レビ薬工店

 魔導具ギルドから紹介されてから2日後、募集があった場所へと向かう。

 その場所は大通りから大きく外れ、スラム街にほど近い通りにあるようだ。


「レビ薬工房。確か、ここを右だな」


 通りは昼間だと言うのに日当たりが悪く薄暗い。

 両側には質素な家ばかりが立ち並んでいる。


「おい、坊主。迷子か。金くれるなら大通りまで案内してやるぞ」


 昼間から、赤ら顔で酒を煽っている30歳くらいの男が、あばら家の窓から顔をだしている。


「この辺りにレビ薬工房ってありませんか?」

「……あの店に何か用事か、坊主」


 赤ら顔の男が剣呑とした雰囲気になる。


「ええ、採用面接に来ました」

「採用面接? お前がか?」

「そうです」


 赤ら顔の男がまっすぐソリオンを見る。

 一呼吸置き、堪えきれなくなったかのように吹き出す。


「ガハハッ!ハッハッハ!! ついにあの店、こんなガキを雇うほど落ちぶれやがったのか」

「……急いでいるので、失礼します」


 酔っぱらいにこれ以上構ってられないとばかりに、先を急ぐ。

 ソリオンが目の前に居なくなっても、まだ男は笑っている。


(なんか、まだ視線感じるな。変な人に目を付けらたかな)


 男が居た所から5,6軒ほど行くと、古く文字が掠れかかっている看板をかけた店が見えてくる。

 看板の文字を注意深く確認する。


「レ…ビ…薬工…。よし、ここだな」


 立て付けが悪い引き戸に力を込めて、ガラガラと音を立てて開ける。

 薬屋独特の甘く苦い香りがする。


 店の中は、一言で言えば寂れている。

 客は1人もおらず、薬が置かれている棚や照明も古い。

 だが、棚には几帳面に一つ一つ丁寧に薬が置かれている。

 薬はどれも均質で表面はなめらかで、人の手で作ったとは思えない程、綺麗な丸や楕円になっている。


「いらっしゃいませ!」


 明るい黄色い声が耳に入る。

 声がする方を見ると、まだ、年の頃17,18の少女が店の奥からこちを見ている。


「子どもが来るなんて珍しいね。お使いかな?」

「いえ、魔導具ギルドからの紹介できました」

「魔導具ギルドの紹介?」


 どうやらピンと来ていないようだ。


「こちらで働きたいと思って来ましたが、募集してませんか?」

「働く? 君が?」

「そうです」

「……紹介っていうのはウチが募集してた見習いってこと?」

「ええ、そうです」


 少女の肩がワナワナ震えている。

 愛嬌のある整った顔が歪み、怒り心頭のようだ。


「許せない! またウチの店に嫌がらせして!」


 いい年をした少女が地団駄を踏みそうな勢いだ。

 よほど腹に据えかねたようだ。


「なんだい、うっさいね。ネヘミヤ、静かにおし」


 店の奥から、目のきつく釣り上がった老婆がでてくる。


「おばあちゃん! 聞いてよ! あの魔導具ギルドのタヌキが、こんな子どもを紹介してきたの!」

 

 老婆はソリオンを興味なさげに一瞥いちべつする。


「はあぁ。アイツらの嫌がらせは、今に始まったことじゃないでしょう。いちいち相手してどうすんのさ」

「だってぇー」


 老婆の言に、ネヘミヤと呼ばれた少女は納得できていない様子だ。


「はじめまして。ソリオンと言います。ここで働かせてもらえませんか?」

「やだよ。あんたみたいな、ろくに学校もでてない子どもにできる仕事なんてありゃしない」


 老婆は目も合わせようとしない。

 全身からさっさと帰れという拒絶の念がでている。


(折角ここまで来たんだから、一応、食い下がってみるか)


「前期修了検定なら合格してます。年は幼いですが、お役に立ってみせます」

 

