第8話 付き合ってはいませんが一緒に風呂に入って寝た仲です

 車の中は朝のラジオが流れていた。ラジオの天気予報では一日中快晴が続くようだ。外をながめると犬の散歩をする老婦人や、平日は仕事に明け暮れていそうな男性がジョギングをしている。土曜日に僕は一体何をしているのだろうかという気分になる。


「先生、高速も使っていいんですか?」


「今回は少し遠いので、高速も使う設定にしてください」


 助手席ではかえでがスマートフォンでナビアプリの設定をしている。後ろの席の隣では雪乃ゆきのが反対側の窓から外を眺めていた。


 車の中は社外品の白いプラスチックのカップホルダーがそれぞれの席に取り付けられており、座席には黒いクッションマットが敷かれていた。全体的に白と黒で統一されている内装だ。


「これでよし」


 楓はナビを設定していたスマートフォンをエアコンの吹き出し口に設置されているスマートフォンホルダーに置いた。そのスマートフォンにはシガーソケットから電源を取った充電ケーブルが差し込まれていた。


「今回の場所も遠いですね、高速使って二時間」


「目的地が山奥ですからね、山の中で自然と触れ合うというのが、今回の交流会のテーマみたいです。地域交流会の補助スタッフなので前回より楽ですよ」


「前回は台風で被災した地域の炊き出しや片づけの手伝いでクタクタでしたよ」


 楓と日野先生の会話から察するに、この二人はボランティア活動を頻繁にしているようだ。初めて聞いた話だ。


「前回は二人がいてくれて助かりました」


 日野先生は雪乃の様子をバックミラーで一瞥いちべつした。日野先生の様子からするに、雪乃も前回参加したようだ。


「楓と雪乃って、そんなに頻繁にボランティアしてるの?」


 僕がそんな事を言うと、雪乃は逃げるように視線を外に向けた。


「春人、それはね、それはー……」


 楓は何やら言いにくそうだ。


「雪乃さんは男子に暴力行為をする度にボランティアに参加してもらってます。これでも先生は頑張っているんですよ! 停学や退学とまではいきませんが、あまりにも頻繁に繰り返すものですからさすがに進学にひびきます! そこでわたしがこうしてボランティアに参加させて問題をもみ消し……調整しているのですよ! 少しは反省してくださいね」


「す、すみません」


 雪乃は小さくなりながらつぶやいた。彼女なりに反省しているようだ。しかし、それならハイキックを辞めればいい話のような気がするが。


「楓も誰かにハイキックしたのか?」


「そんなことしないわよ! 私は結衣ゆいに付き合うついでに、その、内申点稼ぎよ……」


 日野先生のボランティアは学校公認になっているようで、参加すると内申点も稼げるようだ。ただ、誰でも参加できるわけではなく、日野先生が直接声をかけた生徒だけが参加できるらしい。主に問題を起こした生徒のマイナス評価を相殺そうさいすることを目的としているようだが、うちの学校は進学校で、そもそも相殺しなければならない程の問題を起こす生徒はまれだ。よって今では主に雪乃の問題をどうにかするためだけの活動になっているようだ。そして何故なぜか楓も毎回付き添いとしてついてくる。楓にとっては内申点製造機のようなおかしな構造になっているみたいだ。


「そういえば、春人はるとはいったい何をしたのよ」


「……青だったんだ」


「え?」


「……柏木かしわぎ君、早坂はやさかさん、あなたたちお互い名前で呼び合ってますが……お付き合いしている関係ですか?」


 日野先生は話をらすように言うと、運転席のカップホルダーに置いてある缶コーヒーを口に入れた。


「付き合ってはいませんが、一緒に風呂に入って一緒に寝た仲です」


「ぶーーーっ!」


 日野先生はコーヒーをフロントガラスに噴き出した。


「わっ! 先生前が! ちょっと春人、言い方!」


「お付き合いしていないのにそんな関係……私だって、お付き合いしている人居ないのに、おかしいな、コーヒーで前が見えないや」


 本当にコーヒーで前が見えなくなっているから危険を感じる。


 楓はダッシュボードに置かれていたティッシュでフロントガラスのコーヒーを拭いた。


「私と春人は幼なじみというか、親同士が従姉弟いとこで仲がよくて! 一緒にお風呂に入ったのだって小学校低学年までじゃない!」


「昔は春人のお嫁さんになるって言ってくれたのに、可愛かったんですよ」


「おまえは父親か! 言った覚えはあるけども!」


「そういうことだったんですね、でも、そんなに離れていれば結婚だって問題ないですよね」


「よかったな、楓、問題ないってさ」


「おまえも当事者だろ! 何、無関係みたいになってんのよ!」


「楓の気持ち次第だよ」


「なんでそんなに上から目線なのよ!」


「いや、可愛い子には旅をさせろっていうじゃない?」


「今のは本当に意味がわからないわ」


「ふふふ、二人とも、仲いいんですね」


「先生、最近楓さんがあまり相手をしてくれないんですよ」


「なんで、急にさんをつけたのよ」


 僕と楓が会話している間、雪乃は外を眺めていた。その表情は穏やかで、いつもより柔らかく感じた。楓が一緒だからだろうか。でも、学校の教室の中では見たことのない表情だった。



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