最終話 春と太陽、そして雪解け
目を開けると、『早坂』と彫られている墓石があった。
蝉時雨が鳴り、夏草の匂いと線香の香りを優しい風が運んでくる。
「あれからもう一年が経つのね……」
声がするほうに目を向けると、
今日は命日で、墓参りに来ていた。雪乃はどこか緊張しているように見える。
あの後、目を覚ましたのは病室だった。父さんや夏樹達、みんなは僕が死んだと思っていたところに、目を覚ましたのでちょっとした騒ぎになった。あの時のみんなの顔は、こう言ってはなんだが、思い出すと笑いがこみあげてくる。それほどみんな驚いていた。
僕の中から『力』は消滅し、血族の中で僕の『力』を継承した者は現れていない。楓があの時言っていた、やることということに成功したようだ。楓は僕たち血族の悲願を叶えることに成功した。
「きっと天国で僕たちを見守ってくれているよ」
「うん……だといいな……まさか、あれから結婚することになるなんて……」
僕と雪乃は墓石に手を合わせ終わると、立ち上がった。
「次いいよ」僕は振り返りそう言った。
「結衣、ちゃんとご挨拶したの?」女性の優しい声がした。
「したわよ、お母さんのことも紹介しておいたから」雪乃が返す。
「じゃあ、次は、
「はい!」
夏樹の明るい声がした。
「お兄……今日のあたし、約束通り笑えているかな」
夏樹はセミロングの髪を揺らしながら言った。
「ああ、ちゃんと笑えてるよ」
「よかった」
夏樹はそういうと、墓石に線香を供えて手を合わせた。
「
「あ、忘れてた」
「え、じゃあちゃんと自己紹介しないと」
啓介君はそういうと線香を備えて手を合わせた。
「お兄は
夏樹が急にそんなことを言ってきた。
「うそだよ、ちゃんとみんなのこと紹介したから」
「春人君、私のこともちゃんと紹介してくれたの?」
優しい女性の声、それは雪乃母の声だった。雪乃母は僕の父さんの横に並んでいた。
「いや、紹介するのは僕じゃなく、父さんからちゃんと紹介してね」
僕は父さんへ向かって声をかけた
「そうだな」
父さんは少し照れくさそうに言った。
僕の父さんと雪乃の母さんは再婚することになった。父さんが務めている会社と雪乃の母さんが務めている会社が同じだったようだ。互いに相談事を持ちかけており、次第に惹かれ合うようになったそうだ。
父さんも雪乃の母さんも互いに配偶者を亡くした。それぞれにしか分からない苦労もあったんだと思う。正直に言うと、少しさみしい気がするのは本音だ。だけど僕は二人を応援しようと思う。
「ねえ、春人君、もうそろそろ来るんじゃない?」
雪乃が僕のほうを見て言った。雪乃に名前で呼ばれるのはなかなか慣れなくて、なんとなくこそばゆい。
「雪乃……うーん……」
「お兄、結衣姉を雪乃って呼ぶのそろそろやめなよ、なんか変だよ。結衣姉の苗字だって変わったんだし」
夏樹も最初は複雑な思いがあったようだ。しかし今は雪乃に懐いたようで、結衣姉と呼び、父さん達を応援してくれている。
「なんか全然なれなくて……あ、来た」
「春人ー! 結衣ー!」
その声を確認して、僕は手を振った。
「楓ー!」
雪乃……結衣は楓の名前を呼び手を振る。
楓はショートカットの髪をなびかせて駆け足で近づいてきた。
「いやー、みんながいる間にこれてよかったよ」
楓は僕が目を覚ましたあと、すぐ目を覚ました。楓は病院側では助からないと判断されていたらしく、僕の件と重なって病院中が大騒ぎとなった。
「しっかし叔父さんと結衣のお母さんが結婚するなんてね」楓が言う。
「うん、びっくりしちゃった」結衣が答えた。
「こんなことって本当にあるんだな、物語の中だけかと思ってた」僕が言う。
「本当に聞いた時はびっくりしたよ」
楓が笑顔で答えた。
「でもよかった。春人君も楓も目を覚まして、またみんなで一緒にいられる」雪乃が言った。
「うん、結衣のおかげ」
「え、私の?」
「うん!」
楓がいつもの太陽のような笑顔で答え、結衣はそれを聞くと、風にゆっくりと流される長く黒い髪をおさえて、目を指で拭った。
「え! 結衣どうしたの?」
「うれしくて、本当によかった」
入道雲と蝉時雨の風を背に、彼女はゆっくりと微笑んだ。
春が来て、暖かい太陽が雪を解かし、清らかで美しい水が生まれる。
彼女たちが僕に見せた笑顔は、太陽のように明るく、白銀の雪のような輝きを放っていた。
<了>
スノードーム 森山郷 @moriyama_kyo
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