第33話 ミカリスとの出会い

「……にしても全然起きる気配がないわね」


 誰かの声が聞こえる。聞いたことがない、少女の声だ。

 ……というか、ここはどこだ? 僕、なんで今目覚めたんだ?


「……が持ってきてくれる果物は美味しいから別にいいのだけれど。そろそろ退屈ね」


 そうだ、僕はケルベロスと戦って、気を失ったんだった!


「ケルベロス!!」


「レシオが起きた!!」


 起き上がると、ベッドの上だった。

 周囲を見る限り……ここは病院のようだ。そして、傍らには驚いた顔をしたフィーテがいる。


「フィーテ! 僕はいったい……」


「ケルベロスとは、ずいぶん変わった挨拶ね」


 その時、フィーテの隣に一人の少女が座っているのが見えた。

 銀色のショートヘアはくせっ毛で、まるで猫のような目。フィーテよりもやや幼く見えるその少女の声は、僕がさっきまで聞いていたものと同じだ。


「ケルベロス」


 少女は真顔で僕を見つめ、呟く。


「ケルベロス」


「な、なんですかあなたは……?」


「何、返してあげてるんじゃない。あなたはケルベロスって挨拶するんじゃないの?」


「全然違いますけど」


 なんだこの子は……? 冷たそうな雰囲気だけど、なんか抜けてないか……?


「私はミカリス。ミカって呼んで」


「ミカリスって……あの、風の勇者の!?」


「話が早いわね。私はあなたに会いに来たのよ」


 ミカリス・ユーニアス。アイシリアと同じ四人の勇者のうちの一人だ。

 でも、そんな彼女がなぜ僕に……?


「最初に伝えておくわ。この街に現れたケルベロスによって、怪我をした市民はいないわ。Cランク冒険者たちもあなたほどの怪我を負った者はいなかった」


「じゃあ、被害は抑えられたってことか……」


 ならよかった。僕が気絶した後、ケルベロスが動き出しでもしたら大変だと思っていたところだ。


「そのうえで……あなたの強さは異常よ。聞けば、Cランクの昇格試験を受けていたとはいえ、今のあなたはFランク冒険者らしいじゃない。おまけに、ケルベロスを2体を相手取るなんて、人間業じゃない」


 ミカはそう言い、一枚の紙を僕に差し出した。

 その紙は、ギルドに張り出されているクエストの依頼書だった。そこに書かれているモンスターは――、


「単刀直入に伝えるけど。リッチを倒したのはあなたね?」


 リッチ――そうか、クエストとして出されていたんだ!


「あなたのことはフィー・・・から聞いているわ。その能力のこと、そしてあなたが強くなった経緯を。そのうえで、お願いがあるの」


 ミカは、病室の窓から差した後光を浴びながら、すっくと立ちあがった。


「――光の勇者として、世界を救ってくれないかしら?」


 目を覚ました瞬間、突き付けられる事実。急速に進んでいく展開。

 僕が、世界を救う――光の勇者?


「……とはいえ、起きて早々に話を進めるのはよくなかったわね。まだ体調も万全じゃないわけだし、ゆっくり理解していきましょう」


 ミカはそれから、彼女が僕に会いにきた理由を話を始めた。……なぜか僕のことをシオ・・と呼びながら。


 彼女の口から出てきたのは、到底信じられない話ばかり。勇者の招集。それに関わっているのがエウギニアの預言書という道具。


 そして、3日後に魔王軍による大規模侵攻が起こるということ。

 僕が5人目の勇者である光の勇者であるかもしれないということ。


「……私から言いたいことは以上よ。何か気になることはある?」


「正直、どこから言えばいいかわからないよ。でも……アイシリアは、その大規模侵攻で出撃するんだよね?」


 ミカは黙って頷いた。


「今回のケルベロスは、魔王軍が差し向けたものと見て間違いないでしょうね。でも、預言書にはそんな記述はなかった。これはつまり、ケルベロスが記述するに値しないほど、これから起こる侵攻が激しいものになることを裏打ちしているわ」


 そして、アイシリアはそんな戦場で勇者として戦う。


 だったら、僕の返答は決まっている。


「僕から言いたいことはない。一緒に戦わせてくれ」


「私が言うのもおかしな話だと思うけど――本当にいいの? 大規模侵攻は、どれくらいなのか私にも想像が出来ない。命の保証は出来ないわ」


「それでも、アイシリアが戦うなら、僕も戦う。アイシリアは、大事な人なんだ」


「そう、シリーはいい仲間を持ったのね――でも、一つだけ言わないといけないことがあるわ。シリーは王都にはいない」


 えっ!? アイシリアは大規模侵攻で戦うんじゃなかったの!?


「ケルベロスは、この街だけではなく王都の最寄りの町のメラニデールにも出現したの。そこには国で権力を持つ『五大老』の一人がいて、今回の件を由々しく受け止めたの」


「つまり、アイシリアはその五大老の警護で街から出られないってことか……」


 それなら、大規模侵攻の時にメラニデールに何も怒らなければ、アイシリアは王都に移動するはずだ。


 生き残れば、アイシリアと一緒に戦うことができる。


「すぐにでも準備しよう。大規模侵攻に備えなきゃ」


「レシオ、まだ怪我してるんだから動かない方がいいよ! 移動の時間を考えても、あと1日は休めるんだから!」


「いや――今すぐに動きたい。カードを集めるんだ」


 そうだ。寝ころんでいる暇なんて僕にはない。

 あれだけ恐ろしいケルベロスの比にならないようなモンスターの大群が、アイシリアに襲う前に。


 僕は、立ち上がらないといけない――!


「僕に作戦がある。僕の予感が当たればだけど――うまくいくかもしれない!」

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