第49話 バーベキューで暗黒物質、そしてあの声との共存

 公園に着き、受付を済ませた僕たちはバーベキューをする場所へと向かった。


 この公園は山の中を一周するようにアスレチックが建設されていたり、ゆっくりと散歩を楽しむ遊歩道があったり、バーベキューができたりする広場があったりと結構大きな公園だ。しかし山の中にあるため比較的人が少ない。近くには夜にライトアップされる別の公園があったりと、知る人ぞ知る、穴場レジャースポットのようになっている。


 僕たちは電車とバスを乗り継ぎ、途中のスーパーで買い物をしてやっとこの公園についた。祐介ゆうすけが予定を立ててくれたおかげで、迷うことなく昼をちょっと過ぎたくらいの時間につくことができた。


「よし! 準備しようぜ!」


 祐介は何故だかわからないが、妙に張り切っている感じがした。


「もうお腹すいちゃったよ、早く焼いて食べようよ!」かえでがそういいながらレンタルしたコンロの設置を始めた。


「か、楓! 調理は私たちがするから!」雪乃ゆきのが楓の料理を警戒している。


 みんな今日という日を楽しんでいた。みんなどこか輝いているような、今になって、僕はどこかに取り残されているような感覚がして、僕だけ違う世界にいるような、そんな感覚がした。


柏木かしわぎ君? なんだか今日は元気がないみたいだけど、大丈夫?」


 雪乃が僕の様子を気にして声をかけてくれた。


「いや、なんでもない、ちょっと僕もおなかがすいちゃって……」


「じゃあ急いで準備するね」


 この楽しい雰囲気、そして楽しそうにする雪乃の顔をもう少し見ていたくて、僕が今抱えていることをそっと心の奥にしまった。今日だけ忘れてしまおう。忘れてこの時を楽しもう……そうすれば、今日というこの日をみんなと楽しく過ごせるはずだ……。


 ――力を使え――


 だめだ。忘れようとすればこの声が聞こえてくる。


「柏木君、本当に大丈夫?」


「うん……」


 なんとか取り繕うとするが、うまくいかない。母さんはこんな状態で僕らを育ててくれていた。そして、動画でみた幸せそうな顔。母さんがどのようにこの声と折り合いをつけていたのかわからない。


「はい、これ飲んで少し休んでて」


 雪乃が、買ってきた二リットルコーラを紙コップについでくれた。


「ありがとう」


 僕はそのコーラを受け取り、一口飲んだ。その僕の様子を見ると雪乃は少し笑顔を作り、準備を再開した。僕はその笑顔をもう少し見ていたくて、振り返る雪乃を見ていた。


 僕もいつまでもこんな風にしているわけにはいかない。これからこの声ともうまく折り合いをつけていかなくてはならない。母さんのようにそれでも笑顔をつくりやっていかないければならない。空元気でもとりあえずいい。……よし。


「雪乃! なんか手伝おうか」


「え、柏木君大丈夫なの?」


「うん、コーラ飲んだらすっきりしたんだ」


「じゃあ、楓を手伝ってくれないかな? コンロの設置してるんだけど、今にも調理を始めそうなの……」


 雪乃は相当、楓の調理を警戒しているようだ……てか焼くだけなんだけど……。


「わ、わかった」


 手伝いというか、見張りなんだけど……まあ、僕としても楓の調理は警戒をしないといけない。暗黒物質ダークマターが完成するかもしれない。……うん、ちょっと心に余裕ができてきた……てかバーベキューで暗黒物質ダークマターってなんだ……。


「おなかすいたあ、この豚肉もう焼いていいかな」楓は相当お腹が空いているようだ。


「早坂、そりゃ牛肉だ。それに先に火を付けないと」祐介が言った。


「僕が火を起こそうか?」


「ハル、体調悪そうだったけど大丈夫なのか?」


「え、うん、雪乃にコーラもらったら治ったみたい」


「ならいいけど、無理すんなよ」


 祐介はそう言いながら炭が入った箱を僕の方へ寄せてくれた。


「ありがとう、わかった」


 僕はそう言いながら、炭の箱を開けた。中には着火剤も入っていて簡単に火をつけれそうだった。


 ――力を使え――


 力で火を付けろってか、着火剤があるから十分なのだ。この声と付き合っていく……こんなとこか。


春人はると?」


「ん?」


 楓の言葉に僕は炭をコンロに入れながら答えた。


「昨日なにかあったの?」


 楓の一言に心臓が一瞬強く鼓動した。


「……なにもないよ、なんで?」


「だといいんだけど、なんか元気ないなって、それに昨日は叔母さんの命日だったじゃない」


 雪乃に楓に祐介も、僕の様子がおかしいと気づいてくれて、心配してくれた。僕はなんだか、三人に支えられている感じがした。


 母さんもきっとこんな気持ちだったのだろうか、だから幸せそうな笑顔でいられたのだろうか。


「大丈夫さ。さあ火を付けるぞ!」


「なら、いいんだけどさ」


 残された回数があと一回なんて、楓に伝える勇気なんてまだない。雪乃は僕の力のことを知っているが、どこまで知っているのだろうか。もちろん雪乃にもそんなこと言えない。祐介は僕の力のことなんて知らない。


 いつか言わないといけない日が来るだろう。だけどその日まで作り笑顔でもいいから、みんなの前で笑っていたい。


 ――力を使え――


 心の中で常にこの声が響いていた。響くたびに『力』を使った過去三回のことが思い出される、本当にあれでよかったのか。


 後悔はしていない、ただもっと必要な場面が今後あるんじゃないかと、それだけを考えていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る