第23話 半壊の遺跡【SIDE:ミカリス】

「どういうことなのよ、これは!」


 街の郊外にある遺跡の中。じめじめとした空気が支配するその空間で、私の声は大きく響き渡った。


 王都から片道で約半日。遠路はるばるこの場所に、風の勇者である私が来たのには理由があった。


「ちょっと、誰か説明しなさい! この事態はなんなの?」


「わかりません、今確認をしています!」


 一週間ほど前。とある冒険者パーティがこの遺跡で行方不明になった。

 事態が発覚したのは失踪から2日後。その後、遺跡に向かったギルドの調査隊も忽然と姿を消す。


 翌日、ギルドは遺跡からアンデッドモンスターが溢れていることを確認し、アンデッドモンスターの討伐クエストを大量に要請。

 さらに翌日、冒険者パーティがダンジョンの奥にリッチがいることを確認した。


 リッチを討伐するためには、Bランク以上の冒険者の力が必要だ。生憎、遺跡の最も近くにある街――アンダルムにはそこまでの強さを持った冒険者はいない。


 ――というわけで、勇者の中でも比較的動ける私が派遣された、というわけなのだけれど。


「リッチがいないどころか、遺跡がボロボロじゃない……」


 到着した私の目に映ったのは、聞いていたのと全く違う光景だった。


 壁はまるで地震でも起こったかのように激しく損傷しており、ところどころ壁に穴が空いてさえいる。

 そして、肝心のリッチがどこにも見つからない。派遣された兵士たちは二人組で遺跡内を散策するが、手掛かりは全くなしだ。


「それにしても、なんなのよ、この壊れ方は……」


「ミカリス様、ご報告よろしいでしょうか?」


 10分ほどで状況を確認した兵士が、私に話しかけてくる。


「やはり、リッチは見つかりませんでした。しかし……どうやら、遺跡のところどころに戦闘の痕跡があるようです」


「……嘘、じゃあこれ全部戦いの跡だって言うの!?」


 改めて見てみると、壁に空いた大穴は、高さ3メートルほど。それも、全てが縦長だ。

 これ、リッチが通り抜けた跡? ダンジョンの壁に匹敵するような硬さを破るなんて、なんてパワーなの!?


 それに……驚くべきことはまだある。もっと肝心なことだ。


「あなた、これが戦闘の跡だって言ったわよね。それが何を意味してるかわかっているの?」


「――はい。リッチを倒した人間がいるということです」


 その通り。だが、それはあり得ないのだ。


「なら、ここから私が言うこともわかるわよね?」


「はい。そんな人間が存在するわけがないということです。まず、一人でリッチを倒したパターンですが、Bランク以上の冒険者の動向は全員、国がギルドを通じて把握している。そのうちの一人が予定を変えてここに来るとは考えにくいので、ありえない。次に、Cランク以下の冒険者がパーティで倒したパターンですが、もしそうならリッチを倒した報告がされていないのはおかしい」


 そう。一人にしろ複数人にしろ、リッチを倒した人間がいることは考えにくいのだ。


 私は思考を巡らせながら、報告してくれた兵士の男に考えを話す。


「ねえ、この壁の壊れ方、違和感があると思わない?」


「違和感、ですか? そうですね……強いて言うなら、なぜここまで壁を破壊して進む必要があったのか? でしょうか」


「鋭いわね。私も同じことを考えていたの」


 もし、奥の広間にリッチがいたなら、そこで戦闘をすればいいだけ。ここまで移動する必要はない。

 リッチと戦っていた相手が、逃げていたとしたら? さらにおかしいことがある。


「それに、リッチがここまで大幅に移動してるのに……こんなに入り組んで道がわからない遺跡でリッチに接触せず、翻弄することなんてできないのよ」


「確かに……! それを実現するためには、リッチの位置を特定しつつ、遺跡の構造を完全に把握する必要がある!」


 おまけに、リッチから逃げられるルートを考える力。

 複数のスキルに加えて、冒険者に必要な空間把握能力と戦闘能力を持っているなんて。


 ありえない。そんな人間がいるとしたら――、


「――4人の勇者以上の、才能の持ち主ね」


 同時に頭によぎったのは、会議で聞いた光の勇者のこと。


 もし光の勇者が、つい最近になって自分のスキルに気づいたとしたら?

 そして、Cランク以下の状態でリッチを倒していたとしたら?


「……試してみる価値はあるわね」


 アンダルムのギルドにはBランク冒険者がいない。それに、アンダルムに住んでいるとしたらリッチ討伐を報告しない理由がわからない。

 おそらく、リッチを倒した人物はアンダルム以外にいる。可能性が高いのは――王都だ。


「すぐに王都に戻るわよ。リッチを倒した人間を特定する!」


 シリーは正義感が強い。来たる大規模侵攻でも、彼女は最後の一人になるまで戦い続けるだろう。

 私も勇者として、彼女の力になりたい。

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