第53話 因果

 あの事故から三日が過ぎ、学校は夏休みに入った。僕は病室の椅子に座って弁当を食べていた。かえでは何事もない顔で、目を閉じていた。楓はあれから眠ったまま目を覚ましていない。


 今病室に入れるのは、楓の両親と、僕の父さんと僕、そして、何とかお願いをして承諾をもらった雪乃ゆきの祐介ゆうすけだ。


 運び込まれた日がどうやら危なかったようで、楓はそれを何とか乗り越えた。しかし、まだ油断はできない、医者からは覚悟しておいてくれとも言われた。


 楓の両親は心身ともに疲弊し、僕の父さんがなんとか説得して交代で楓を看病することに了承してくれた。


 楓の母さんはそれでも毎日、顔を見せて僕や雪乃、祐介に弁当を作ってきてくれた。楓の母さんはいつも優しく、母さんを亡くした僕にとって、母代わりをしてくれたといっても過言ではない人だ。


 今食べている弁当も楓の母さんが作ってくれた物だ。その楓の母さんは花瓶に水を入れ替えていた。当日はひどく取り乱していたが、今はいつも通りの楓の母さんだ。いや、いつも通りを装っているといったところだと思う。楓の母さんは、僕の『力』のことを知っている。だけど、僕に『力』のことは言わない。


「叔母さん」


「ん? なに?」


 僕は楓の母さんに声をかけると、やさしい口調で返してくれた。


「叔母さんは、僕に力を――」


「ストップ、それ以上は言っちゃ駄目よ」


「え……」


 楓の母さんは僕の声をさえぎるように言葉を出した。


「『力』はね、どんなことがあっても、本来は使っちゃいけないものなの」


「どんなことがあっても?」


「そう、『力』は本来、神様が持っていたもの、それは春人君もわかるわよね?」


「うん……」


「神様の『力』は 人間の身体では耐えることができないの。でも欲に負けて使ってしまう、一回だけなら大丈夫、そしてもう一回、もう一回って……。そして気付いた頃には……だから、どんなことがあっても使うべきではないのよ」


「僕は……」


 楓の母さんの話を聞いて、何か僕は言いかけた。でもその声は風に消された灯のように消え去った。楓の母さんは僕の声が聞こえなかったように話を続けた。


「アキちゃん……春人君のお母さんが『力』を使ったのは私のせいなの、それも二回……」


「え……」


「アキちゃんとは高校からの付き合いでね、二人で登山しに行って遭難した時、そして楓のお父さんが交通事故にあった時、私はアキちゃんに泣きついてしまったの」


「叔父さんが交通事故にあったことあるなんて、初めて聞いた」


春人はると君や楓が生まれる前だったからね、アキちゃんと楓のお父さんは従姉弟いとこでしょ、だからアキちゃんは私のせいじゃないって言ってくれた。アキちゃんが自分で助けたかったって言ってくれたの。でも、何の因果か楓も事故にあってしまって、きっと神様が私に怒っているのかもね」


 楓の母さんも『力』という存在の間近にいて、苦しんだ一人なのかもしれない。『力』は使用する本人だけでなく、周りの人間をも苦しめているようだ。そして楓の母さんはそう言ってくれたけど、それでも僕は割り切ることができなかった。


 僕が弁当を食べ終わると、病室のドアが開いた。雪乃と祐介が入ってきた。


「ハル、交代に来たぞ。あ、こんにちは!」


「こんにちは、いつもありがとう」


 入って来た祐介が楓の母さんに気づき、挨拶を交わした。今日は午前中は僕が看病して、午後は祐介が看病する時間だった。


「じゃあ、ハル、雪乃、頼んだぞ」


「うん、柏木かしわぎ君行こうか」


 僕と雪乃は、看病を祐介と交代して、あるところに行くことにした。

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