第43話 あの場所へ
「今年は、三人笑顔で行くから」
僕は写真に向かってつぶやいた。
「すまない、寝坊した」
父さんが起きてリビングに降りてきた。
「大丈夫、朝ごはん作るから、顔洗ってきなよ」
「すまないな」
父さんは、昨晩会社の人と飲みに行ったようだ。管理職ということもあって、度々相談を持ち掛けられることも多いようだ、だけど昨日は今日のために早めに切り上げて来てくれた。仕事の付き合いというものがあるので気にすることはなかったが、今日のことを忘れずに父さんが早めに帰ってきてくれたことが少しだけ嬉しかった。
今日は母さんが得意だったオムレツを作った。溶いた卵にミックスベジダブルを入れて、オリーブオイルを入れたフライパンで焼く。母さんはオリーブオイルをたくさん入れていた。そしてコーンスープと、マーガリンが中に入っているパンを二つ。これが母さんが好きだった朝食のメニューだ。食後はコーヒー。砂糖は入れないでミルクだけを入れる。これが母さんの飲み方だった。
父さんが洗面所からもどってきた。
「
「うん、まだ体調がよくならなくて」
夏樹は先日の健司の葬式から帰ってきて以来、体調を崩してしまった。週の始まりは何とか学校へ行っていたが、木曜日からは学校へもいけなくなってしまった。
頑張っていた部活も大会で負けてしまった。しかし県大会三位という成績で、個人でも優秀選手に選ばれたようだ。負けたことがこんなになるまでショックだったとは思えない。やはり健司の件が母さんのことと重ねてしまったような気がする。
「今日は墓参りにいくから、少し様子を見てきてくれるか?」
「わかった」
父さんの朝食をテーブルに運び、僕は夏樹の部屋へと向かった。
「夏樹、大丈夫か?」
部屋をノックして、夏樹を呼んだ。
「……うん」
小さく、かすかな声が部屋から聞こえた。
「入っていいか?」
「……うん」
夏樹の部屋の扉を開けて部屋に入ると、カーテンはまだ閉じられていて、部屋の中は暗かった。
「カーテン、開けていいか?」
「……うん」
カーテンと窓を開けると、明るい日差しが差し込み、風が部屋に入り込んできた。
「……眩しい……」
「今日も暑くなりそうだな、母さんの墓参り、いけそうか?」
「……お母さんに会いたい……私が、あの時……お母さん……ごめんなさい……ごめんなさい」
夏樹は、あの時のことを自分のせいだと今も思っている。そして命日になると、毎年自分を責め始める。今年は健司のこともあってか、特にひどいようだ。僕はそれが毎年いやだった。今年こそは笑顔で母さんの墓参りをしたい、そう毎年思うがなかなかうまくいかない。
「なあ、夏樹」
「……なに?」
夏樹は薄手のタオルケットから左手を出していた。僕は夏樹のベッドの前の床に座り、その手に自分の手を添えた。
「今日さ、墓参りの前に母さんが好きだった場所に行ってみないか」
「好きだった場所?」
「花畑に囲まれている公園があるんだ。マリーゴールドとサルビアって花が一面に咲いていて、母さんはサルビアが好きだった。昨日その公園を調べたんだけどさ、夏樹は覚えているかな」
「覚えているかも、お母さんが好きだった花がいっぱい咲いているの?」
「うん、どうかな? 今日、父さんに頼んで連れて行ってもらおうよ」
「うん、行きたい……」
正直、母さんが好きな公園に行ったからといって、夏樹の調子が完全に戻るとは思っていない。だけど今日だけは、今年こそは三人で笑顔でいたい。そして母さんをちゃんと安心させてやりたい。
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