第17話 奥に潜む者

 鼻をつくような悪臭。ぼたり、ぼたりと何かが落ちるような足音。

 人間の体が腐ったような見た目をしたあれは、ゾンビと呼ばれるモンスターだ。


「数が多いな! だけど、やるしかない!」


 剣を再び握りしめ、ゾンビの群れに向かって走り出す。

 正面のゾンビの肩に袈裟斬りを放つと、白い光を纏った斬撃が体を引き裂く。


「ウグワァァァァ……」


 ゾンビの体が斜めに切り裂かれ、白い光が漏れている。

 低い唸り声を上げながら、ゾンビは膝を地面に付ける。


「レシオ、下がって!」


 フィーテが叫ぶ。すぐ脇を見ると、ゾンビがそこまで迫ってきていた。

 ゾンビはだらりとしたモーションで手を振るい、僕に平手打ちのような攻撃を仕掛けてきた。


 フィーテのおかげでいち早く反応できた僕は、一歩下がって攻撃を回避する。


「ゾンビの攻撃で出血すると毒を浴びる可能性がある! 気を付けて!」


 なるほど、見た目より危険な攻撃ってわけか!


 一体は倒したが、残りは四体と数が多い。

 僕は距離を取りながら、ゾンビへの反撃の隙を伺う。


「フィーテ、速度を上げてくれ!」


「わかった! <俊敏>!」


 フィーテが能力向上バフをかけてくれたおかげで、僕の足の移動速度が上がる。

 よし、一気に攻めるぞ!


「うおおおおおお!!」


 僕は雄たけびを上げ、速度が上がった状態で肉薄する。

 一番手前にいたゾンビの体を下から斬り上げると、ゾンビの体は真っ二つに断ち切られた。


 しかし、一体を相手していると、残りの三体がその隙を狙って接近してくる。

 ゾンビの腕が迫る中、僕はその攻撃をかいくぐり、横の壁に走り出す。


 壁を蹴り上げ、宙に浮く。ゾンビたちの視線が僕を追っているのを上で見ながら、僕は剣を振り下ろす。


 空中から放たれる兜割。ゾンビはその重みに耐えられず、地面に叩きつけられた。


「あと二体!」


 予想外の動きに、ゾンビたちは戸惑いを隠せない。出来ることはただ無心で襲ってくることだけだ。

 複数体で襲ってくれば恐ろしい一撃。だが、もはやその陣形はなくなった。


 右のゾンビに向かって、横一閃。ゾンビの胴体に裂け目が出来て、二つに分かれたゾンビの体が地面に落ちる。


「これで最後だ!」


 一体になったゾンビに、もはや恐怖はない。俺は態勢を低くして一気に体当たりを仕掛ける。

 首を狙った斬撃は、ゾンビの頭を跳ね飛ばし、勝負に決着をつけた。


「ちょっと危なかったな……だけど、意外となんとかなったみたいだ」


「言っておくけど、あの数のゾンビに遭遇したら、普通の冒険者だったら逃げてるからね? レシオが強すぎるだけで」


「ええっ、そうなの!?」


「そもそも、複数体のモンスターに単独でぶつかったら距離を取るか逃げるのが定石なんだよ。基本的に一対一に持っていかないと攻撃を受けちゃうんだから。なのにまあ、よくやるよねえ……」


 戦闘が終わったところで、僕の足元には8枚のカードが落ちていた。

 僕とフィーテはさっきの戦闘について話しながら、カードを拾い集める。


――


ゴースト レア度:ノーマル (10)

①ゴーストを1体召喚する。

②『壁抜け』……壁を通り抜ける。

③体力ステータスを強化する。(0/10)


――


――


ゾンビ レア度:ノーマル (10)

①ゾンビを1体召喚する。

②『毒手』……毒属性のある攻撃をする。

③体力ステータスを強化する。(0/10)


――


「壁抜けは宝物庫に、毒手は戦闘に効果って感じなのかな」


 2種類のカードを見つめ、フィーテは感想を述べる。

 戦闘が終わった後のひと時。新しい能力も手に入ったが、彼女の顔は晴れなかった。


「ねえ、おかしいと思わない?」


「おかしいって、何が?」


「モンスターの数が多すぎるよ。ゴーストもゾンビも群れを作ってたし」


 そういえば、メルラさんは最近アンデッドモンスターが増えているって言ってたっけ。それと関係してるのかな?


「多分、この遺跡のどこかに元凶がいるんだと思う。アンデッドモンスターを呼び寄せるような、強力な何かが……」


 フィーテの表情は不安で満ちている。

 さっきのゾンビもかなり強い部類だと思うけど……それよりさらに強いモンスターって、どんなものなんだ?


 カードを集め終えた僕たちは、さらに遺跡の奥へと歩みを進めていく。


「いやー、この遺跡にもすっかり慣れちゃったよ。なんでアタシ、あんなに怖がってたんだろ?」


「慣れたんじゃなくて魔法を使ってるだけだと思うんだけど……あ、待って!」


 雑談しながら歩いていると、リストの名前に変化があった。


――


周辺の生命体

・リッチ

・ドッペルゲンガー


――


「ドッペルゲンガーが見つかったじゃん! 行ってみよう!」


 フィーテは喜んで僕の肩を揺さぶるが、僕には一つ気になることがあった。


「このリッチってなんだろう?」


 フィーテに聞いてみると、彼女は妙に納得した様子で話し始める。


「リッチはモンスターの名前だよ。さっき言った、モンスターが増えてる元凶はこいつだと思う」


「強いのか?」


「強い。多分、ソロで倒そうと思ったらレベル30は必要だと思う」


 ということは、かなりの格上だ。

 普通に戦っても、勝てるわけがない。だけど、僕の心はかなり惹かれていた。


「……ねえ、フィーテ。ドッペルゲンガーを倒したらなんだけどさ」


「まさか、冗談でしょ?」


 そのまさかだ。


「リッチと戦ってみたいんだ。今の自分で、どれくらい通用するか試してみたい」

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