 老婆の眉毛がピクッと動く。

 ネヘミヤと呼ばれた少女が驚きながら、口に手を当てる。


「勉強ができるだけじゃ、どうせ長く続きやしないよ」

「大丈夫です。父が急逝したため、長男の僕が働く必要があります。どうか働かせてもらえませんか?」

「……家族を亡くしてるのかい」

「ええ、3ヶ月ほど前にC級の魔物と戦って父は亡くなりました」


 老婆がソリオンへと態勢を向ける。


「そうかい。子どもに苦労かけてりゃ世話ないね」


「そうですね。目の前の家族を守るためとはいえ、本音を言えば、生きていてほしかったです」


 老婆がソリオンを鋭い眼光で見据える。


「……まあ、度胸と覚悟はありそうだね。貸してみな」


 紹介状を催促し、ソリオンが差し出すと、かすめ取る。

 メガネを付け、紹介状へ目を通していく。

 半分ほど読んだ所で、老婆の視線が固まる。


「二譜持ちか。それに、どっちも大層、縁起が悪いじゃないかい」


「ええ、よく言われます」


「あんたの落ち着いた態度も納得だよ。お前さんみたいに恵まれなかった人間は、拗ねてどうしもなく腐るか、いっそ開き直ってふてぶてしく生きていくか、どっちかだからね」


「腐るつもりはありませんよ」

 

 老婆はニヤッと含みある笑いを浮かべる。

 

「わたしゃレビだ。この薬工房のオーナー。明日からウチでこき使ってやるから、逃げ出すまでの間、よろしく」

「レビさん、よろしくお願いします」


 ソリオンは笑顔で答える。


「可愛げのない子どもだね」

「あまりそれは言われないですね」

「そりゃかい。ウチで働くなら、その態度から改めてもらわないとね」

「わかりました。心しておきます」




 −−翌日、早朝にソリオンはレビ薬工房の扉を開く。


「おはようございます」

「遅い! 遅刻だよ」


 店の奥にある工房から、レビが嫌味を含めた声でソリオンを怒鳴る。


「あれ? 時間には間に合ってるはずですが?」

「今日は私が仕事をもう始めているから、その前に来れなきゃ遅刻だよ」

「いつも何時に始めるんですか?」

「そんなのは、その日の気分次第。今日はたまたま早かったのが運の尽きさね」

「わかりました。遅刻して申し訳ありません」

「なんだい。やっぱりいじり甲斐のない子だね。何でこんなの雇っちまったかな」


 レビがわざとらしくため息をつく。


「おばあちゃん、いつもそんな感じだから、皆すぐ辞めちゃんでしょ」


 長い髪を後ろで止めているネヘミヤが工房から顔を出す。

 レビはフンッと声を出して、薬研くすりおろしで何かを混ぜはじめる。


「おはようございます」

「おはよう。ちゃんと朝早く来れて偉いわね」

「田舎で生まれ育ったので朝は得意です」


 ネヘミヤが髪留め取り、髪を下ろす。


「今日は、やることを一通り教えるわね」

「はい。お願いします」


 ソリオンがやることを一通り教わっていく。

 一言で言えば片づけや棚卸し、お使いなどの雑務ばかりだ。


「どう、できそう?」


 ネヘミヤが説明を終えた後に工房の前で話しかけてくる。


「大丈夫そうです」

「よかった。結構、細々こまごましたことが多いけど、少しづつ覚えてってね」

「わかりました」


 正直言うと、そこまで難しい作業もないので、取ったメモがあれば十分こなせそうだ。



 工房を見渡すと、いくつか既視感のある薬草がある。


(どこかで見たことがある。というか、


「ネヘミヤさん、あの薬草ってホンクーってやつですよね?」

「ホンクー? 違うわ。あれば、ルグの葉というのよ」


 ネヘミヤが少し得意げに話す。

 先程まで薬を作っていたレビが手を止めて、ソリオンを睨む。


「よくそんな古い言い方を知ってるもんさね。今じゃ文献の中で出てくる程度さ」

「古い……。じゃあ、これはチャンホウではないんですか?」


 ソリオンが別の薬草を指差す。


「……その草の効能は知ってるのかい」

「そこまで強くないですが、鎮痛効果?だった気がします」

「正解だよ。正確には炎症反応を抑えるんだがね。今ではイデラと呼ばれている」


 レビが興味深そうにソリオンを見る。


(どこで覚えたんだろう?)


