停滞

「使える武器がないか、探そう」


 邪鳥に閉じ込められて、おそらく丸二日以上経っただろう。

 太陽が見えない為、正確ではないが、相当の時間が経った事は分かる。


 邪鳥は一向に去る気配はない。


 ブリースは系統樹の小枝に寄りかかり、退屈そうにしている。


「使える武器なんてあるの?」


「わからないけど、あるかもしれないだろ」


 周囲に落ちているボロボロの剣を手に取る。

 そして魔力を流してみる。


 だが、魔力が全く流れない。


「魔力が流れないな。無理やり流したらどうなるんだろ」


 ソリオンは魔力を無理やり込める。

 すると、魔力に耐えきれず、剣の刀身に亀裂が入ってしまった。

 この状態では、一振りすら出来ないだろう。


「ダメだ。武器として死んでる」


 他にも形が残っている武器を手に取り、試していくがどれも似たようなものだった。


「これもダメか」


 柄に大きな亀裂が入った槍を捨てる。

 次の武器を探していると、鈍い光りが目に入る。


(何かある)


 光を見えた方へ向かうと、朽ちかけた鎧や外套の残骸がある。

 よく見ると、その下から剣の切先きっさきのぞいていた。

 丁寧に残骸を退かしていくと、見覚えのある武器が目に入る。


「これは…、レビさんの恋人が使っていた剣」


 <剣士>が使う大剣ではく、二回りほど小振りの片刃剣。

 小振りとは言え、あくまでこの世界の基準だ。

 1mほどありそうな漆黒の刀身の損傷は、ほとんど見られない。


 ソリオンはその剣を手に取る。

 そして、魔力を流す。


「……ダメか。魔力が馴染まない」


 外見上、問題なくとも、武器としての何かが壊れてしまっている。


(…一応、取っておくか)


 以前、見た魂の記憶もあり、無理やり魔力を流し込み、破壊してしまうことに抵抗感を感じてしまった。


 そして、更に見覚えがある両刃の直剣が目に留まる。

 先程の剣と同様に、鎧の残骸が、剣の一部を覆っている。

 だが、鈍い緋色の刀身は忘れようが無い。


「こっちは、レビさんの仲間が持っていた剣」


 魂の記憶が見れたということは、分霊に失敗し、魂を取られた事を意味している。

 

(2人目の人も、やっぱり亡くなってた)


 2本目の剣も拾い、試してみるが、やはり使えない。

 むしろ2本目の方が魔力の馴染みが悪く、酷い損傷があるのではないか、と思えるほどだ。


 その後、形が残る武器を試していくが、どれも使えない。

 一度も使ったことのない、弓やついも試したが全て失敗した。


「やっぱり全部ダメか」


 深い溜め息が出てくる。

 その様子をブリースがからかうような表情で見下ろす。


「ここは魔力溜まりよ。持ち主の魔力が流れていない状態だと、魔力回路が直ぐに壊れるよ」


「仕方ないか」


 ソリオンはそう言って系統樹の周りを飛ぶ、雷を纏う邪鳥を見る。


「例え武器があっても、Eの従魔だけで、D級の変異個体に挑むのは無謀なんじゃない?」


「……確かに」


 系統樹に新たなD級の魔物が実るまで、待つことになるかもしれない。

 それがいつになるのか、予測もつかない。


 ソリオンは天井に空いた穴を見る。

 地下1階の床が崩落し、地下2階の天井に小さな穴が空いている。


「ブリース、あそこから飛んで出て、助けを呼んで来れない?」


「無理。この系統樹の下から出たら、私が食べられちゃう」


「そうか……」


 ソリオン2本の剣を横に置き、座る。


(今は待つしか無いか……)


 ソリオンは静かに、魔力を練り始める。




 −−−− 6日経過


「一度、戦いを試そう」


 全く進展しない状況に焦りを覚える。

 ソリオンは従魔達に命じて、戦いの支度をする。


 ブリースが呆れながら、声を掛ける。


「止めておいたら? 無手の体術なんか使えないでしょ?」


「使えない。だから、イチ達の支援に徹する」


「そう、あんまり無理しすぎないように」


 ソリオンは何も言わず、イチへまたがる。


「ニー、距離を確保して、錯乱と火球で牽制して。サンは僕の近くに」


 イチは駆け出し、系統樹の下を出る。

 その瞬間、雷を纏う邪鳥は、狂気に近い鳴き声を上げる。


(やっと食えるとでも思っているのか)


 邪鳥の体に流れる電流がバチバチという放電音を立てながら、魔力と共に強くなっていく。

 そして、目をつむりたくなくほどの光が放たれた瞬間、爆音が鳴り響く。


 放たれた雷が1つ、ソリオンの近くへと落ちる。


(あまり命中精度は高くなさそうだな)


 再び、さきほどまで邪鳥が居た所を確認すると


(どこへ行った?)


