第31話 フィーテの言葉

「ゴオ……オオオオ……」


 ゴーレムが、砂上の楼閣のようにボロボロと崩れていく。

 その音を聞きながら、僕はフィーテに向かって走っていった。


「フィーテ! おい、しっかりしろ!」


 僕は壁にぐったりともたれかかるフィーテを抱え、激しく揺さぶる。

 フィーテは少し唸った後、いつものように僕に微笑みかけた。


「ごめんね……レシオ、アタシ、言わなきゃいけないことがあるんだ」


「そんなことどうでもいいよ! 待っててくれ、今すぐ街で回復させるから!」


 クソッ、なんでこういう時にかぎって回復のカードがないんだ!

 フィーテが受けた一撃は、強化されたドッペルゲンガーでも戦闘不能になってしまうほど強力だ。


 生身の人間である彼女に、受けきれるわけがない。このままでは――フィーテは死ぬ。


「ねえ、レシオ。アタシ、本当の仲間になれたかな?」


「なんで、そんなことを――」


 そんなこと、僕にとってはどうでもいいことだったのに。ただ、フィーテと一緒に冒険さえできればいいと思っていたのに。


「レシオ、アタシは、ずっとレシオのことが――」


「はい、そこでストップ。悪ノリしないの」


 その瞬間、フィーテの体を誰かが蹴っ飛ばした。


「え――何がおこってるんだ!?」


 フィーテを蹴っている人物。それはまさしく――フィーテそのものだったのだ。


「ごめんねレシオ、ドッペルゲンガーが変な冗談言ったみたい」


 僕の隣に立っているフィーテは、大きくため息を吐いた後、毒気の抜けたような笑顔を浮かべている。


 じゃあ、今倒れているフィーテは――、


「騙された騙された騙された――いい気味いい気味いい気味」


 色が失われ、体が黒くなっていく。間違いない、こいつは偽物だ!


「なんで!? ドッペルゲンガーは全員、ゴーレムに倒されたはずじゃ――」


 思い返してみると、答えは意外にもすぐにわかった。


 そうだ。僕が使ったドッペルゲンガーのカードは10枚。だったら、その場に現れるフィーテは11人にならなければいけない。

 だけど、ゴーレムと戦ったフィーテは10人。それが示すこととは――、


「本体のアタシは岩陰に隠れてたの。最初に言ったでしょ? 自暴自棄になったわけじゃなくて、勝算はあるって」


 真実が明らかになったところで、僕は腰が抜けるような感覚で地べたに座り込んだ。


「そういうことなら早く言ってよ……本当に死んじゃうかと思ったんだから……」


「ごめんごめん、でも、レシオの視線でバレちゃうかもしれないと思ったからさ」


 圧倒的に格上のゴーレムと対等に渡り合う状況を作り出した――どころか、フィーテはその遥か上から高みの見物をしていたわけだ。


 僕は、フィーテのことを見くびっていたのかもしれない。


 彼女は天才どころじゃない。本物の指揮官との素質を持っている人物だったのだ。


「ま、ちゃんと勝てたわけだしよかったでしょ! そこにカードも落ちてるし!」


 フィーテが指す方向には、いつものようにカードが落ちている。


――


ゴーレム レア度:ノーマル (10)

①ゴーレムを1体召喚する。

②『ジャストガード』……相手の攻撃を一度だけ完全に防ぐ。

③防御ステータスを強化する。(0/10)


――


「よしっ! 戦闘向きのカードだ!」


 これでますます有利に戦闘を進められる。

 数が少ないから、今のうちはまだ使いどころを見極めないといけないけど……そのうち10枚集められるようになるだろう。


「じゃあ、ゴーレムも倒したことだし、街に帰ろうか!」


「うん! これで揃ってCランク昇格だね!」


 僕たちはいつものように、ダンジョンの出口に向かって歩き出していく。

 クリジオのやつ、フィーテがゴーレムを倒したなんて聞いたら驚くだろうな。


「ねえ、レシオ……」


 階段を昇ろうとしたとき、ふとフィーテが尋ねてきた。


「どうした?」


「ドッペルゲンガーがさ、最後に言ってたけど……どう思った?」


 フィーテはいつになく真剣な面持ちで、そう言う。

 心なしか、彼女の顔が赤いような気がするけど――、


「ごめん、あの時はそれどころじゃなくて聞けなかったんだ。なんて言ってた?」


「あはは、だよねー。そんな気がしてたー」


 フィーテはちょっと呆れたような、それでいて安心したような顔で息を漏らす。


「なんでもない。なんかお腹空いちゃったから、帰ってご飯食べよ」


「なあ、なんだったんだよ、さっきの!」


 どんどん先に進んでいくフィーテは、結局真意を明かしてくれることはなかった。



 ダンジョンの外に出ると、変わらず青空が広がっていた。

 ダンジョンに籠っていた時間は――2時間も経っていないくらいだから、こんなもんか。


 僕たちはいつものように街の方へ歩き、とりとめのない話をしていた。


「――ねえ、なんか街が騒がしくない?」


 街の近くまで来た時、人のワーワーという声が耳に入ってきた。

 近づけば近づくほどに大きくなっていくその声に、僕たちはようやくただ事ではないことに気が付く。


「何が起こってるんだ?」


 急いで街の中心に向かって行き、僕たちは息を呑んだ。


 そこにいたのは、全高2メートル越えの巨大なオオカミのようなモンスターだった。

 ただのオオカミではない。首は3つに分かれていて、毛の色は銀色に光っている。


 そして、その目の前には傷だらけのクリジオがいた。

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