第39話 誇りVS誇り
「誇りか。ならばこちらも相応の姿勢を示さねばならないな」
オルドリッジはそう言うと、黒い兜を脱ぎ、その場に置いた。
兜の下から、銀色の長髪が姿を見せる。彼の実力が化け物じみているのに対し、素顔は意外にもただの青年であることに3人は驚きを隠せない。
「ここからは、私も魔王軍幹部としての誇りを賭けて、全身全霊で戦おう」
「あれで全力じゃないって言うのかよ……」
「なに、驚くほどのことでもないさ。俺たちが相手してるのは……格上の化け物だ!」
ここからの戦いは、先のものとは比べ物にならないほど鮮烈になる。そう覚悟した3人は生唾を飲みながらオルドリッジを睨む。
「どんな手を使っても構わない。全力をぶつけてこい」
「だったら……やらせてもらうぜ!!」
火蓋を切ったのはアルゼノだ。剣を再び固く握ると、オルドリッジに向かって斬りかかる。
オルドリッジは自分が持つ剣でそれを受け、鍔迫り合いの状態に持ち込む。
「先ほどよりも気迫を感じるぞ。これが冒険者の誇りというわけか」
「くそっ、ビクともしねえ……!!」
オルドリッジの表情には、もはや余裕すら感じる。やはり自分の剣では彼には届かない、とアルゼノは思わされた。
これまでの冒険で、自分は無双の膂力と比類なき剣の技量を持っていると錯覚していた。
しかし、現実に、どうあがいても勝てない相手はいる。
「だが、剣に勢いはなくなったな。それがお前の全力か?」
「へっ、もう俺は剣を振るうだけの力だって残ってないんだよ……! だが、それでいい!」
アルゼノがニヤリと笑った、その刹那だった。
「やれ! ライリー!!」
彼の背後まで迫っていたのは、弓を引いたライリー。
弓矢は黄金色に輝いており、オルドリッジの方を真っすぐに捉えていた。
「なるほど、お前はあくまで囮というわけか。だが、一撃入れたとて戦況は変わらないぞ?」
「かもな。だけど、俺たちはこの一撃に賭けてんだよ!」
ライリーは、命を懸けている。比喩ではなく、現実として。
彼は自分の全ての生命力を一撃に込めることで、爆発的な威力の嚆矢をぶつけることが出来る。
「<
矢に纏わる金色の光は、徐々に勢いと大きさを増していき、オルドリッジの真っ黒な巨体に激突した。
「決まった……!」
爆風に吹かれ、尻餅を突いたアルゼノは黒煙に包まれるオルドリッジを見て唖然とする。
「ライリーッ!!」
後方で上がるマウリスの叫び声。ライリーは既に息絶えていた。
「ありがとな、ライリー……」
憎まれ口をたたいていたアルゼノからは、畏敬の念を込めた言葉が漏れていた。
……しかし。
「素晴らしい」
残された二人は絶望した。黒煙の中から、オルドリッジが出てきたのだから。
「なん……で……」
「私には矢避けの能力が備わっている。生まれつき遠距離の攻撃は効かないのだ」
二人は、全てが無意味であったと理解した。
これまでの努力も、一切通じないような世界がある。種族という壁はどこまでも高く、超えることなど考えてはいけないのだ。
まさに、神の領域に立ち入ったような――そんな深い絶望が二人を襲う。
「だが、あの男が放った一撃は、人間の可能性を感じさせてくれるようなものだった。レイリー……といったか。覚えておこう。向こう200年は、私はその名前を忘れないだろう」
オルドリッジが感慨深そうに言ったその時、二人の目にはまた、別の物が目に入ってきた。
オルドリッジの背後の空に、穴が空いた。大きさは家ほどで、雲がかかったのかと錯覚するほどだ。
そして――その穴から、まるでクモの子どもようにモンスターたちが排出されていく。
「――来たか」
「なんだよ、あれ……?」
「あれは
終わりだ。あれだけのモンスターが再び街に放たれれば、兵士たちに勝ち目はない。
この国は、滅びるのだ。圧倒的な力の前にひれ伏し、消えゆくのだ。
「さて、お前たちもここで終わりにしようか」
オルドリッジが、アルゼノに歩み寄っていく。アルゼノに、もはや抵抗するだけの余力と希望は残っていなかった。
「お前たちに会えてよかった。人間にも誇りがあるのだな。お前たちを殺した後は、街の中央に塔を建てよう。そこで勇者たちと戦うのだ」
オルドリッジが剣を振るう。アルゼノの首は、まるで花を摘むように飛んで行った。
「勇者たちを残す価値がないと思ったら――この国を滅ぼそう。いや、もはや人類を残す必要もないかもしれんな」
ゆっくりと迫ってくるオルドリッジ。最後に残ったマウリスは、静かに涙を流した。
『才能がない』と言われていた。周囲を見返すため、必死で努力した。
仲間が出来た。Bランクまで上がることが出来た。現実は、少しずつ良くなっていた。
そんなマウリスが最期に見たのは、オルドリッジと数百体のモンスター。
――否、絶望だった。
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