第46話 決着、オルドリッジ

「クリティカルヒット!」


 斬撃が重なった瞬間、僕はゴブリンのカードを使ってさらに畳みかける。

 袈裟斬りを食らって、オルドリッジはなぎ倒されて床を転がる。今までで一番の手ごたえだ。


「ずいぶんガタが来てたみたいだな!」


「いくら体力が削れていようが、私が人間に後れを取るはずがない。お前は間違いなく、この世界で最強の人間だろう。しかし……」


 オルドリッジは僕の腰にあるカードケースを指す。


「お前の攻撃はそのカードに依存していて、残りの枚数はかなり限られている。そうだろう?」


 奴の言う通りだ。ここまでで相当な枚数を消費してしまった。使えるカードは限られているだろう。


「追い詰められたのはお前も同じというわけだ。そして、同じ条件なら魔族である私が負ける道理はない!」


 オルドリッジはだいぶ疲弊しているとはいえ、獣のような勢いは消えていない。


 奴に決定打を与えられるのは、ゴブリンのカードのみ。残りは何枚だ……?

 カードケースに手を伸ばし、取り出したところで僕は驚く。


「あと3回、といったところか」


 クリティカルヒットが使えるのは、最大でもあと3回――!


「あと3回の攻撃、凌がせてもらおうか!」


「いや、クリティカルヒットは3回も繰り返さない!」


 今までずっと試してこなかったカードの使い方。やってみるなら今しかない!


「粘着の糸、発動!」


 ポイズンスパイダーのカードを出来る限り使い、足元にバラまく。

 クモの糸はまるで絨毯のようにオルドリッジの周りに敷き詰められ、奴の動きを妨害する。


「なるほど、矢避けの裏をかいたか! だが、それに何の意味がある!」


「意味ならあるさ! お前はすぐにその意味を理解する!」


 なんたって、僕は次の一撃に賭けてるんだからな!


 オルドリッジは見た。僕の手からゴブリンのカードが3枚消えるところを。


「ま、まさか……!」


「そのまさかだ! 思わなかっただろ、ゴブリンのカードを3枚同時に・・・・・使うなんて!」


 1枚でも飛躍的に攻撃の威力を上げるクリティカルヒット。それを3枚同時に使ってこのコンボの名前は――、


「<アルティメットブラスト>!!」


 兜割りの動作で放たれた一撃は、まるでその一閃自体が光を放っているようだった。

 風を斬り、闇を穿ち、振り下ろされた刃は、オルドリッジの頭蓋にめり込んで激しい音を鳴らした。


「ガハッ……!」


「やったか……!?」


 次の瞬間だった。


 黒い物が視界の端でぬっと動いたかと思うと、オルドリッジの腕が僕の体を掴んだ。


「しまった!」


「素晴らしい、素晴らしいぞレシオ! 今のは意識が飛びかけた! 賞賛するぞ!」


 くっ、マズい! なんとか離れないと!


「うおおおおおお!!」


「だが、一歩届かなかった」


 オルドリッジが剣で斬り上げると、僕の剣が弾かれて宙を舞う。

 剣が塔の下へと落ちていくのを見て、僕は戦慄した。


「お前を倒した後、私は下にいる兵士にでも殺されるのだろう! だが、それでいい! 私はお前を葬る」


 オルドリッジの目は血走っている。<アルティメットブラスト>を食らって瀕死になり、高揚しているんだろう。

 腕を引き剥がそうとするが、まるで岩に挟まれたかのように逃れることが出来ない。


「終わりだ。お前を倒した後は、そこの二人の勇者を葬る!」


 オルドリッジの剣が闇を纏う。<黒明ダーク・マター>だ。あれを食らえば――死ぬ!


「お前はさっき……追い詰められたのは僕もお前も同じだと言ったな?」


「ああ、そうだ! 現にお前は既にロクなカードを持っていないんだろう!」


「カードは、一枚でも状況を変えられるから面白いんだよ!」


「戯言を! 終わりだ!」


 オルドリッジの剣が迫ってくる。黒い風を浴びながら、僕は一枚のカードを手に取った。


「それは……」


「アイシリアがくれたカードだよ」


――


ミラーリザード レア度:ノーマル (10)

①ミラーリザードを1体召喚する。

②『反射鏡』……相手の攻撃を一度だけ完璧に弾き返す。

③攻撃力ステータスを向上する。


――


 振り下ろされた刃に手を触れると、まるでシャボン玉に触ったような感覚が指先に伝わってくる。


「お前は、自分の攻撃で死ぬんだ」


「そんな、馬鹿な――」


「アイシリアは死んでない。こうして僕に力をくれた」


 刹那、激しい爆発が起こって僕の体は弾き飛ばされた。


「ミカ、大丈夫か!」


「ええ、こっちは平気! シリーも無事よ!」


 黒煙が包む塔の最上階。煙が晴れると、オルドリッジはそこで立っていた。


「ああ、あ――」


 オルドリッジが床に膝を付く。ガチャン、という鎧の音が虚しく響いた。


「私の――負けか」


「ああ、言っただろ、僕は賭けが強いって」


「だが、お前が選んだのは茨の道だ。人類は魔王様の手によって破滅する運命にある。それが今か、後になるかというだけだ」


「それでも、僕は進んでみせる。光がなければ、道を歩くのも大変だろう?」


 オルドリッジが笑った。その瞬間、オルドリッジの巨体がばたりとその場に倒れた。


 これで、本当に僕たちの勝利だ――!


 その時、ゴゴゴゴゴゴゴ、という音とともに塔が揺れ始める。


「オルドリッジが死んだから、この塔が崩れるんだわ!」


 そんな……! この高さだぞ!?


「そろそろ私も、動かなくちゃね……!」


 ミカは脇腹を抑えながら、ゆっくりと起き上がる。


「ミカ、動けるの!?」


「ええ、なんとか……だけど、この体じゃ一人抱えて飛ぶのが限界って感じね……!」


 塔から降りられるのは、ミカとあと一人――!


「なんだ、ならよかった」


「レシオ?」


「ちょうど、塔から降りるのに最適なカードを持ってるんだ。だから、アイシリアと一緒に降りてよ」


 僕は笑ってミカに伝えた。


「……本当に!? じゃあ、シリーを連れて降りていいのね!?」


「うん、僕はその後に続くから、先に降りててよ」


「わかった! なるべく早く降りてくるのよ!」


 ミカがアイシリアの体を抱え、下に落ちて行った。


「……行ったな」


 僕はその場に座り込む。臀部が塔の揺れに当たり、くすぐったい。


 ごめん、ミカ。降りるのに使えるカードなんて持ってない。


「アイシリア。ごめんね……」


 アイシリアが同じことをしたとき、あれだけ声を荒げたのに。僕も同じことをしてしまった。

 これで終わりだ。この塔は崩れて、僕は死ぬ。それでも、アイシリアが生きていてくれさえすればいい。


 塔が崩れていく。僕の体は宙に投げ出された。

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