第37話 破壊者のサル

「勇者様! そのサルは腕が長いので、攻撃範囲に気を付けてください!」


 サルはさっきの一撃を受け、さらに全身を掻きむしってこちらを睥睨した。

 全身が痒いのか? ……というよりは、苛立ちを抑えるために体を掻いているように見えるが。


「キィィィィィィィィィ!!」


 サルは縮地し、こちらへ接近してくる。

 回避しようとした瞬間、サルの腕が一気に迫ってくるような感覚を覚えた。


「――ッ!」


 なるほど、こういうことか!

 腕が長いから、急に攻撃が迫ってくるように見える。これは避けられないわけだ!


 だが、もう見切ったぞ!


「勇者様!」


 サルの腕に押されながら、僕は叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 いける、これなら――!


「キィィィィィィッ!?」


 サルの腕を、押し返した! 奴の体勢が大きく崩れるのを感じる。


「今だああああああああああ!!」


 剣を振るうと、サルの腕が上に弾かれる。奴の胴体はがら空きだ。


 その隙を突いて、僕は思い切り体当たりを仕掛けると、サルの胴体に袈裟斬りを放った。


「キィィィィィィヤアアアアアアアアア!!」


 街中に響くような断末魔。3メートルの巨体は地面に倒れ、動かなくなった。


「す、すごい……!! 兵士が束になっても敵わなかったようなモンスターを、あっさりと倒してしまった!」


「あれが、光の勇者様か!」


 ふう、危なかった。ケルベロス級とまではいかなくても、かなり手ごたえのある敵だったな。


――


マシラ レア度:レア (5)

①マシラを1体召喚する。

②『サルベージ』……使用したカードを1枚回収する。

③素早さステータスを強化する。(0/10)


――


 あのサルの名前はマシラ、というのか。

 奴が魔王軍の最強戦力――とは思えない。こいつはあくまでも火付け役だ。


 もっと強いモンスターが後に控えている。しかし、マシラが残した爪痕は大きい物だった。


「うわああああああああ!!」


 あちこちで上がる悲鳴。マシラが空けた穴の周辺では、兵士たちが苦しんでいた。

 次々と襲い来るモンスター。その対処で必死なのだ。


「くそっ! こいつ、思ったより固い!」


「おい、誰かこっちを手伝ってくれ! 一人じゃとても無理だ!」


 数はもちろんだが、一体一体の戦闘能力もかなり高い。

 王国の兵士たちは翻弄されている。そして、陣形も乱れつつあった。


 このままだと、モンスターが街に侵入してくるのも時間の問題だ。

 あの作戦を実行できればいいんだけど……。


「レシオさん」


 その時、頭上で僕の名前を呼ぶ声がした。

 上空で円を描いて飛んでいたのは、一羽のフクロウだ。フクロウはバサバサと羽音を立てて旋回した後、僕の肩に乗る。


「ハイフェルトさん! 聞こえていますか?」


「ええ、問題なく聞こえています。ですが、戦況はあまりよくありません」


 このフクロウは、ハイフェルトさんの使い魔だ。彼は生き物を操る魔法を使うことに長けているらしい。

 フクロウを通じて、ハイフェルトさんと会話をすることが出来る。そのことに少し安堵したが、彼の口から出た言葉に、僕は再び緊張感を持つことになる。


「ミカリス様が守っている東の壁も、西と同様にサルのモンスターに破壊されました。北と南も耐えてはいるものの、時間の問題といった現状です」


 西だけじゃなく東まで――このままじゃ、街がヤバい!


「ハイフェルトさん、あの作戦を実行しましょう!」


「ええ、私もそれを伝えるために使い魔を送りました。現在、壁の周囲には多くのモンスターが集まっています。兵を失う前の今こそ、好機かと」


 僕は頷き、懐から一枚のカードを取り出す。


 そのカードは、リッチだ。


 リッチのカード効果は、『相手の全ステータスを大幅に下げる』というもの。

 なぜ、このカードを今使ったのか? それは、僕たちが立てたある仮説が理由だった。



「このカードに書いてある『相手』って、どのくらいのことを指すと思いますか?」


 作戦会議をしているとき、僕はリッチのカードを出してそう言った。


「相手って……普通に目の前の自分の相手を指すんじゃないの?」


 円卓の向かい側に座ったミカは、何が言いたいかわからないと言った様子でそう返す。


「本当にそうかな? 僕の予想が正しければ、違う意味にも解釈できると思うんだ」


「そうか……! 『相手』は一体とは限らない!」


 最初に気づいたのはフィーテだった。


「どういう意味? 説明してよ、フィー」


「だって、能力低下デバフは一体にしかかからないわけじゃない。対象は複数体にもなりうる」


「じゃあつまり――『相手』っていうのは、自分と敵対している者、全てってこと?」



 僕はカードを掲げ、宣言をする。


「不死王の呪詛、発動!」


 その刹那、モンスターたちの体に紫色のもやがかかる。

 ――成功だ。


 対象が、自分と敵対している者全てなのだとしたら。

 この王都にいるモンスターは全て、効果の対象ということになる!


「なんだ? モンスターの動きが急に鈍くなったぞ?」


「これなら、俺たちでも勝てるぞ!」


 兵士たちは意気揚々と弱くなったモンスターを倒し始める。さっきまでの苦戦が嘘みたいだ。


「東西南北、全ての門の前のモンスターを確認しましたが、同様の結果が出ています。作戦は成功です!」


 ハイフェルトさんの報告を聞き、僕は思わずガッツポーズをした。


 戦況が変わった。僕が使った、たった一枚のカードが百体以上のモンスターに作用したのだ。

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