 邪鳥は直ぐに見つかった。

 というより、嫌でも目にはいったのだ。なぜなら、雷が落ちた場所に邪鳥が居たから。


(何が起きた!?)


 まるで瞬間移動のような跳躍だ。

 邪鳥が放電しながら、ソリオンへと掴みかかってくる。


「イチ、冷脚だ!」


 冷気を放ちながらイチが邪鳥を迎え撃つ。


 ソリオンを乗せたイチが立ち上がり、襲いかかる邪鳥を迎え撃つ。

 しかし、体が触れる前に、凄まじい電撃がソリオンとイチを襲う。


 脳天から背中へくいでも打ち込まれたような衝撃が走る。

 同時に全身の筋肉が収縮し、体中の自由が奪われる。

 

 邪鳥が動けなくなったイチを大きな爪で掴む。


 更に強力な雷撃がソリオン達を襲う。

 体中から煙が立ち昇る。


 その時、サンが毒泡を纏って、背中から邪鳥へと攻撃を仕掛ける。

 だが、同様に雷を浴び、全身を痙攣けいれんさせて攻撃が止まる。


 邪鳥がゆっくりとくちばしを開け、雷撃により動けなくなっているソリオンを飲み込もうとしている。

 舌がソリオンの頬をなめる。


 直後、火球が邪鳥に命中し、周囲に火の粉が上がる。

 咄嗟とっさに爪を離した邪鳥が、距離を置き、火炎弾の出処を探る。


 旋回するように、ニーが錯乱印を向けながら邪鳥の気を引きつけていく。

 次第に、邪鳥の瞳が狂気を帯びていき、辺り構わず放電を放つ。


「……イチ、今のうちに木の下へ」


 ソリオンの体は、まだうまく動かない。

 体内から炎でいぶされたように感じる。


(体の中へ、直接ダメージを叩き込んできた)


 ソリオンは魔力をイチへ込め、優先的に回復させる。

 再生により回復したイチが、動けないサンを咥え、引きずりながら木の下へと入ってくる。


 ニーもそれを見届け、素早く、樹の下へと逃げ込む。


 その後も邪鳥の錯乱状態はしばらく続き、所構わず雷を放ち続けている。

 