 ソリオンもどこで覚えたのか、いまいち思い出せない。


「お前さん、もしかして<病魔耐性>もってないかい?」

「はい。昔、病気になった時に習得したようですが、それが関係するんですか?」


 ネヘミヤが半開きになった口に慌てて、手で隠す。

 レビがさらにが興味深そうにする。


「やっぱりだね。あんたはとんでもない<系譜>を持ってるわ、その歳で<病魔耐性>もってるわ、どうしようもない人生だね」

「病んでいる時に夢をみて、覚めたら<病魔耐性>を習得してました」

「夢まで見たのかい。なら、ミンファって名前に覚えは?」

「……あります」


 ソリオンはモーバス真菌症の熱でうなされた時にまた夢を思い返す。

 ミンファと呼ばれる少女が、”病”に翻弄されながらも強く生きた生涯だ。


(何故、レビさんが夢でみた出来事を知ってるんだろう)


「よっぽど親和性が高いんだろうね。それはさ」


 言葉に詰まる。


「え!? 前世って言いました?」

「言ったさ。あんたの前世の記憶さ」


(前世!?)


 もしそうなら、この記憶は、『あの子』との記憶は何なんだ。魔物図鑑を埋めると『あの子』が生き返るという約束はどうなる。


(もしかして、ただの妄想…。いや、あり得ない。この記憶は本物のはずだ)


 ソリオンは今持っている記憶を1つずつ思い返しながら、否定のための確認を行なっていく。


 だが、レビが嘘を言っているとも思えない。

 自分が知らないはずの知識があり、夢の中に出てきた名前を言い当てるのであれば、それなりの根拠があるはずだ。


 狼狽うろたえているソリオンを横に、レビは淡々とくすりを作る作業に戻る。


「まあ、前世があろうが、なかろうが、あんたはあんたさ」


 日本での前世がない自分は、果たして自分と言えるのだろうか。

 ソリオンは考え込んでしまう。


(おかしい。もしミンファが自分の前世であったとして、なぜレビさんがそれを知っているんだ?)


「なぜミンファの名前を知ってるんですか?」

「そりゃ、だからね」

「始祖?」



 レビが口を開けたその時、店の入り口あたりが慌ただしい。

 入り口の扉が乱雑に開けられる。

 

「レビ!! おい! レビ、いるか!?」


 レビは老婆とは思えなほど、スッと素早く立つと店の入り口へと向かう。


「なんだい、騒がしいね」

「うちの若いのが、解体中にクロ−リの毒をもらちまった!」

「マッシモ、落ち着きな」


 ソリオンも声のする方へ向かうと、一昨日、狩人ギルドで魔物の解体中に、色々と教えてくれた50歳くらいの男が入り口にいる。


 マッシモと呼ばれたその男とソリオンの目が合う。

 

「この前の子ども。何でここにいる?」

「一昨日はありがとうございました。この店で働いてます」

「ここでか!? てっきり、魔物を狩ってるんだと思ってたが」


 横にいたレビがソリオンをたしなめる。


「静かにおし! 今はそれどころじゃないよ]


 ソリオンはレビの一喝に気圧される。


「時間は? どれくらい経ってる? 刺された量も合わせて、教えな」


「時間は20,30分って所だ。絞めが甘かったんだ。解体中にクロ−リが息を吹き返して刺された。量は正直わからん」


「フンッ。魔物の生き死にも確認せず、解体を始める間抜けがいるとはね。あんたの教育不足だよ、マッシモ」


「そんなことは、言われでんでも分かってる!」


 マッシモは、白髪ばかりの刈り上がった頭をかき、バツが悪そうだ。


「だが、いいのかい? 狩人ギルドはペトルッチ薬工店と提携していはずだろ。ペトルッチ薬工店へ行かず、ウチなんかに来たら、あんたの立場も悪くなるだろ」


「当然、解毒剤をすぐに貰って飲ませた。だが、一向に良くならないどころか、どんどん悪くなってやがる。それを伝えても、飲ませ方が悪いって、聞く耳なんか持ちやしない」


「相変わらずだね。あそこは」


 レビは心底うんざりしているようだ。


「このままだと、あいつは死んじまう! 頼む! レビ! あんたの薬なら信頼できる!」

「うっさいね。クロ−リの毒に効く薬なら、常備してるから持っていきな。どうせ、金も持たずにが飛び出してきたんだろ。 ツケといてやるよ」

「すまん!恩に着る!」


 マッシモは胸をなでおろす。

 レビはネヘミヤへ言って、薬を包ませる。


「ペトルッチ薬工店というお店は、何の毒と間違えたんですかね?」

 

