第40話 大切な思い出

 ショッピングモールを歩く人々は皆、様々な表情をしていた。家族と来て笑顔の子供、幸せそうに手をつないでいる恋人たち、何故かムスッとしている中年の男性。


 僕と雪乃ゆきのは周りからはどんな風に見えているのだろうか。恋人同士に見えているのだろうかと思うと、なんだか体が浮いているような感覚がした。


 隣で歩いている雪乃の顔を見ていると、心がきらめいてくるような、そんな気分になった。


「どうしたの?」


 不意に雪乃が僕のほうを見て、僕と目が合った。


「いや、なんでもないよ」


 僕がそう言うと、雪乃は首を傾げて「今日の柏木かしわぎ君ちょっと変だわ」と一言だけ言った。


 目的の店舗につくと雪乃は店に置いてある商品を見始めた。その店には、女性の大人向けの小物がおいてあった。


「んー、どれが似合うと思う?」と雪乃は赤と少し薄い桃色の口紅を両手に持って僕に言った。


「いや、口紅って……さすがに早いんじゃないかな……」


「そうかな……でもクラスでもしている子、結構いるのよ」


「え、そうなの?」


「気づかなかったの?」


「う、うん、外と本ばっか読んでるせいかな」


かえでも言ってたけど、相変わらずなのね」


 雪乃はそういいながら口紅を戻した。言われてみると、異様に唇が赤い女子がいるなと思ったことがあったような気がする。


「じゃあこっちは……」


 雪乃は今度は香水を手に取った。そして「これはなんか違うかも……」とすぐ戻した。


 雪乃は店舗においてある商品を見ながらゆっくりと歩き出した。


 周りを見るとやや年齢層が高く、二十代前半から三十代後半位か? その位の女性が多いように見えた。


 高校生の僕らにはちょっと場違いなように感じた。


 しばらく店内を見て回っていると、雪乃はハンカチのコーナーで足を止めた。


「これなんかどうかな?」


 雪乃は、ハンカチを手に取って僕に見せた。


「うん、いいんじゃないかな」


 口紅とかさっきの香水とか、彼女が使っているところはなんだか僕には想像できなかった。そして、クラスの女子も使っている子が結構いる。という言葉に対してもいまいちイメージが湧かなかった。みんなが大人になっていくのに僕だけ取り残されているのではないかと、ちょっとだけ不安を感じた。


