第25話 おすすめはニンニクスタミナ牛肉弁当です。夏野菜弁当を二つお願いします。

 空の黄昏たそがれの中に紫色が混ざる。


 カフェを出た僕たちは、雪乃ゆきのがアルバイトをする弁当屋に向かっていた。雪乃に何かを聞くとか今のところそういうつもりはない。父さんから先ほど夕食を食べてくると連絡があった、父さんも仕事の付き合いとかあるのだろう。雪乃がアルバイトをする弁当屋の弁当をもう一度食べたいと思っていたから、ちょうどよかった。夏樹なつきの分も買っていけばいいだろう。


春人はると、あのさ」


 弁当屋に向かう道中、かえでが話をかけてきた。


「うん?」


「今日、カフェで話したこと、結衣ゆいには内緒にしててくれないかな。結衣ってさ、人に心配かけるの嫌みたいなんだ。あたしにも大丈夫しか言わないし、もっと頼ってくれてもいいのにさ、何ができるかわからないけど、そばにいて支えてあげたいのに、あたしが頼りないから、親友なのに」


 楓の表情には悔しさがにじみ出ていた。頼ってほしい、だけど、頼ってくれない、自分の不甲斐ふがいなさを責めるように。


「わかった。楓もそんなに思いつめるなよ。そして、もう一人で悩むなよ、これからは僕も一緒に悩むからさ。もうそろそろ弁当屋につくぞ」


 小説や漫画の主人公はこういう時どんな言葉をかけてあげるんだろう。もう少し、気の利いたこと言えればいいんだけど。


「うん、ありがと」


 楓はそういうと、鼻を一回だけすすった。


 雪乃が働く弁当屋はカフェから十分ほど歩いた場所にあった。楓はここには一度だけしか来たことがないようだ。楓の家からは少し遠いのもあるが、アルバイトをしている雪乃の姿を見ると、不甲斐ない自分を責めてしまい、罪悪感を感じてしまうらしい。もっと雪乃に寄り添ってあげたいと思っているはずなのに。


 弁当屋の入口に差し掛かると、横のベンチに先ほどの雪乃弟が座っていた。


「あれ? 啓介けいすけ君?」


「楓さん……」


 楓に啓介と呼ばれた少年は、先ほど雪乃の家で、僕たちに来てはダメだと言った人物だ。そして本を手に持っていた。その本は現代文の教科書だった。


「あ、あの、先ほどはすみませんでした。急に帰れなんて行ってしまって」


「いや、あたしたちも結衣に来ちゃダメって言われてたのに、ごめんね。よければだけど、話してくれないかな? なんで……」


 雪乃弟は楓から視線を外し地面を見た。


 そして僕の方を見ると「あの、そちらの人は……」と言った。


「僕は雪乃の友達というか、クラスメイトというか……」


 僕とは初対面というか、ここで一度会っているが、雪乃弟からすれば知らない人だ。そんな僕に自分の家庭のことを話すことに抵抗があるようだ。


「僕、弁当買ってくるよ」


 知らない僕がいるより、楓だけのほうが話しやすいだろう。楓も察したのか「わかった」と返した。ここは楓に任せるしかない。


 中に入ると、レジのカウンターに前と同じおばあちゃんが立っていた。


「いらっしゃいませ」おばあちゃんの優しい声が店内に響いた。


「えっと……」


「この前、来てくれた方ですね」


「え、あ、はい」


 このおばあちゃんは僕のことを覚えててくれたようだ。もっとも、おすすめを聞いておいて違うものを注文した客ということで、少し印象に残ったのかもしれない。


「おすすめは、夏野菜弁当ですか?」


「そうですね、最近暑いのでみなさんにスタミナをつけてもらうと思いまして、今のおすすめはニンニクスタミナ牛肉弁当です」


 予想外な答えが返ってきた。そうですか。


「夏野菜弁当を二つお願いします」


「え、は、はい、夏野菜弁当ですね」


 夏野菜弁当がおすすめかと思った。余計なことを聞いてしまった。夏樹に野菜が食べたいと言われたからしょうがないじゃないか。次はおすすめのものを買うことにしよう。


「夏野菜二つお願いします」おばあちゃんが厨房に向かって声をかけた。


「はい」


 雪乃の声が聞こえた。今日も厨房で頑張ってるようだ。楓がいうには頻繁にアルバイトをしてるというが……。


 しばらくすると、雪乃が厨房から弁当を持って顔を出し、おばあちゃんに手渡した。雪乃は僕に視線を向けた。


「柏木君、今日も来てくれたんだ」


「今日もバイトなんだな、頑張ってな」


「うん、ありがと」


 雪乃はそれだけいうと、中へ戻っていった。今日の弁当も雪乃の手料理か。レンジの音も聞こえなかった、野菜を炒める音も厨房から聞こえてきた。これは間違いない。


 会計を済ませ、弁当が入った袋を受け取り外へ出た。




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