「……雷に乗って移動できるのか」


 時折、放った雷が落ちた場所へと瞬間移動でもしたかのような疾さで飛ぶ時がある。


「参ったな。凄まじく速い上に、近づいたら電撃で動けないなんて、どうすればいいんだ」


 先程の戦いでは、魔物を倒すこともちろん、やり過ごしながら、入り口を掘ることさえ難しそうだ。




 −−−− 11日経過


「クソッ! いつになったら、消えてくれるんだ!」


 焦りより苛立ちの方が強くなってくる。

 一向に消え去らない邪鳥をにらみつける。


 従魔達の<特技>構成を遠距離主体に切り替えて、木の下から攻撃を繰り返した。


 だが、格上の相手だ。

 大半は避けられ、僅かばかり当たったところで、ダメージらしいものは与えられない。



「早く、消えてくれ!!」



 −−−− 17日経過

 ソリオンはただ邪鳥を睨みつけている。

 叫ぶことも止めた。


 少しの変化が生まれた。

 系統樹に小さなD級と思われる魔物が実ったのだ。


 だが、実は小さく、成長にはまだまだ時間がかかりそう。

 ここ2、3日はその実が早く育ち、落ちてくる瞬間のことばかり考えている。


「……早く」


 全くする事がない上に、<不眠不休>により、寝て過ごすこともできない。


 ここに閉じ込められて以来、大半を魔力操作の練習に当てていた。

 魔力だまりである系統樹周辺は魔力が練りにくい。

 だが、いざという時に魔力が上手く使えないと困る。


 そのうえ、イチ達が系統樹の下では魔物と戦いたがらない。

 分霊のときには、戦ってくれたが、何か特別な条件でもあるのかもしれない。


 生まれたてとは言え、ソリオンは武器もなく無手でD級の魔物と戦う必要がある。


 ひたすら魔力を練り、武器がなくても攻撃に使える唯一の<特技>である<力作用>を放ち、複雑な動きを練習していく。


「……もっと早く」




 −−−− 24日経過


 D級の実は一向に大きくならない。

 もしかしたら年単位で掛かるのではとすら思える。


 実を見ることを止めた。

 ソリオンは伸びてきた爪を噛む。


「なんで…僕を襲ってきたんだ。あのハンターたちは」


 ここ数日は、あの入り口を爆弾で塞いだハンター達のことばかり考えている。

 更に爪を噛む。


「あいつらが入り口を塞ぐような事をしなければ……」


 この状況を作った直接的な原因であるハンター達への恨みが募る。


 恨み節と共に、何千回も放った<力作用>を使い、朽ちかけた剣を掴み投擲する。

 剣が岩に当たりバラバラに砕ける。


「ここから出たら絶対に捕まえてやる」




 −−−− 33日経過


「クソッ! あいつは変異個体でもD級。あの光の球で捕まえられるのに」


 不審そうにブリースが近づく。


「何言ってるの、ニーがいると無理でしょ。大丈夫? <精神遮断>があるから狂うことはないと思うけど」


「分かってるよ! もしもの話だよ」


 ソリオンはすぐ隣にいるコンコルド姿のニーを見る。

 ニーの頭を撫でる。

 そして、ニーの首を触る。


(ここを握り潰せば)


 ニーが不思議そうにソリオンを見てくる。


 はたと我に返り、ソリオンは酷い罪悪感を覚える。

 長く自分と共に、命を掛けて戦ってくれたニーを、一瞬でも自分のために殺めることを考えてしまった。


(……僕は…最低だ)


 落ち込むソリオンをニーが羽を広げ、包むようにソリオンを抱きしめる。


 ソリオンは嫌でも前世の事を思い出してしまう。

 何もない散らかる部屋に1人過ごした日々。家族からも職からも逃げて引きこもった小さな部屋。

 

 あの部屋は、物理的には出ようと思えば、いつも出ることが出来た。

 だが、なぜか、とても似ていると思えてならない。


 閉じ込められて、出られない場所。

 少しの安心と引き換えに、大きな不安と恐怖がつきまとう所でもある。


 思え返せば、思い返す程、最悪の気分になっていく。


 ソリオンは自らの拳を見る。

 ダトとの約束を思い出す。

 

 そして、赤髪の少女との約束も。


(今回は、このまま死ぬつもりはないよ)




 −−−− 42日経過


「ソリオン、見て。3つ目のD級の魔物が実ってる」


「本当!? 見せて!」


 ソリオンは<力作用>を用いた魔力操作の練習を中断して、木を登る。

 悪獣が実る枝の先端には、小さな実が出来ていた。


「ね? ちゃんと生えているでしょ」


 たしかにD級の実がなっている。

 その実を見ながらブリースへ話しかける。


「ねえ、ブリース」


「何?」


「もし、このまま出られなかったらブリースはどうする?」


「そんな訳ないでしょ。D級の魔物を魔物図鑑へ登録できれば、勝つ見込みあるでしょ」


「それが10年後なら?」


「もう3つもD級の魔物が実ってる。長くて半年。そんなに掛かるわけない」


「半年か。母さんとイースに心配かけちゃうな。その間、<特技>の練習でもしておくかな」


「そうね、魔力が多いに越したことはない」


「あ! 自分でこの武器に<付与>を加えて、蘇らせてもいいかもしれない」


 ソリオンはレビの元パーティメンバーだった2人の剣を腰にかけている。


「それは、無理。<付術士>が使える<特技>がないと複雑な魔力回路は刻めないから」


「そっか、残念」


 そう言って、太い枝の上に仰向あおむけで寝ころぶ。

 天井の割れ目を眺めてる。


「空を飛ぶ<特技>とか無いかな」


 ブリースが寝ころんでいるソリオンのもとへと飛んでくる。


「在るよ。長いこと誰も習得していないから、消えてるかもしれないけど」


「消える?」


「<特技>は記憶そのものだからね。誰にも思い出されないと、そのまま消えてしまう。今まで、多くの<特技>が生まれたけど、時代によって使われなくなったものは、消えていった」


「そうか。なら、僕が思い出してあげれると、いいんだけどな。忘れられるのは寂しいから」


 ソリオンは、孤独に過ごした前世の終盤を、再び思い出す。

 世界と切り離され、無為に過ごしていた日々。

 いや、正確には自ら切り離した。あまりに辛い事が起きてしまい、なにかに向き合うこと疲れ切ってしまっていた。立ち上がる気力も残らないほど。

 

 だが、1人は、寂しくてたまらなかった。

 自分以外のすべての人が、未来に進んでいるように感じていた。


 ブリースは少し意外そうな顔をして笑う。


「あなたのそういう所、バカみたいで好きよ」


「バカって、なんだよ?」


 ブリースはけらけらと笑っている。

 そして、なぜかソリオンも可笑しくなって、一緒に笑い始める。


 地下2階に2人の笑い声が響く。

 すると、突然、上の割れ目から人の声がする。


「まさか、 本当に生きてたとはな!」


 一瞬、勘違いかと思ったが、再び声が掛かる。


「ソリオン! 無事か!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る