第38話 初デートはカフェだった


 雪乃ゆきのはあの屋上での一件以来、屋上でなくても声をかけてくることがある。しかし、他の男子に声をかけることはなかった。まだ少し抵抗があるようだ。正直言うとなんで僕だけは大丈夫なのかと疑問に思うことがあるが、考えたところでわかるとも思えないのであまり触れないようにしている。


 かえでは何か知っているような感じがするが、聞いても教えてくれないのでもうあきらめている。ただもう一人、条件付きだが大丈夫な男子がいる。祐介ゆうすけだ。彼は僕か楓が間に入れば何とかなるようだ。そこは小学生からの知り合いというものあるようだ。とはいえ、小学校から一緒の男子は他にもいる。祐介は何かと楓と関わることが多かったようで、その関係で雪乃とも関わることがあったようだ。他の男子よりはなじみが深いということで僕の他には祐介が、とりあえずはまともに話せるようだ。


 笑顔の方も、女子たちで集まって話をしている時に、時折笑顔を見せていた。その笑顔を見た男子たちが、明らかに雪乃を意識し始めているが、ハイキックのことを警戒してか、まだ想いを告げる者はいないようだ。


 まともに話せるのが僕だけということもあって、少しだけ雪乃を独占しているようでちょっとだけ優越感のようなものを感じていた。だけどもし、誰かの告白を受け入れる日が雪乃に来たらどうだろうか、その時の僕の心情が自分でも予想できず、僕は自分で雪乃に対してどんな感情を抱いているのか未だに分からなかった。恋なのか、好奇心なのか、同情なのか……。そして、あれから一週間が過ぎていった。


柏木かしわぎ君、明日暇かな?」


 金曜日の放課後、家に帰ろうとしたら雪乃に声をかけられた。明日暇か、なんてデートの誘いかと一瞬思ったが、ここで浮かれて間違いだったらとても恥ずかしい。このタイミングだったら啓介けいすけ君の退院とか、そんなところだろうか。暇なら来てくれると喜ぶとかそんな話かと思った。


「明日だったら、何も予定ないよ」


「よかった、もしよかったら、隣町のショッピングモールに一緒に行ってくれないかな?」


 ……デートのお誘い?


 そして僕と雪乃は今、ショッピングモールの中にあるカフェに来ていた。これは間違いなくデートというものであって、これがデートではないというならば、なんだというのだろうか。


 雪乃は白のブラウスにベージュ色のロングスカートをはいていた。先日のボランティアに着ていたボーイッシュというより、男子の服装とはまったくの別物だった。


「あの……この服似合うかな?」


 雪乃はこういった服装に慣れていないのか、テーブルと僕の顔を交互に見て言った。


 こういう場合は素直に言ったほうがいいような気がする。


「すごい似合ってるよ。可愛い」


「可愛いって……」


 雪乃はテーブルに視線を移して動かなくなった。


「雪乃……?」


 僕の声に雪乃の反応は無くなってしまった。思ったことを言ったのに、何か間違ってしまっただろうか。変なことは言ってないと思う。


「おまたせしましたー!」


 カフェの女性店員が、僕たちが頼んだ飲み物を運んできてくれて、「ごゆっくりー!」と言って去っていった。


 それに反応した雪乃が顔を上げ、注文したアイスカフェオレを一口飲んだ。雪乃の顔は……真っ赤だった。


「ゆ、雪乃? 大丈夫?」


「か、柏木君が変なこと言うから……」


「変なことって、思ったことを言っただけで……」


「わ、わ、わわわわわわ、綿」


 雪乃がまた動揺し始めた。この動揺の仕方は雪乃特有だ。


「……ふう」


 雪乃が深呼吸を一度だけした。どうやら冷静さを取り戻したようだ。


「昨日、お母さんに柏木君とショッピングモールに行くって話をしたら、そのまま服を買いに連れていかれちゃって……」


「え、そうなの?」


「こういう服って買ったことなかったから、ほとんどお母さんが選んだの、それに柏木君のこと凄く気に入っちゃったみたいで、似合ってるって言ってくれて凄く嬉しい。そして、かわ……かわ、わた、わわわわわ綿……」


 雪乃が再び動揺しはじめた。大丈夫なんだろうか……。それに、服を買いに行ったというが、こう言ってはなんだが雪乃達にそんな余裕が……。僕が知っている限りでは、今は雪乃がアルバイトで家計を支えているはず……。


「ふう……」


 雪乃がまた深呼吸をして冷静さを取り戻した。


「今、私たちの家計のことを心配してくれた?」


「え! なんでわかったの?」


「なんとなくかな、実はね、お母さんの仕事が決まったの」


「そうだったんだ。よかったじゃん、おめでとう」


「決まったというよりは、入院する前にパートで勤めていた所が休職扱いになっていたみたいなの、部署は違うんだけど、開発部だったかしら……そこの部長の人がそういう手続きにしてくれてたみたいなの。お母さんもお世話になってた人みたいで、それで今回は正規雇用みたいでお母さんも喜んでいたわ」


 正規雇用、つまり正社員ということだろう。開発部の部長という人が気になるところだけど、雪乃たちにとっては朗報のはずで、僕も気になっていたからよかった。それと同時に僕はとても無力で、高校生という立場はとても弱くて、僕も誰かを守れるような大人になりたいと改めて思った。


「僕が……」


 なぜか、僕がもっと頼りになる人間だったら、雪乃たちを守れる人間だったらよかった。と喉元まで出かかった。だけど言うのをやめた。今の僕が言うと、とても安っぽくて、口だけになりそう。そう思った。


 いや、まだ守れる人間である必要はない、僕はまだ高校生で、今は将来守りたい人を守れる人間になるための準備期間だ。そんなふうに思ってしまうのは甘えなんだろうか、それはよくわからなかった。


「え?」


「いや、なんでもない」


 僕は注文したアイスコーヒーにミルクを入れ、ゆっくりとストローでかき混ぜた。黒いコーヒーと白いミルク、それが徐々に混ざりあってベージュへと変わっていく。まったく違う二つのものが合わさり、そしてまた違う一つのものが生まれる。眺めているとなぜか不思議に思えてくる。 僕と雪乃も、最初はこんなふうに二人でカフェにいるなんて想像なんてできなくて、この場所自体が全く違う二つのものが混ざりあってできた一つの空間だ。


 こうして二人でいるけど、互いに互いをどう思っているのかまったくわからない状態で、あの夜、キスをしたのは本当に夢だったと最近では思っているほど、雪乃は平然としている。


「あのね、このあと、寄っていきたいところがあるの」


「え? いいよ、どこ?」


 少し考え事をしてしまった。やっぱりこんな時に一人の世界に入るのは失礼になるのでないだろうか、少しだけ気持ちを入れ替える必要がある。


「本屋、一緒に選んでほしい本があるの」


「本だったら任せてよ!」


「そういうと思った」


 雪乃はゆっくりと優しく微笑んだ。




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