第45話 墓参り

目を開けると、『早坂はやさか』と彫られている墓石があった。


 僕はその墓の前で手を合わせていた。ここには僕とかえでのご先祖様と、母さんが眠っている。


 母さんの旧姓は早坂。楓と一緒だ。当時、母さんが柏木かしわぎと早坂のどちらの墓に入るか、それとも新しく父さんが墓を作るかで話し合ったそうだが、早坂の墓に入ることになったようだ。


 墓には僕たちが来る前に誰か来たようで、花が供えられており、僕たちが供えた線香のほかに、数本の線香がまだ火をともしていた。墓石も綺麗に磨かれていた。楓たちが来たのだろうか。楓たちも来るとは僕は聞いてなかった。


「来てくれたのか……」


 父さんが小さな声でつぶやいた。楓たちのことを言っているのだろうか……。


 夏樹なつきは麦わら帽子をかぶったまま手を合わせ、目をつむっていた。そしてゆっくりと目を開けた。


「私、麦わら帽子をかぶるのもうやめる」


 夏樹はそう言うと、麦わら帽子をゆっくりと取った。


「そっか」


 僕はそう答えることしかできなかった。夏樹が今どういう気持ちでいるのか、わからなかった。父さんの話を聞いて、夏樹は自分の気持ちに決着をつけることができたのだろうか。母さんが死んでから、今までずっと苦しんできた呪縛を、振りほどき、前を見始めた。僕が思う以上にずっと、夏樹は自分自身と向き合ったのかもしれない。


「お兄」


 夏樹は麦わら帽子を右手に持ち、両手を後ろに回した。


「うん?」


 僕は夏樹の顔を見ながら答えた。


「今日、公園に行こうって言ってくれてありがとう、お兄が毎年、笑ってお母さんのお墓参りをしたいって言ってたのに、私は今まで笑うことができなかった。今年もまだ無理そう……」


 夏樹はそういうと、麦わら帽子を抱きかかえるように自分の胸に当てた。


「そっか」


 今年も無理だった。でも夏樹の瞳の奥には、今までとは違う何かが映っているような気がした。それは何かはわからない、だけど強い意志が宿っているような、そんな感じがした。


「でもね、来年は、笑顔になれそうな気がする。それまでもう少しだけ待ってて」


 夏樹が僕の顔を見ながらそう言った。


 夏草の匂いと蝉の声を運んできた風は、夏樹の白いワンピースを揺らし、麦わら帽子を取ったセミロングの髪を、優しく撫でた。


「ああ、待ってるよ」


 僕がそう夏樹に返すと、ほんの少しだけ、夏樹は笑顔を返した。



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