第35話 レシオと私【SIDE:アイシリア】

 レシオ・ブーストという少年がいた。彼は私にとっての幼馴染だった。

 物心つく前からずっと一緒だった私たちが、一番の親友になるのは自然なことだったと思う。


 臆病な性格のレシオは、いつも私の後ろをついて歩いた。

 私はそんな彼を引っ張って前を歩く。


 5歳のある日。いつものようにレシオを連れていた私は、絵本で読んだ勇者に憧れ、あることを提案した。


『ねえ、森に行ってみようよ!』


 森はモンスターが出る危険な場所。レシオは怒られるから辞めようと私を止めた。

 それでも、私は聞かなかった。レシオを引っ張って、森の中へ入った。


 結果、私たちはモンスターに襲われた。


「誰か! 誰か助けて!!」


 私たちを追い回すのは、ミラーリザード。全身が鏡のように光を反射するトカゲだ。


「あっ!」


 恐怖で足がもつれた私は、逃げている途中で転んでしまった。


 膝をすりむいた。ジンジンと痛む足。迫ってくるミラーリザード。

 その時、私は気が付いた。私が特別なわけではなかったんだと。レシオが私を特別にしてくれていたんだと。


 私は後悔した。自分の馬鹿さ加減に。そして、いざというときにどうすることもできない無力さに。


 その時だった。


「アイシリアに近づくな!」


 私の英雄・・は立ち上がった。


 体が強かったわけじゃない。腕っぷしは私よりもずっと弱かった。そんな彼が私のために戦ったのだ。

 私は見ていることしかできなかった。でも、レシオは恐ろしいモンスターと戦い、勝利したんだ。


「レシオ! 酷い傷!」


 戦いが終わったレシオは出血がひどく、気を失う寸前だった。

 でも、彼は言ったんだ。


「アイシリアが、怪我しなくてよかった……」


 その日、私は恋に落ちた。



 それから時は流れ、恋慕の気持ちを抱えたまま私は13歳になった。

 私の英雄は、私の気持ちになんか少しも気づいてないみたいで……それでも、私たちはきっと、これからもずっと一緒だと思えば気が楽だった。


 でも、事はそう上手くいかなかった。

 私は<炎の勇者>のスキルに目覚め、勇者として生きていく道を選ぶほかなかった。


 レシオに会えない日々が続いていく。こんなに顔を合わせないのは初めてだ。会いたい。でも、両親は私が家から出ることを良しとしなかった。


 王都へ向かう一週間前。私は家をこっそり抜け出し、レシオの家に向かった。

 道の途中で彼を見かけた私は、嬉しくて、必死で手を振った。


 レシオも寂しかったって言ってくれるかな。会いたかったって思ってるかな。

 ――これからも一緒にいてくれるかな。


 そんな私の期待は、一瞬で打ち砕かれた。


『お前となんか一緒にいたくない!』


 レシオは私を拒絶した。私はただ呆然と、彼の背中を見つめることしかできない。

 姿が小さくなっていく。空はどどめ色の雲が満ちていて、私の手のひらは雨粒が落ちる。


 ――いや、これは涙か。


 その日から、私の夢はレシオと一緒にいることではなくなってしまった。

 レシオのような人を守れる勇者になりたい。それが次の目標だった。


 レシオに酷いことを言われても、彼への気持ちは消えることがなかった。だからこそ、私はレシオが笑顔になれる世界を作りたい。


 そう決意した数年後。私は両親から事実を告げられる。


『レシオ君とお前が会わないようにしていたのは、私たちだ』



「明日、シオが王都に来るわよ。あなたも私と一緒に来るでしょ?」


 メラニデールにやってきたミカ。私はあの日々のことを思い出して、返事をしていた。


「……ごめん。私はレシオに会えない」


「なんでよ!? シオはあなたに会いたがってるのよ!?」


 最初にレシオを裏切ったのは私だ。

 もしもう一度彼に会ったら、彼を傷つけてしまうかもしれない。


 それに……私自身が彼に甘えてしまいそうだ。


「私は勇者として、メラニデールの人を守らないといけないから。申し訳ないけど、ミカが一緒にいてくれたら嬉しいな」


「……それは、シリーの言葉? それとも炎の勇者の言葉?」


 私は答えられなかった。自分自身でもわからなかったからだ。


「……まあ、あなたの気持ちはわかったわ。メラニデールにモンスターが現れなければ、あなたは王都に来ることになる。出来るだけ早くお願いね」


「うん。約束する」


 ミカは言いたいことがあるという目で私を一瞥した後、部屋を出て行った。


 一人になった部屋で、私は胸ポケットに入っているカード・・・に触れた。


 私はレシオと一緒にはいられない。それが、私の――選んだ道なのだから。



 そして、大規模侵攻の当日がやってきた。

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