第42話 四回目
「楓ちゃん、大丈夫?」
「あ、ありがと……」
楓は水を一口飲むと「あれから眠れなくて体調が悪いの、ちょっと横にならせて」と言ってベッドではなく、床に倒れこんだ。あれからというのは、健司のことを聞いてからだろう。
僕は叔母さんにタオルケットをもらい、楓にかけた。
楓は「ありがと……」とつぶやくと、小さないびきをかき始めた。眠れないと言っていたが寝たようだ。寝れないのは不安とかそういうのが原因だったのだろう、そして僕や夏樹の顔を見て少し安心したのだと思う。そういうのは僕にも思い当たることがある。
時間が経ち、夜になると通夜が行われた。
楓の車酔いも治ったようで、僕と夏樹と楓は食事をしながら昔のことを話していた。海で貝を拾ったことや小魚を捕まえたこと。小さな森でカブトムシを捕まえたこと。楓が将来、僕と健司のどちらと結婚するかなんて言い合って、海で大きい昆布を取った方が勝ちなんて、今思えば意味不明な勝負をしたこと。そして、海ってなんで昆布の味じゃなくて塩辛いんだ? と真剣に話したこともあった。今となっては何故そんな疑問を持ったのかわからないけど、どれも全部大切な思い出だ。
大人たちはお酒を飲んでいた。僕たちの話を聞きに来る人や、叔父さんや叔母さんを何とか元気にさせようとする人、様々だった。
食事が一段落つくと、親戚以外の人も顔を見せた。
僕は縁側に座り、来る人を眺めていた。
「春人、はいこれ」
楓は僕のところに来ると、ペットボトルのコーラをくれた。
「ありがと」
早速開けてコーラを一口飲んだ。楓も僕の隣に座り、持っていたオレンジジュースを一口飲んだ。
「春人、さっき叔父さんと話したんだ……」
楓の表情は真剣な顔をしていた。
「話って、何を?」
僕はその真剣な表情につられるように、僕もまじめに返した。
「健司が、死んだ理由……」
その言葉を聞いたとき、一瞬だけ心臓が激しく鼓動した。瞳孔が開いた時のように周りが明るく鮮明になった。出来れば僕は聞きたくなかった。現実逃避というか、もしかしたらと予感はしていた。
「理由って……やっぱり……」
僕はなんとなくだけど、それを聞かなきゃいけないんだと思った。そして心に刻まなければいけない。
「うん、多分、春人が思っている通り」
「そっか、何回目……なんだろ……」
「四回目だって……」
「やっぱり、四回目か……」
健司は、僕や楓と親戚であり『血族』の一人だ。そして僕と同じ『力』を宿している。今日集まった親戚のほとんどが『血族』だ。しかし『力』を宿しているのは健司と僕だけだ。
「二回……」
「え?」
楓の声に僕は聞き返した。
「春人は二回使った……そのうち一回は、あたしのせい……」
「いや、前も言っただろ、楓のせいじゃないって」
「でも……」
楓は少し、泣きそうな顔をした。
「楓と前に約束しただろ、もう『力』は使わないから」
「うん、約束よ、もう絶対使わないで」
僕と楓は二回目の約束を交わした。一回目の約束は破ってしまったけど、今度の約束は絶対に破るわけにはいかない。
「健司の『力』……誰に継承されるんだろ……」
楓はつぶやくように、小さく声をだした。
『力』は、宿した者が死ぬと、次の『血族』へと継承される。それは呪いのようで、継承した者は突然『力』が発現する。
「母さんの『力』を継承したのが健司だった」
「うん、でも、誰になるのか……春人みたいなケースも……」
「そうだな……」
僕は『力』を継承したのではなく、生まれた時にはもう宿していたと言われた。母さんが僕の身体の内側から、自分と同じ何かを感じたことでわかったらしい。僕も母さんに宿る何かを感じたことはあった。そして母さんが死んでからの、健司にも……。
「もしさ……」楓がつぶやき、そのまま言葉を紡いだ。
「あたしが『力』を継承したら、一回だけ、春人のために使ってあげる」
楓は冗談ではなく、真剣な声と表情で僕に向けて言った。
「そんな、縁起でもないこと言うなよ」
「えへへ」
楓は表情を崩し、少し顔を赤くして、はにかんだような笑顔を見せた。
「……もうすぐ、叔母さんの命日だね」
「そうだな……」
海を照らす月が水面に映り、泡沫とともに揺れていた。波の音が密かに響き、蝉時雨が鳴り出した。それはどこか寂しい旋律を奏でていた。
僕はその音色を聞きながら、コーラを一気に飲んだ。
「ねえ、春人? いつ、はさむ?」
「ぶーーー!!!」
コーラを口と鼻から噴き出した。鼻がつーんとする……。
「だ、大丈夫?」
「ゴホッ……う、うん」
そういえばまだ、勘違いだと伝えてなかった。
楓がティッシュを持ってきてくれて鼻をかんでいると、女の人の声が聞こえてきた。
「健司……」
「ミキ……」
声のする方向へ目を移すと、僕や楓と同じくらいの年の女子が二人立っていた。一人は泣いていて、もう一人は泣いている子に寄り添うように立っている。
「あの子、健司の彼女さんみたい」楓が僕の視線の先を見ながら言った。
「そう……なんだ……」
僕がもし健司と同じ道を歩んだら、あの子のように悲しむ人がいるわけで。
「死にたくないな……」僕はふと、そんなことを口にした。
「……死なないでよ……」
楓の声は少し震えていた。
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