第10話 勇者会議【SIDE:アイシリア】

「アイシリア・シェバリエさんですね。お通り下さい」


 ガードマンに扉を開けられ、私は入室を促される。


 ここは、王宮内の会議室。建物の2階のこの狭い一室に私が呼ばれた理由は、他でもない。


「シリー。久しぶりね」


 入室の瞬間、一人の少女が私に声をかける。

 銀色のショートヘアに、黒猫のような黄色い瞳。釣り目の彼女は、椅子にもたれかかりながら私を真っすぐに見据えていた。


「風の勇者――ミカリス」


「ミカでいいって言ったでしょ? まあ、会うのは二回目だし、仕方ないけどね」


 彼女は、<風の勇者>のスキルを持つ勇者だ。

 背は私より低いが、年齢は22。


 目つきが悪いのは生まれつきなのか、少し怖い印象さえ受ける。だが、悪意があるというよりは、率直な物言いをしているだけなのだろう」


「揃いましたね」


 次に言葉を発したのは、眼鏡をかけた中年の男性。

 彼は、王宮に努める役人のハイフェルトさん。四人の勇者をまとめている人物――とでも言うべきだろうか。


「揃ったって――まだ勇者は2人しかいないけど?」


「水と土の勇者は遠征に出ています。今回はお二人にお話があって招集をかけたのです」


 私がここに呼ばれた理由。それは、勇者に集合がかかったからだ。


 ハイフェルトさんは、魔王軍への対策を行っている本部のメンバーだ。

 勇者が招集されるときは、彼を通して日時を指定される。


 そして――それは、重大な何かを伝える目的があることを意味している。


「本日お2人をお呼びしたのは他でもありません。お願いしたいことがあるからです」


「へえ、勇者2人にお願いなんて、よほど重要なことのようね?」


「はい。かなり重要なことです」


 皮肉ともとれるようなミカの言葉に、ハイフェルトは一切動じることがない。

 これには、ミカもただならぬ事態だと理解したようだ。


「……手短に済ませない。そのお願いというのは?」


「お2人は『エウギニアの預言書』を覚えていますか?」


「もちろん覚えています」


 エウギニアの預言者……とは、約2000年前、勇者が現れたときに実在した人物・エウギニアによって作られた魔道具の名だ。


 2000年経っても一切劣化せず、どんな方法でも破壊することが出来ない。まさに伝説のアイテム。


 一番の特徴は、その預言書は完成して・・・・いない・・・ということだ。

 時間の経過とともに、記述が増えていき、ページが足されていく。誰かが書いているわけでもなく、ひとりでにだ。


 そして、そこに書き加えられた記述は未来を暗示しており、100%的中するという。

 故に、王国の人間はその預言書に書かれたことを見て対策を練るのだ。


「まさか、新しい記述が増えたってこと?」


「仰る通りです。単刀直入に言いましょう。1か月後、魔王軍による大規模侵攻が起こります」


「大規模侵攻ですって!?」


 私は狼狽え、大声をあげてその場に立ち上がった。


 魔王軍による侵攻は、ここ数百年まったく起こっていなかったはずだ。

 おまけに、今回は大規模侵攻。相当な被害が起こることが予想される。


「侵攻が起こる場所は2か所。1か所は水・土の勇者が現在向かっている場所です。そしてもう1か所が――この王都です」


「で、その侵攻を私たちに止めろって言うのね?」


 ミカは要点を抑え、『ふーん』と漏らした。

 それほどまでの事態ならば、勇者2人が呼ばれることもやぶさかではない。


 しかし――ハイフェルトさんはさらに続けた。


「半分はその通りです。しかし、お2人にはもう一つ、侵攻まで頼みたいことがあるのです」


「何? それって大規模侵攻よりも大事なこと?」


「はい。――『光の勇者』を探してほしいのです」


 光の勇者、という聞き覚えのない言葉に、私とミカは顔を見合わせた。


「光の勇者って何ですか? 勇者は4人しかいないはずでは?」


「<勇者>のスキルを持つのは4人です。しかし、過去、人類が最も魔王軍に追い詰められたときにその窮地を救った者がいるのです」


 それが光の勇者、ということか。


「なんでそれを黙ってたの?」


「光の勇者は、4人の勇者を超えるほどの力を持つほどのスキルを持ちます。ですが、そのスキルを持つ人物を特定できていないのです」


「なんで? そんなに強いスキルなら、探せば見つかりそうなものだけど」


「――光の勇者のスキル名がわからないのです。光の勇者は窮地を救った後、忽然と姿を消してしまった」


 つまり、1か月後の大規模侵攻に備えて、ハイフェルトさんは光の勇者を探したい。

 しかし、スキル名がわからず、どこにその人物がいるのか特定できない、というわけか。


「そもそもそんな奴存在するの? 散々探して無駄骨ってことになりそうだけど」


「それを承知でお願いしております。王国も光の勇者を総力で探していますが、見つからないのです」


「……光の勇者の特徴は何かないんですか?」


「歴史書には、光の力を持って悪しきを封じ、その魔物の力を使って戦ったそうです」


 具体的なことはまるでわからない。これで探すのは難しいだろう。

 ――でも。


「やります。光の勇者を探させてください」


「ちょっとシリー。こんな難題、やるだけ無駄よ?」


「それでも――やりたいの。傷つく人を一人でも減らせるなら」


 私はかつて、レシオを置いていってしまった。


 レシオが学院の入学試験を落ちたと聞いたとき、私は村に残ろうとした。

 でも、両親からの反対で村を出て、勇者として生きる道を選んだ。


 レシオは私の大事な――大好きな人だ。

 彼や、彼のような普通の人が傷つかないよう、私はこの勇者の力を使いたい。

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