕はそう一言だけ返した。
「二人とも、そろそろ帰って母さんの墓参りに行こう」
父さんの言葉に僕と夏樹はうなずき、公園を後にした。公園に咲いているサルビアが、何故か見守ってくれているような、そんな気がした。
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