第6話 日野先生の提案……強制?

 日野先生は椅子に座ると、机上きじょうに山積みにされた資料をあさり出した。日野先生の机の上は他の先生たちと比べると散らかっている。どうやら整理するのが苦手のようだ。日野先生はプライベートの時間を使い、生徒のために色々と動いてくれているという噂がある。だが悲しいことにその親しみやすさが裏目に出て、いまいち威厳いげんにかける。挙句の果てに年齢を偽っているというような噂までたち、なんとも不憫ふびんな先生だ。原因は食堂でサバ定食ばかり食べているから、というどうしようもない理由だったりする。


「確か、この辺に、ん? あれ?」


 資料の山から何かを探す日野先生を尻目に、職員室を見渡すと、放課後の職員室はまばらに先生たちがいて、互いにプライベートの話をしているようだ。家族がどうとか、近所の犬がどうとか、案外しょうもない話が微かに聞こえてくる。


 隣に立つ雪乃ゆきのとは、昼休みの屋上で少しは打ち解けたと思っていたが、会話を一度も交わすことなく今に至っている。


 僕は日野先生へのセクハラ行為という名目で、雪乃は僕への暴力行為ということでこの職員室に呼び出されていた。


 警察に引き渡されることもなく、生徒指導室に監禁されるわけでもないようで少し安心している。雪乃も安堵あんどしているだろうと横目で見てみると、表情を変える事なく日野先生を見ていた。相変わらず綺麗で、何処か寂しく、はかなさをまとっていた。


 日野先生は目的の物が見つからないのか机の下に潜った。いくら何でもそんなところにあるわけないだろうと、つい声に出しそうになったがやめておいた。


「あったこれだ!」


 あったのか……いくらなんでも少し整理したほうがいいと思う。


 一枚の紙が僕たちに手渡された。それは手書きでイラストと文字が書かれている。


「野外ボランティア活動……?」


「わたしの住んでいる地域でね、高齢者と子供を交えたレクリエーションをすることになったの。補助をしてくれるスタッフが足りなくて、二人には今回の反省の意味を込めて、ボランティアとして参加してもらう事にします!」


 日野先生のおしとやかな声とは裏腹に、それはほぼ強制を意味していた。


「これ、先生のプライベートですよね? 校長先生と教頭先生には許可とったんですか?」


「お二人共、ボランティアは素晴らしいとこころよく承諾していただきました。ついでに学校公認のボランティア活動ってことになりましたよ」


 まぁ、地域貢献ボランティアと言えば耳当たりがいいだろうな。


「断ったら、どうなりますか?」


「柏木君の場合、私へのセクハラ行為なので私の匙加減さじかげん一つですね」


 日野先生は終始笑顔で答えた。僕は厄介やっかいな人に目を付けられたのかもしれない。雪乃は無言で紙に視線を落としていた。あの雪乃だ、きっとはっきり断るだろう、しかも相手には何一つ返答を許さないあの時のハイキックのように。言ってやれ雪乃。


「分かりました」


 僕は、ややくすんだ職員室の白い天井を見上げた。もうやるしかないようだ。僕は観念してもう一度紙に目をやった。今度の土曜日じゃないか……。


「開催は今度の土曜日です。現地までの移動は先生の車になりますから、朝八時に学校に集合してくださいね」


「早いですね」


「開催場所が少し遠いので、早めに移動しますよ」


 紙に書かれている開催場所を見ると、聞いたこともない村の名前だった。きっと山奥のどこかだ。週末は買った本をじっくりと読むはずだったのに、今から気が重くなる。


「今日はもう解散してください、当日はよろしくお願いしますね」


 日野先生は笑顔で解散を告げると、再度机の下に潜り「ここかな?」とつぶやき始めた。もう机の上、僕が整理してあげようかな。


 雪乃は表情を変えることなく「失礼します」と言って職員室を出て行った。


 雪乃とボランティア活動、この調子でうまくやれるのだろうか……。もう絶対ハイキックはごめんだ。

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