 ソリオンがつぶやく様に言う。


「どういう意味だい?」

 

 レビの目が一層細くなり、ソリオンを見定める。


「クロ−リって魔物は知りません。でも、おそらくこの辺りにいる魔物なんですよね? 普通に考えて、効かない薬を与えるなんて、あえりないと思うんですが」

「…‥。一理あるさね。あそこは思い上がった商売をしちゃいるが、腕は悪くない」

「そんな推理は後でやってくれ! ウチの若いのが死にかけるんだ!」


 レビが何かを考えている。


「ソリオン、あんた。<系譜>も<病魔耐性>も持ってるってことは、"膂力りょりょくの魔力"も人並み以上に強いだろう。ちょっと走って、症状を見てきてくれないかい?」


「時間が無いんですよね。僕が見ても、症状とかはよくわからないと思うんですが」


「あたしゃ、こんな歳だ。早く走るなんて無理さね。それに、あんたの前世は稀代の名医だ。ほんの一握りだが、魂にまで刻まれた記憶は、無意識の下に眠ってるのさ。さっきの薬草の知識もそうさ。きっかけがありゃ湧き出てくるかもしれない」


「……わかりました。できる限り詳しく見てきます」


 ソリオンは複雑な気持ちになるが、この際、その気持ちは隅に追いやる。

 入り口の近くにいるマッシモの横を通り過ぎると、一呼吸置き、全力で床を踏む。


「すごっ」

 

 ネヘミヤの声が漏れる。

 強く踏み込んみ、子どもとは思えない程の速度では走り始める。

 足で蹴る度、ソリオンの体が前へ前へと押し出されていく。


(イチが居ないと、やっぱり遅い。時間が無いかもしれないのに)


 ソリオンは更にスピード上げようとするが、人を避けるながらでは限界がある。

 軒に並んだ家の壁に向かて、力一杯飛び、さらに壁を蹴り上がる。

 屋根を超えると、そのまま屋根伝いで走り始める。


(……なんか見られている気がする)


 昨日のレビの店へ向かう辺りからだろうか、どうも誰かに見られてる様に感じる。

 視線を振り切るように、更にスピードを上げると、すぐに無骨な建物が見えてくる。


「狩人ギルドだ」


 屋根から飛び降りるように狩猟ギルドの入り口へと向かう。

 ちょうど入り口から出てきたハンターの近くへと降り立つ。


「うわっ! なんで上から!?」

「すみません。急いでまして」


 挨拶もそこそこに、中へと入る。

 一昨日とは違い、酒を飲んでいる者はいない。


「この前の坊やじゃない。今日も魔物狩ってきたの?」

 

 前と同じようにショートボブの女性がカウンターに座っている。

 今日は気だるそうではなく、気もそぞろという様子だ。


「いえ、今日はレビ薬工店の使いできました。毒にかかった人はどこにいますか?」

「レビ薬工店!?」

「時間がありません。早くしてください」

「……わかったわ」


 カウンターの奥へと進み、階段を登る。

 2階の廊下の突き当りの右の部屋に、男性が寝かされている。

 男性の周りには、数人のギルド職員と思われる人がアタフタしながら、看病している。


「レビ薬工店の使いが来たわ」

「マッシモさんが薬を貰ってきてくれたのか!」

 

 職員が嬉しそうに振り向き、ソリオンを見る。


「子ども? いや、何でもいい。薬をこっちへ」

「薬はマッシモさんが持ってきてます」

「どういうことだ!? 薬を持ってきてくれたんじゃないのか!?」

「少し気になることがありまして、一足先に症状だけ見に来ました」


 困惑する職員を横目に、ソリオンはベッドで横にになっている職員を観察する。


(意識はなく、呼吸が浅い。気管が腫れているのか)


 さらに服の胸元をあけ、胸や頸部を確認していく。


(血圧も下がっている。排泄物も出した後がある)


