第15話 淡雪

 懐中電灯の光が管理棟に近づいてきた。懐中電灯をもった管理棟の受付の人を先頭に、その後ろにかなちゃんを背負ったかえで、日野先生と雪乃ゆきのが楓の両脇に寄り添うように歩いてきた。僕がみんなを確認すると、光はゆっくりと消えていった。光が消えると同時に、身体の中から何かがごっそりと無くなるような感じがした。


「だあ、疲れたあ」楓がかなちゃんをおろすと、一気に脱力するように声を上げた。


 かなちゃんは日野先生と雪乃に支えられている。意識はあるようだけど、ぐったりとしていて、昼間のようなやんちゃを感じさせる姿ではなかった。


「かな!」


 老婦人はかなちゃんに駆け寄った。


「足が腫れあがっています。骨が折れているかもしれません。途中で救急車を呼びましたのでもうじき来るはずです。まずは管理棟の中へ」


 日野先生の言葉に老婦人はお礼をいうと、かなちゃんを管理棟の中へと連れて行った。僕たちも続いて管理棟の中へ入った。


 管理棟の中へ入ると、かなちゃんは奥の休憩室へ運ばれていった。


「先生、かなちゃんは……」


 僕は軽い眩暈めまいがする中、日野先生に聞いた。


「足の具合が気になりますが、意識はしっかりしているので大丈夫だと思います。でも発見した時が……」


「え?」


「かなちゃんを見つけたとき意識がなくて倒れていたの。増水した川の近くで……。もう少し遅かったら……」


 僕の声に雪乃が答えた。


春人はると、身体は……大丈夫なの? なんかちょっとふらふらしてない?」


 さっきから軽い眩暈がする。これくらい大丈夫だと思っていたけれど、だんだん視界がぼんやりしてきた。そして眠い。これも代償なのか、ただ疲れただけなのか。わからない。


「ちょっ! 春人!」


 僕はその場で自分の身体を支えきれなくなって倒れこんでしまった。だけど、何かが僕の身体を受け止めてくれた。それは柔らかくて、温かくて……あ……。


 視線を上げると雪乃と視線が交わった。雪乃は僕を支えて一緒に倒れこんでしまったようだ。どこか既視感きしかんのある情景じょうけいだ……。


 あ……。これハイキック……え?


 雪乃は僕の頭に手をのせ、優しくつぶやいた。


「かなちゃんに何かあったら、私も後悔して生きていくことになってたかもしれない。ありがとう」


 彼女の声はとても綺麗に響き、すぐに溶けて消えていった。淡雪あわゆきようにはかなく、どこかさみしさをかなでていた。とても美しくて、新鮮で、こそばゆく、『ありがとう』という音色に優しく包み込まれるような感覚がした。


「ゆ、結衣? えっと平気? なの……?」


「うん、柏木かしわぎ君だと、大丈夫みたい」


「春人だと? なんで? あんなに……」


「……この前屋上で話したことがあって、その時あやまってくれたの、その時の声がうわずってて、なんか情けなくて、でもとても優しくて、お父さんみたいだった」


「……そっか……結衣のお父さん、優しかったよね」


「うん、あ、聞かれたかな?」


「大丈夫じゃない? 寝息立ててるし」


 僕はまどろみの中で二人の会話を聞いていた。だけどなんて言っていたのか思い出すことはなかった。このあとすぐ楓にたたき起こされて帰る準備をした。『力』を使った代償なのか、すごく眠くて準備するものつらかったけれど、何とか終わらせて車に乗った。


 家に帰った僕は帰る時間が遅かったのと、足が少しおぼつかない感じになっていて、父さんと夏樹に心配されたが、ボランティアがきつかったとごまかした。


 次の日の日曜日には少し違和感があったけれど、寝込むほどではなかったので、予定通り本を読んで一日を過ごした。


 そして梅雨が明け、本格的な夏が到来した。



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