第18話 違和感

 スマートフォンの朝のアラームで目が覚めた。昨夜は寝るのが遅くなったが、今日は無事時間通りに起きることができた。制服に着替えてリビングへ向かうと、夏樹なつきは部活の朝練のためすでに家を出ており、父さんがリビングでコーヒーを飲んでいた。


「おはよう」


「ああ、おはよう」


 作り置きされた目玉焼きをテーブルへ運び、口へと運ぶ。


春人はると、父さん今日も仕事遅くなりそうだから、夕飯たのむな」


「わかった。最近いそがしいの?」


「ああ、ちょっと納期が近くてな」


「大変だな、家のことはいいから、心配しないで仕事頑張ってきて」


「悪いな、じゃあそろそろいくから、戸締りしっかりな」


「わかってるって」


 父さんの仕事は技術職だ。納期が迫ると毎日のように帰りが遅い。納期がすぎると帰宅する時間も早くなるが、今が一番忙しい時のようだ。


 朝食を食べ終え、洗面所で身支度を整える。そしていつものように母さんの写真の前で行ってきますと言うのが、いつもの流れだ。


 この前、ボランティアで『力』を使ってしまった。そのことについて母さんは天国でどう思っているんだろう。ちゃんと自慢できただろうか。それとも僕を心配してくれて、それどころじゃなくなっていたりして。それはさすがに知る手段はなく、母さんがちゃんと天国で胸をはれてるって思うしかない。


「じゃ、いってきます」


 戸締りや火元を確認して家を出た。


 梅雨明けをしてからというもの、本格的に暑くなり、朝でも日差しが凶悪に思えてくる。その凶悪な日差しに、しばらくの間耐えなければならない。


 いつも通りゆっくりと歩いていくと、やがて学校についた。下駄箱で靴を履き替えている祐介を見つけた。


「祐介、おはよう」


「おう、ハル」


 祐介は同じクラスで好きな作家が同じだということで意気投合した。


「そういえば昨日、買えたのか?」


「ああ、買えた、結構自転車で走ったけど、無事買えたよ」


「決まった書店じゃないと買えないって、面倒なことやってくれるよなあ、見終わったら貸してくれよ」


「りょうかい」


 僕と祐介がいつものように話し込んでいると、この場所では珍しい声がした。


「おはよう」


 雪乃が下駄箱で靴を履き替え、声をかけてきた。


「お、おはよう」


 僕は挨拶を返すと、雪乃はそのまま教室へと向かっていった。


「お、お?」


 祐介は声をつまらせる。


「祐介?」


「雪乃が……挨拶した?」


 祐介は珍しい物を見たような顔をしていた。確かに今までの雪乃からすると、男子の僕らに挨拶をするのは珍しいのかもしれない。


「ハル、雪乃となにかあったのか? あきらかにお前に声をかけてたぞ」


「いや、別にないけど」


 なにかあったかと言われれば、覚えがあるのは先日のボランティアだが、今までの雪乃の態度をくつがえせるようなことはなかったと思う。


 そして雪乃は以前、学校の屋上で僕に「男子と話をすることはできない」と言った。祐介も雪乃は男子を拒絶していると言った。


 昨日の弁当屋で、少しだけど雪乃は僕と話をした。


 雪乃と何があったのかを頭の中で考えていると、僕はある違和感を覚えた。


 違和感の正体がつかめないまま、教室に入り自分の席に座る。


 雪乃に視線を移すと、雪乃は女子たちと話をしていた。女子相手だと普通に会話できているようだ。雪乃の近くにはかえでがいる。あの二人はよく一緒にいるのを見る。特に珍しい光景ではないのだけれど。僕はどこかその光景にさらなる違和感を感じた。


 普段は何気ない、気にしなければ気づくことができない。些細ささいな違和感……。何かが微妙にズレていて。気にすれば気にするほど、それは大きなひずみへと変わっていく。そして僕の違和感は徐々に確信へと形を変化させる。


 ああ……わかった。僕は……雪乃が笑っている顔を見たことがない。



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