「じゃあ、これにしようかな、色はどの色がいいかな」


 雪乃はそういうと、ハンカチを一つ一つ見始めた。


「桃色とかいいんじゃない?」


「桃色……これ?」


 雪乃が手に取ったハンカチは桃色だけど、なんだか濃い桃色で、少しきつい感じがした。


「ち、違う色にしようか」


「そうね……」


 僕の言葉に雪乃は返した。そして雪乃は「あ、この色……」と言って、淡い黄色のハンカチを手に取った。商品紹介のポップを見ると「ミモザ色」と書かれていた。


「綺麗な色してる、これがいいかもね」


「うん、これにする。ちょっと会計してくるね」


 雪乃はそう言うと、同じミモザ色のハンカチを二つとってレジへと向かった。


「ミモザ?」


 僕はスマートフォンで検索しようとすると、背後から声がした。


「春人?」


 振り返ると、楓が私服姿でこっちを見ていた。デニムのハーフパンツに、横文字の柄が入った白いTシャツ、そしてフードが付いた黒いベストを着ていた。


「か、楓!?」


 今日、実は楓に内緒ということで雪乃と一緒に来ていたわけなんだけど……。


「なんでこの店にいるの? ここ、女性物の化粧品とか小物とか……まさか春人、あんた……」


 この場合はどうすればいいんだ……。どうにかしないと、雪乃も会計を終えて戻って来ちゃうんだけど……。


「あ、蒼い弾丸のようにさまよってた」


「どっかのロックバンドか! さまよい方が激しいよ!」


 僕は何を言っているのだろうか……。


「春人、大丈夫よ、どんなカミングアウトも聞いても受け入れるわ。今は受け入れてくれる人もいっぱいいるわよ、大丈夫、自分を解放するのよ」


 楓は何を言っているのだろうか……。


「柏木君、お待たせ」


 来ちゃった……。


「あれ? 結衣?」


「か、楓!?」


 今日、楓に内緒と言ったのは、雪乃の要望だった。だけど、会ってしまったらもう仕方ないよな。全部正直に話すしかないんだけど。


「雪乃、見つかったらもう話すしかないんじゃないかな」


「……そうね、楓、実は、私たちね……」


 雪乃はゆっくりと深呼吸をした。


「え、なに? まさか……二人付き合い始めたとか? 全然聞いてないんだけど!」


 楓は何を言っているのだろうか……。


 雪乃は買ってきたばかりの、贈り物用に包装されたハンカチを楓に差し出した。


「え?」楓は声を漏らした。


「楓、だいぶ早いけど、誕生日おめでとう」


「結衣、これ……」


 楓は雪乃からそれを受け取って「開けてもいい?」と言った。


「うん、気に入ってくれるといいけど」


 楓は大事そうに丁寧に紙包みを開けていった。


「きれいな色」


 楓は取り出したハンカチを手に取りつぶやいた。


「ミモザ色って言うみたい」


「ミモザ?」


 雪乃の言葉に楓が返した。そして雪乃が続ける。


「ミモザの花言葉は友情っていうみたいなの、この色のハンカチはたまたま見つけたんだけど……楓、今まで一緒にいてくれてありがとう、楓のおかげで、いままで挫けないでやってこれた」


「結衣……」


「そして、楓の花言葉って、『大切な思い出』っていうみたい。私は楓にいっぱい大切な思い出をもらった。今度は私が楓に思い出をいっぱいあげたい。これからも親友でいてほしい」


 楓の目じりが少し光った。そして「当たり前じゃない!」と言って右腕で目を拭いた。


「あと、柏木君にも」


 雪乃はもう一つの贈り物用に包装されたハンカチを僕に差し出した。


「え、僕にも?」


「うん、柏木君にも迷惑かけたし、よかったらこれからも私と仲良くしてくれるとうれしい」


 雪乃は少し目線を下に向けて言った。


「当たり前だよ、ちなみに僕の花言葉ってなんなの?」


「そんな花ないわ!」


 楓が僕の言葉に鋭く返した。


「でも、柏木君の名前は、春の人。春は色々な命が芽吹く季節、きっと色々な意味が込められているんだと思う」


「そうね、いい名前つけてもらったじゃん」


「そうだな……」


 僕の名前は母さんが考えてくれたって聞いた。父さんに聞いても母さんが春が好きだったからとしか教えてくれなかった。だけど、春が好きな理由があるわけで、その好きな季節の名前をつけてもらったことが、なんだかうれしかった。


「あのー、お客様」


 後ろから女性の声が聞こえた。


「はい?」


「申し訳ありませんが、購入いただいた商品の開封は店内では避けていただきたく……とてもいい話をされていたので、お声をかけにくく……」


「え、あ、あー、す、すみません!」


 僕たちはなんだか恥ずかしくなって、逃げるように店を出た。


 そのあとは、雪乃がアルバイトがあるようで、そのまま解散した。


 家に帰った僕は、雪乃にもらったハンカチを、何故か長い時間見ていた。


 そのまま一日が過ぎ、寝るときにスマートフォンを確認すると、検索したままの画面が開いたままになっていた。


 ミモザの花言葉は「友情」と、そして「密かな愛」と「真実の愛」


「……まさかな……」


 何だか、今日は眠れそうになく……。


 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。


「お兄……」


 扉の外で夏樹なつきの声がした。


 僕は扉を開けた。夏樹は何かを思いつめているような、そんな表情だった。


「どうした?」


「それが、健司君が……」


「健司……」


 僕の心臓が一瞬強く鼓動した。健司が……まさか……。


「健司君が……死んじゃった……」


 健司は僕の親戚で、楓の親戚でもある。


 彼は『血族』で、僕と同じ『力』を宿した人間だ。




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