第33話 炸裂!!! ハイキック再び
「そんな……先生! いやー!!」
「あ、あ……ぐう……」
言葉にならない声を日野先生が発し、腹部を手で押さえた。
「先生!」
日野先生は
「ゆ、雪乃さん、無事で……よかった」
「先生、先生!」
日野先生は去年のことを悔み、もう生徒にそんな思いはさせないと誓った。だけど、これではあまりにも……。
「じ、自分から飛び込んで来たんだからな!」
男は叫びながら後ずさりをした。
「
「も、もう引き返せねえ、もう全員やって、どこかに逃げてやる。次はお前か! それともそこの女か!」男は僕と楓に刃を向け、歩き始めた。
「い、いやー!」楓は悲鳴をあげた。楓は恐怖からか泣き始めた。
この男は、雪乃たちの想いを踏みにじり、自分勝手に暴れ、雪乃たちの心に深い傷を負わせた。そればかりか日野先生にも傷を負わせ、今僕らにも。
「そこの女からだ!」
「いやー! 春人助けて!」
「楓! やめろ!!」
僕は楓の名前を叫ぶと同時に、自分の内側に集中した。そして瞬時にそれは発動した。モデルガンの引き金をひいたように驚くほど、いとも簡単に……。
そして開かれたドアから突風が吹き込んだ。その突風は男を牽制するように、とても激しく荒々しかった。突風に煽られ男は後ろへと倒れこんだ。
「な、なんだ!」男は驚愕の表情とともに声を漏らした。
「柏木君……」
「春人……」
雪乃、楓と僕の名前をつぶやいた。
――よし、なんとか集めることができた。そして徐々に膨大なエネルギーとなっていく、やがてそのエネルギーは紫色の光を激しく放ち、その光も一点に集まっていった。
「ぐっ……いっ――!!」
また、激しい頭痛に襲われた。あの時と同じ、頭の内側から激しく警告するような痛みだ。今回は前よりも激しいような気がする。これは耐えられるのか。このまま倒れこんで頭を押さえたい衝動にかられた。
「……っ!……あ、ああああああ!!!――」
なんとか耐えることができ、ゆっくりと目を開けた。
僕の目の前には、あの時に見た、紫色の光の球体が浮かんでいた。
僕はこの光の球体にどんな効果があるのか、これから何が起こるのかわからない、制御のやり方すら知らない。ただ、何かがきっとあるはずで、それを信じて思うようにやるしかない。
「なんだ、いったい、まずはお前からだ!」
男は僕に刃を向けると、踏み込んで突き刺した。
軌道が見えるとか、そんな余裕などなかった。そして自分が球体の効果で強くなったとかも感じない。このまま刃に触れたらきっとこのまま大怪我をしてしまう。そんな気がするほど、僕の身体に変化があったような感じがしなかった。情けないが僕は急に怖くなり、何とか転がるように避けた。
転んだ拍子に腕をぶつけた。かなりの痛みが腕に走ったが、刃で刺されるよりはましだ。
本当に一体なんなんだろうか、特に身体能力が上がった感じもしない、これを繰り返していても何が起きるのだろうか、このままだと本当に僕は……。
何かが違うような気がする。
僕は紫色の球体を確認するために後ろを見た。そして見たものは、紫色の球体が僕の後ろから無くなっていた。
「なっ!?」
男の足が僕の顔めがけて迫ってきた。僕はそれを避けることができず、顔面で受けてしまった。
「ぐっ、あ!」
僕は声を漏らして後ろに倒れこんだ。
「春人!」楓の悲鳴のような声が聞こえた。
倒れこんだ僕は目を開けると、視界には雪乃が映った。
……あれ?
雪乃の目の前には紫色の球体が浮いていた。球体はゆっくりと雪乃に近づいていき、雪乃は恐る恐るその球体に手を触れた。そして球体は激しく光を放った。
「な、なんだ!?」男が叫んだ。
激しい光が徐々に集束し、雪乃の表情が見えてきた。雪乃の目つきは変わっていた。それは今までとは違う、何かを吹っ切ったような、覚悟を決めた目つきだった。
「先生、少し、待っていてください」
「雪乃さん……」
雪乃は日野先生の頭を、自分の膝から優しくおろし、立ち上がった。
「源太さん、もうあなたに何も言うことはありません。私達だけでなく、先生や、友達にまで、もう私達を壊させるわけにはいかない」
雪乃はゆっくりと、確実に男との距離を縮める。
「結衣、お前何する気だ、今までの恩を忘れたのか!」
雪乃の今までとは違う雰囲気を察したのか、男は雪乃に刃を向ける。
「ごめんなさい、でも、もうあなたの思い通りになるわけにはいかない」
「ふざけるなよ!」
男は叫ぶと同時に両手で包丁を持ち、雪乃目掛けて突き出した。
「そんなもの」
雪乃は男が包丁を持って突き出した両手を、いとも簡単に右手で打ち払った。
「な!?」
雪乃の右手の衝撃に驚いたのか、男は包丁を手放した。
「よくも今まで――」
雪乃はまっすぐと男を見据えた。その視線は強く、怯える様子はなかった。
雪乃の上体が少し下がった。そして左脚で強く踏み込むと、「せいやー!」と叫び声をあげながら右脚を繰り出した。右脚は円弧を描きながら男の顔面をとらえた。
雪乃の右脚が男の顔面をとらえると、男は「ぐはっ」という声を発しながら倒れこみ、立ち上がることはなかった。
そして、雪乃の後ろにいた紫色の球体はゆっくりと消え、雪乃は急に力が抜けるように膝をついた。
「か、楓! 柏木君! 救急車!」と雪乃は言った。
僕も光の球体が消えると同時に急激に力が抜け、急激な疲労感と眠気に襲われた。
「あ、あたしが救急車を!」楓は、僕の様子を察してくれたのか、まだ震える手で自分のスマートフォンを取り出すと、番号を打ち始めた。
「先生!」僕は疲労感と眠気を我慢し、日野先生に近寄った。そして雪乃は雪乃弟に駆け寄っていった。
「柏木君……」
「先生、待ってて今、治すから」
僕は『力』を使おうとした。しかし。
「だ、だめです。『力』は使わないでください」
日野先生はそれを止めた。
「先生は、大丈夫です。幸いなことに傷口は深くありません」
「でも……」
「大丈夫……大丈夫ですから」
しばらくすると、救急車と警察が到着した。日野先生と雪乃弟は救急車の中に運ばれていった。楓は警察にも連絡したようで、雪乃の義父を連行して行った。
僕は、前回と同じく、強烈な眠気に襲われ、途中で意識がなくなってしまった。
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