第11話 サバと牛肉
カセットコンロの火を点火して、水を入れた鍋を上に置く。簡単だ。現代の技術は素晴らしい。
今日のお昼のメニューはカレーライスのようだ。日野先生は先ほどからご飯を炊く準備をしてくれている……。いや、熱湯で温めるだけのご飯の準備をしている。つまり、カセットコンロでお湯を沸かしているだけ。失敗して焦がされるよりは全然いいんだけど、周りの奥様方は
「んー……これ豚肉?」
「
楓は牛肉を豚肉といって、
「楓、私が材料を渡すから、渡した順番に入れていってね」
「分かってるってー!」
僕は先ほど荷物を運んだせいか見ているだけでいいことになった。奥様方が優しく、飲み物をくれたが、一応ボランティアってことで来ているのでもらっていいのか迷った。しかし、人のご厚意は無駄にしてはいけないと感じたので遠慮なくもらうことにした。
「じゃあ、まずはこれ、本当は最初に
雪乃は楓にジャガイモを渡した。まあ、時間がかかるし最初はジャガイモだよな。
「はいはい! ねえ、
楓はうんちく話を始めた。ジャガイモは持ったままだ。入れなくていいのか?
「次はこれかな、ジャガイモが柔らかくなったら入れてね」
「はいはい!」
楓は牛肉を受け取ると……牛肉も手に持ったままだ。何してるんだ?
「結衣、入れ忘れてるよ? 入れとくね」
ん!?
楓はカレーのルーを熱湯の中に入れた。何も入っていないお湯の中に……。
「か、かえで!?」
雪乃の声に楓の顔は真っ青になった。
「ま、まちがえたー!」
いや、間違えたというか、あきらかにおかしいだろ……。楓は料理が絡むと急にできない子になってしまう。学年トップの成績なのに。いや、しかし今のはあきらかにおかしい。
「ご、ごめん結衣ー!」
「だ、大丈夫よ、カレーだし、もう全部入れちゃおう、なんとかなるわ」
雪乃もなんだかやけになっているような気がする。僕の昼ごはん何とかしてください。
そういえば前のボランティアで炊き出しをやったと聞いた……。そのことには触れないほうがよさそうだ。
「待ってください! 全部入れちゃうならこれも入れてください」
日野先生がコンテナから缶詰を取り出すと、雪乃が恐る恐る聞いた。
「せ、先生、それはなんですか?」
「ふふふ、サバ缶です!」
日野先生は勝ち
やっぱ、サバなんだな……。日野先生は学校の食堂でほぼ毎日サバ定食を食べている。そのせいか生徒たちの間では年齢をサバ読んでいるという
「先生、本当は何歳なんですか?」
「それはダメだ! はるとー!」
「
楓の叫び声とともに、日野先生の身体は
「す、すいません」僕の腰は直角に曲がった。僕の腰は終わった。将来は上に乗ってもらうしかない。何がとは言わんが……。
「サバカレーのサバはみそ煮がおいしいんですよ」
日野先生は
「結衣、サバ缶入れて大丈夫なの?」
「うん、サバのみそ煮を入れるカレーのレシピはあるけど、牛肉を入れたから少し
雪乃の言葉は少しあいまいな感じだったが、楓はその言葉を聞くと安心した表情を見せた。先ほどから思っていたが雪乃は料理が得意なようだ。僕の昼ごはんを守ってほしい。
「サバと牛肉で力があふれ出ちゃいますよ」
先生はニコニコと笑顔を作った。
しばらくするとカレーが出来上がった。アウトドア用の紙製の盛り皿に熱湯で温めて完成のご飯を盛ってサバカレーをかける。僕の身体は限界に達し、カレーライスを欲している。
「んー、いい匂い!」
楓の言う通り、カレーのおいしそうな匂いが
「いただきます!」
どこからともなく聞こえてくる鳥の声を聞きながら、木々の香りとともにカレーライスを口に入れる。主張の強いカレーがサバの味噌と見事に一体化し、和のテイストを
僕はインドア派で
「おいしい! さすがサバですねー!」
日野先生はあくまでもサバ推しのようだ。ジャガイモが硬い。
楓はまだ一口も口にせず、目をつむりながら香りを楽しんでいるようだ。カレーの匂いに違いがあるのだろうか。匂いも主張が強すぎて違いがわからないと思った。しかし
雪乃はサバと牛肉を交互に食べ「うん、大丈夫」と
三人はジャガイモについては触れなかった。失敗にはあえて触れない的な、何か女性同士の暗黙の了解だろうか……。
お昼ごはんを食べて満足した僕たちは、ボランティアの一環で全部のグループのあと片付けをすることになった。それが結構な量があり重労働だった。
「かえでー! さっきの材料運びといい、今日は楽なんじゃなかったのかあ!」
僕のテンションはいつもより高い。なんだか力が湧いてくる。
「何言ってるのよ! 重いものを何往復も運ぶよりはマシでしょ!」
「僕はすでに重いものを持って何往復もしたんだよー!」
「そうだったー!」
楓もテンションがおかしい。
「いやあ、サバと牛肉の力ってすごいですねえ」
日野先生はそんなことをのたまいながらゴミを集めていた。
「雪乃さんは落ち着いてますね……。そうでもないですね」
日野先生の声につられて雪乃へ視線を移すと、ものすごい速さで鍋を洗っていた。
かたづけを終えた僕たちは、レクリエーションに参加したが、小学生とお年寄りが中心なので高校生の僕らには少し退屈に思えた。あめをくれたかなちゃんも退屈そうにしていた。
ふと空を見上げると、厚い雲が浮いていた。先ほどまでからっとしていた空気はどこか重さを増していて、どこか不安が混じっていた。
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