第43話 オルドリッジの目的
鼻孔を突き抜ける焦げ臭い香りを、塔の屋上の風が強く吹き飛ばす。
男が放つ強い冷気のようなオーラに対して、僕の体には柔らかい熱が伝わってくる。
「――間に合った」
「レ――シオ?」
今、僕の背後の床には大剣が突き刺さっている。アイシリアを斬ろうとして、空ぶったものだ。
そして、僕の腕の中にはアイシリアがいた。
間一髪、救うことが出来たようだ。
「お前か、光の勇者は」
「……ああ、そうだ」
アイシリアをミカの隣に座らせ、僕はオルドリッジと向き合う。
「今ならわかる。光の勇者はお前しかいないと。先の弱体化もお前の仕業だろう?」
「何が言いたい?」
「私はお前に会いに来たんだ。光の勇者」
オルドリッジは剣を床から引っこ抜くと、なぜか納めてしまった。
殺気のようなオーラも、今は感じない。まるで丸腰になってしまったようだ。
「僕に会いに来ただって? それにしてはずいぶんな暴れようじゃないか」
「わかってもらう必要があったからな。我々魔王軍の戦力は人類を上回っていることを」
オルドリッジはそう言うと、演説のような話を始める。
「魔王軍は、魔王様の元に集まった私のような魔族と、無限に生まれるモンスターたちによって組織されている。魔族は人類よりもはるかに高い戦闘能力を持っており、モンスターの数には制限がない。どちらが勝っているかは火を見るよりも明らかだろう?」
「さっきから何が言いたいのかが見えてこないぞ」
「では単刀直入に言おう。お前も魔王軍の幹部にならないか? 光の勇者」
彼の口から出たのは、意外にも勧誘の言葉だった。
「そんな誘いに乗るわけがないだろ!」
「果たして本当にそうか? 光が差す場所には必ず影が生まれる。お前には『影の魔将』となる器を持っているんだ」
「何を根拠にそんなことを!」
「本当に気づいていないのか? お前のその能力は、モンスターを統括する魔族と相性がいいということを」
……なるほど。そういうことか。
フィーテにモンスターを貸したように、カード化したモンスターは、召喚すると僕の指示を聞いてくれる。
これは見方を変えればモンスターを従えているということで、それはまさしく彼の言う魔族と同じことだ。
「お前のその能力なら、魔族と同じ――いや、それ以上の実力にも成りうるだろう。さあ、私の手を取るんだ」
「……僕が魔王軍に入る理由がないな」
「理由どうこうの話ではない。人類は魔王軍によっていずれ滅ぼされるのだ。その先の『黒の世界』にお前の力が必要だ」
「黒の世界?」
「世界は、一寸の白もないような完璧へと昇華する。全てが合理的で、美しい世界だ。そんな世界を、私や魔王様と共に作り上げよう」
オルドリッジは僕に手を差し伸べる。この手を取れば、僕は彼らと一緒に完璧な世界を作ることになるのだろう。
完璧な世界、か……。
「……人間は、弱いな」
「そうだ。弱くても脆く、傲慢な失敗を続ける怠惰な存在だ。黒の世界には、そんな綻びはない」
「でも、僕はそんな人間が愛おしいんだよ」
『お前となんか一緒にいたくない!』
僕の放ったその言葉の槍は、容易にアイシリアの心をずたずたにしてしまった。
あんな失敗、なかったことになればいいのに。僕は何度もそう思い、後悔した。
でも、失敗は消えてなくならない。僕は彼女に付けた傷は、決して風化することなく、そこに残っている。
だけど――僕は弱くて、完璧じゃなかったからこそ強くなれた。
アイシリアのことが愛おしくなった。もう一度会って、謝りたいと思えた。
――ずっと一緒にいたいと、思えた。
「完璧な世界なんて、僕には必要ない。僕にはアイシリアがいて、仲間がいて、それだけで充分なんだ!」
「まだわからないのか! どう転んでも世界は黒く染まるのだ! 意味のないことをするな!」
「だったら、僕が世界を照らす光になってやる! ――いや、暗い夜空で輝く星のように、僕たちの命は無意味なんかじゃない!」
「……それが、人間としての誇りというやつか」
「ああ、そうだ。お前の誘いには乗れない」
オルドリッジはため息を吐くと、再び剣を引き抜く。
僕はアイシリアの方を向き、手を伸ばす。
「アイシリア、言いたいことはたくさんあるけど……戦えそうか?」
「ええ、ちょっと転んだだけ!」
アイシリアの柔らかい手が僕の手を包む。立ち上がったアイシリアと僕は、オルドリッジと向き合う。
「反抗するというのならば――私の手によって潔く散るがいい! 闇に飲まれろ、光の勇者!!」
「行くぞ、アイシリア!」
「焼き尽くすわ、私たちの剣で!」
僕たちの、最後の戦いが始まる――!
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