第40話 ミカリスの戦い【SIDE:ミカリス】

「北門を守っていた赤翼レッドウィングが破られ、中にオルドリッジと名乗る魔王軍幹部が侵入しました」


「……で、あの塔を建てたのがその魔王軍幹部ってわけね」


 王都の真ん中に不気味にそびえたつ一本の塔。何より恐ろしいのは、ついさっきまであんなものはなかったということだ。


「あの頂上に魔王軍幹部がいます。ミカリス様――」


「そう。じゃあ行きましょう、あの塔へ」


「……よろしいのですか? 状況を見る限り、敵はかなり強大です」


「ええ、私は勇者だから」


 魔王軍から放たれた第二陣のモンスターたちによって、兵士たちはかなり苦戦を強いられている。

 私が他の兵士を変えることはできない。だからこそ、私が大将を倒すべきだ。



「あなたがオルドリッジね?」


「ほう、人間も空を飛べるのか」


 魔法で空を飛び、50メートルほど先の屋上へたどり着く。

 まるで円形の闘技場のようになった屋上で、黒い鎧を来た男が待っていた。


「見ればわかる。お前、勇者だろう?」


「名乗らせてもらうわ。風の勇者、ミカリス・ユーニアス」


 屋上へ着地すると、オルドリッジはニヤリと口元を緩める。

 なんて不気味なオーラ。相対しているだけで気が狂ってしまいそうね。


「わざわざ魔王軍の幹部がここまで出向いてくるなんて、何が目的?」


「お前たち勇者に会うことだ。一人の武人として、人間の高みを見に来た」


 オルドリッジが腰に携えた大剣を引き抜く。――来る!


「<北風の砲弾ウィンド・キャノン>!!」


 オルドリッジが近づいてくる前に、私は風魔法を放ち、遠距離から風の球をぶつける。

 普通のモンスターなら、風によるノックバック効果も含めて起点となりうる攻撃。でも――、


「まあ、効かないわよね」


「無駄だ。私には矢避けの能力がある。遠距離の攻撃は魔法だろうと物理攻撃だろうと効かない」


「……いい能力ね。でも、それを隠しておけばもっと有利に戦闘を進められたんじゃない?」


「そんなことをしても意味がない。私は全力で、お前とぶつかりたいのだ!!」


 刹那、巨体が剣を振るって目の前まで肉薄してくる。


「チッ、速い!」


「避けないと死んでしまうぞ!!」


 弧を描いて下ろされる大剣。ギリギリのところで避けた私は、すぐに態勢を立て直して反撃を始める。


「<突風の大鎌ブラスト・シックル>!!」


 手を振り下ろすことでかまいたちを起こし、まるで鎌で切り裂いたような風を吹かせる魔法。

 鉄板すら真っ二つにするような斬撃。これならさすがに――、


「無駄だ!」


 オルドリッジはそう叫ぶと、剣を横なぎに振り払って風向きを変えてしまった。

 なんて馬鹿力! それに加えて、私の攻撃が風によるものだと分かったうえで、最善の手で反撃してくる判断力!


 今まで戦ってきた相手の中で、一番強い!


「全力で来い。死にたくなければな」


 ――やるしかない!!


「<風神の舞>」


 集中力を高める。魔力を練り上げ、全身に風を纏っていく。

 ――いつぶりかしらね。この感覚は。


 魔法を発動するために必要な、竜巻のような闘志は!


「ほう、風向きが変わったようだ」


「無駄口を叩けるのもそこまでよ!」


 私は疾風のように突撃し、オルドリッジの腹部に蹴りを叩きこむ。


「――ッ!」


 今のは効いたでしょ。そりゃそうよ、私の今の戦闘能力は通常の3倍!


「なるほど、自身の肉体とその周囲の風を操り、肉体の限界を引き出しているというわけか!」


「おらあああああああああ!!」


 いける! 私が押してる! オルドリッジは手も足も出ていない!


「くっ……!!」


 オルドリッジが私のパンチを食らい、初めて後方へ滑った。

 この隙に、さらに攻撃を叩き込――、


「がはっ!!」


 刹那、私はその場に跪いた。


「――時間切れだ。そんな強引な手段で自分の肉体の限界を超えれば、すぐにボロが出る」


 オルドリッジは平然と前へ出ると、剣を私の目の前に突き刺す。


「今、お前は筋肉が損傷し、全身に電流が走ったような痛みが襲っているはずだ。立ち上がることすらできないだろう」


 私はうめきながら、オルドリッジを見上げることしかできない。

 ……奴の言う通りだ。この魔法は一時的に最強クラスの力を引き出せる代わりに、自分の体を激しく損耗させる。


 制限時間の15秒。その間にとどめを刺せなかった私の落ち度だ。


「最後のお前の攻撃は素晴らしかったぞ。今日は多くの強者と相まみえることが出来た。お前と会えてよかったぞ、ミカリス」


 オルドリッジの大剣が、地面から引き抜かれる。

 おそらくこれからギロチンのようにして剣の切っ先が私の首を断つのだろう。


 全力を以ってしても、勝つことが敵わなかった。

 ……まあ、後悔はないわ。私は死ぬときに後悔しないよう、常にやるべきことをやってきた。


 その死ぬときが、今っていうだけ。


「……ッ!?」


 その時、オルドリッジの足取りがふらつき、地面に膝を付いた。


「なんだ……体から、力が奪われていく……!?」


 突如として苦しみ始めるオルドリッジ。

 私は何もしていない。いったい、何が……!?

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