 更に肩の傷口を見ると、針で刺された様な後がある。


(傷口はそこまで腫れていない。浮腫はなく、血中酸素濃度低下もひどくはなさそうだ)


 ソリオンはなぜか確認べきことが、次々と頭に浮かんでくる。


「すみません。この方は本当に毒針に刺されたんでしょうか?」

「ああ、クロ−リに刺された所を確かに見た。だがハンターの話じゃ、クローリの毒はもう抜けていたはずなんだ」

「では、近くに他の毒などはありませんでしたか?」

「クロ−リの前に、グリゴラ毒爪を持つイタチを処理してたが、グリゴラの毒はこんな症状はでないぞ」


 ソリオンは意識のない男の手先を、注意深く観察する。

 左手の親指に、小さな切り傷がある。


(何だろう。すごく嫌な感じだ。胸がざわつく)


「わかりました。急いでいるので、申し訳ありません」


 そう言うと、窓をあけ、2階から出ていく。


「おい!」


 狩猟ギルドの職員の声が聞こえるが、無視し隣の家の屋根伝いに、レビ薬工房へと急いで戻る。


「レビさん、戻りました」


 すでにマッシモは店にはいない。

 レビは店と工房の間の上がり框に腰掛けている。 


「要点だけいいな」

「すでに意識はなく、気管が腫れて、血圧の低下が見られました。傷口はありましたが、大量の毒が入ったとは思えません。そして、直前にグリゴラを扱っていたそうです。左手の親指には切り傷がありました」


 レビは眉一つ動かさず、ソリオンを見る。


「そうかい。なんらかの持病の可能性もあるが、おそらく、グリゴラの毒による急性アレルギー反応。アナフィラキシーショックだね」

「アレルギー…」

「2番の棚にある弛緩用の針薬を持っていきな。すでに40分は経ってる! いつ心臓が停止してもおかしくないよ!」


 ソリオンは、爪楊枝つまようじのように針型に固められた薬を手に取る。

 踵をかえすように再度、狩人ギルドへと戻る。


(急がないと! 心臓が止まったら薬は効かなくなる!)


 ソリオン自身の記憶ではなく、思い返す事もできない知識が、必要なときだけ頭の中にスッと湧いてくるという経験にひどく違和感覚える。


 先程、飛び出した狩人ギルドの窓枠へと飛び移る。

 中では白髪あたまのマッシモが、意識のない男へ針薬を打った直後のようだ。


「マッシモさん」

「お前、どこから入ってきてんだ!」

「すみません。急いでたもので」

「まあ、いい。今、ちょうど薬を打った所だ」

「おそらく、それは効きません」


 マッシモは信じられないとばかりに、目を見開く。


「そんなバカな。これは解毒剤だろ!」

 

 ソリオンは返事する時間も惜しみ、心拍を測る。


(大分弱くなっているけど、止まってないない)


 持ってきた針薬を、包んだ紙から取り出して、二の腕へと刺し込み、体の中へと完全に埋める。


 投薬をした後、しばらく様子を見守る。

 定期的に脈拍を計測していくが、徐々に心拍もはっきりしてきたようだ。

 少しだけだが気管も広がっており、呼吸も安定してきた。


「おそらく、もう大丈夫だと思います。後は<癒士>に経過を見てもらってください」


 血色が明らかに良くなっている様子をみて、マッシモも受付の女性も緊張感が解けるように、近くにある椅子に座り込む。


「何の薬を打ってくれたのか、わからんが助かった。恩に着る」

「アレルギー反応が起きていたようです。おそらくグリゴラの毒が少しだけ体内に入ってしまったために起きたんだと思います」

「……そうか。だが、本当に助かった」


 マッシモは安堵しているが、努めて冷静にソリオンへ礼を述べる。

 そして右手を差し出し、握手を求めてくる。

 ソリオンは握手に応じる。


「マッシモだ。この狩人ギルドのだ」

「ソリオンと言います。ギルド長だったんですね」

「普段は解体ばっかりやってるからな」

「いえ、今後ともよろしくお願いいたします」


 ソリオンは笑顔になる。

 魔物図鑑を埋めるために、きっと良い出会いであると確信に近いものがあった。

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