第41話 大切な本?


 朝早く、僕達は父さんの車で健司けんじの家に向かった。昨日の夜、夏樹なつきから伝えられた後、かえでと連絡をとったが、楓も健司の家に向かうようだ。


 健司は僕や楓と同じ年齢で、小さいころ僕と楓と夏樹の四人で一緒に遊んだことがある。家が遠いこともあって、年に何回か会う程度だった。


 四人で遊んだ記憶が車の外の景色とともに蘇っては消えていった。数回しか会ったことなかったが、思い出は間違いなく本物なわけで。思い出を頭の中で再生する度に、心が締め付けられるような感覚がした。


 高速道路を長い時間走り、途中のサービスエリアで昼食をとった。


 食事中、父さんと夏樹は思いつめたような表情をしていた。親戚が亡くなったから、当たり前なんだろうけど、二人には別の意味があった。


 健司は『血族』であり、僕と同じく『力』を宿していた。そのことを父さんと夏樹は知っている。亡くなった原因はまだ聞いていないが、おそらく予想はしているのだろうと思う。そして母さんが亡くなった理由も『力』が原因だ。


 さらに車を走らせ、健司の家についたのは午後二時を回っていた。朝早く家を出てずっと乗っていたからさすがに疲れた。


 健司の家はやや古めで、縁側がある一軒家だ。見渡せば海が広がっている。海を見ると小さな漁船が移動していた。いわゆる、小さな港町と言ったところか。


 健司の家に入ると、彼の父が迎えてくれた。


春人はると君に夏樹ちゃん、大きくなったな」


 叔父は見てわかるくらいに疲労している様子で言葉に力が感じられなかった。健司が亡くなって間もないのに、色々と準備に追われているようだ。


「こんにちは、久しぶりです――」


 元気出して、と言おうとしたがやめた。なんだかとても気休め程度の言葉にしかならないような気がした。


「おじさん、こんにちは」


 夏樹が言った。


義兄にいさんも遠いところ、ありがとう」


 叔父は父さんに声をかけた。叔父は父さんの弟ではなく、母さんの弟だ。母さんが亡くなったばかりのころはたまに来ていたが、最近は来ていなかった。


「いや、こちらこそ、遅くなってしまって……春人、夏樹、父さんたちはやることあるから、邪魔にならないようにな」


「わかった」


「春人君、夏樹ちゃん、健司の部屋で休んでるといい」


「え、いいんですか?」


「ああ、健司も二人なら喜んでくれるだろう、それと春人君、本好きだったよな、もしよかったら健司の本、もらってくれないか? 俺らは本は読まないからな、春人君がもらってくれるなら健司も喜ぶよ」


「え、でも……」


 僕は確認するように父さんに視線を移した。遺品という物になるのだろうか。こういうものはもらってしまっていいのか、僕一人では判断できなかった。


「こう言ってくれているんだ。気に入った本があったら、いただきなさい」


「わかった」


 そう言うと僕と夏樹は健司の部屋に向かった。


 健司の部屋は二階に登ってすぐの部屋で、小さいころ一緒に遊んだ部屋だった。その時からこの部屋は健司の部屋だった。


 着替えの入ったバッグをおろし、部屋を眺めた。


 一人用のパイプベットが窓際に置かれ、小学校から使っている学習机がすぐ横に置かれていた。この机の上で海から拾ってきた貝をバケツに入れて、僕と健司と楓と夏樹の四人で眺めていたのを思い出す。そして本棚がおいてあった。本棚においてある本を夏樹と一緒に眺めた。


「せっかくだから、どんな本があるか見てみるか」


「うん」


 夏樹はつぶやくように一言だけ返事をした。


 僕は一冊一冊を丁寧に取って表紙を見た。夏樹も丁寧にとって見ていた。


「んー、漫画しかないな」


 本が好きといっても、漫画はあまり読まない。嫌いなわけじゃない。小説の方を優先的に好んで読んでいただけで、漫画は読む機会がないというか、そんな感じだ。


「これ、本当にもらっていっていいのかな」


 夏樹は一冊の漫画を手に取って言った。


「叔父さんも父さんもいいって言ってたから、いいんじゃないか?」


「じゃ、これもらっていこうかな……」


 夏樹が取ったのバスケットの漫画だった。発売されたのはかなり前で、今でも人気がある作品だ。赤髪の不良高校生がバスケットを始めて、仲間と共にインターハイを目指し、成長していく青春物語の漫画だ。しかも、おそらく全巻ある。漫画だったら夏樹の方が読むだろう、たまに僕の本を勝手に持っていくが、よく読むのは漫画のようだ。


「僕がほしいのは、ないな……」


 そんなことをつぶやきながら本棚をみていると、夏樹が何かを見つけた。


「男子って、やっぱりこういうの好きなのかな……」


 ……健司よ……見つかったようだぞ……。


 僕は夏樹からその本を取り上げた。


「お兄……まさかその本にするとは言わないよね?」


 夏樹は僕に怪訝な視線を向けた。


「健司が大切にしていたんだ。これは戻しておこうか……」


 僕が本を戻そうとすると、夏樹が僕の腕を掴んだ。


「……でもさ、このまま戻したら、叔父さんや叔母さんに見つかるよね? 健司君もそれは困るんじゃないかな……」


 ……何を言いだすのかな?


「お兄、やっぱりこの本もらっていこうよ」


 夏樹は冗談でもないようで真剣な表情だ。


 ……健司よ……貰っていった方がいいの?


(頼む……)


 健司の声が聞こえた気がした……仕方ない。


「わ、わかった。でも父さんや叔父さんには内緒な」


 言ったらそもそも意味がない。


「わかった」


 夏樹はうなずいた。


 僕が持ってきたバッグの一番底に本を入れた。


 帰ったらこの本をどうしようか考えていると、外で車の音がした。


 窓から外を見ると、車から楓が降りてきた。




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