第34話 アイシリアと僕
「じゃあ、私は一足先にメラニデールに行くわ。シリーに会いに行くためにね。シオは明日、馬車で王都に来ること」
「うん。アイシリアによろしくね」
ミカは頷いて歩き出した後、僕の方へ振り返った。
「ねえ、シオ。気になるのだけど、あなたはどうしてそこまでシリーのために頑張れるの? 彼女のことが好きなの?」
「す……別に、そういうわけじゃ……」
「好きじゃないのね。だったらなおさらなぜ?」
好きじゃないとも言ってないですけど……。
僕は、彼女と一緒に過ごしていた昔のことを思い出す。
「……アイシリアは、幼馴染なんだ。お互いの両親の仲がよかったとかで、僕たちは物心ついた頃からよく遊んでた」
あの頃はまだ、アイシリアはただのアイシリアだった。炎の勇者ではなく、一人の可憐な少女だった。
「僕はこれからもずっと、アイシリアと一緒に生きていくんだと思ってた。でも……」
「アイシリアが炎の勇者に目覚めた。そうね?」
僕は頷く。彼女は、アイシリアであると同時に、勇者になってしまったのだ。
「アイシリアの両親は、とてもいい人だった。正義感と責任感に溢れていた。だからか、周囲に説得されるうちにアイシリアを勇者に
「わかるわ。私の親も、私が勇者だと分かった瞬間に王都の学院に通うように言ったもの」
でも、当時の僕にそんなことが理解できるはずもなかった。
「アイシリアの両親に引き剥がされて、僕は少しずつ彼女に会えなくなっていった。ある日、僕は彼女の父親に言われたんだ。『アイシリアは君のことが嫌いだと言っている』と」
「レシオ……」
傍らで聞いていたフィーテが、僕の肩を触る。僕の冷えた心に、彼女の手のひらは熱をくれる。
「幼かった僕は、それを本気にした。そして、僕は彼女に会った時、酷いことを言ってしまったんだ」
『お前となんか一緒にいたくない!』
幼い頃の僕の声が耳朶を打ったような気がした。
僕は明確に覚えている。アイシリアのひきつった顔を。
「それからしばらくして、アイシリアは村を出て行った。最初はスッとした気分だったけど、次第に僕は半身を失ったような感覚になってきたんだ。そして、本当のことに気づいた」
「別に、シオが悪いわけじゃないわ。幼い頃に失敗をしたことがない人間なんていないもの」
「でも、僕は彼女を傷つけてしまった。だから、もう一度会って謝りたいんだ。そして……アイシリアが大事な存在だってことを伝えたい」
ミカは納得した様子で話を聞くと、優しく微笑む。
「なるほど、よくわかったわ。単に私の興味本位の質問だったけど、答えてくれてありがとう。それじゃあ」
ミカは僕たちに手を振り、メラニデールに向かって歩いていく。
僕たちは彼女に別れを告げると、改めて病室に戻る。
「改めて聞くけど……フィーテは王都に行く?」
「もちろん!」
……思ったよりも早い彼女の返事に、僕は反応に困る。
僕は大規模侵攻に行くことを決めたけど……フィーテは無理に行く理由はないはずだ。
「いいの? ……最悪、死ぬかもしれない」
「いいよ。だって、そっちの方が面白そうじゃない?」
フィーテはいつもの軽いノリで笑った。
だが、彼女は事の深刻さを理解しているはずだ。そのうえで、僕について来てくれると言っている。
だったら、彼女の気持ちを踏みにじるわけにはいかない。
「よし、今日から動き出そう。不足してるカードを補充するんだ」
「うん! まずはダンジョンからだね!」
体がまだ少し痛む。だけど、動けないことはない。
それに、このくらいのダメージでへばってたら、戦場に行っても足手まといだ。
やってやる。フィーテも、ミカも、アイシリアも。僕は誰一人として死なせない!
*
「なんということだ……」
一方その頃、王宮の一室では、男たちが息を漏らしていた。
彼らが一点に見つめている先には、一冊の本があった。
決して劣化することなく、ただこれから先の歴史を紡ぐ本。エウギニアの預言書。
その本を見つめている男たちの中に、ハイフェルトもいた。
ハイフェルトの喫緊の課題は、大規模侵攻のこと。魔王軍が攻めてくるという緊急事態を前に、彼は決して驚かない自信があった。
だが、エウギニアの預言書に記された新しい事実に、ハイフェルトは驚くほかなかった。
それは、たった一文だった。たった一文でありながら、大規模侵攻と同じかそれ以上の衝撃を孕んでいる。
「……我々人類は、希望を持ちすぎていたのかもしれませんね」
ハイフェルトの言葉に、他の男たちは肩を落とすほかなかった。
そう。人類はまだ絶望しきっていなかった。大規模侵攻を前にしても、奇跡が起こることを望んでいた。
だが、そんな一縷の望みさえも、その一文は破壊してしまった。
『大規模侵攻によって、勇者が一名死亡する』
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