再起

 マッシモの声だ。

 それ程時間は経っていないにも関わらず、すごく懐かしく思う。

 自分とブリース以外の声を久々に聞いた。


「マッシモさん! ここです!」


「驚いたな、レビ! お前の言ったとおりだ!」


「こっちに武器を見せるんじゃないよ。何回言えばわかるんだい」


「ああ、すまん」


 姿は見えないが、声がはっきりと聞こえてくる。

 どうやらマッシモ、レビ、数人のハンター達で探索に来てくれたようだ。


「レビさん、どうして…」


 ソリオンはレビの忠告を無視して、この場にやってきた。

 <昇級>は達成できたが、レビを裏切ったと思っていた。


「ソリオン、なぜ地下1階まで上がってこない!?」


 マッシモが大声で話かける。


「地下2階の出入り口が爆破されて、ふさがれてます。あとD級の変異個体もここに居るので瓦礫がれきを退かせません」


 マッシモが叫び声に近い声をあげる。


「D級の変異個体ってことはC級相当か! こりゃあ、騎兵団で組織を作って対応してもらわないとな」


「マッシモさん、何でも良いので武器を下さい。武器が駄目になってしまいました」


「分かった。俺の予備の斧を下に投げるぞ!」


 マッシモは大きめの斧を割れ目から、下へと放り投げる。

 すると、邪鳥が独特の放電音を鳴り響かせて近寄り、落下する斧に向かって放電を放つ。


 再び、マッシモが大きな声を上げる。


「あれは、レテプルミスか!」


 斧は大量の電気を浴びた後、煙をあげながら地面へと落ちる。

 地面に刺さった斧はわずかに電気を帯びているようだ。

 

 ソリオンが手に取り、魔力を注ぎ込む。

 だが、一向に魔力が流れない。


「マッシモさん、駄目です。魔力が流れません」


「魔力回路が吹き飛ばされちまったようだな」


 ブリースがソリオンの横でつぶやく。


「魔物は階級が高いほど知能が高くなる。D級ともなると人の意図を読み取るから、いくら、武器を投げ入れてもらっても、撃ち落とされると思う」


「やっぱりダメか」


 マッシモが声を掛ける。


「一度、地下2階へ向かうトンネルの状況を確認してくる」


「わかりました」


 すると、マッシモたちの影が消える。

 影が見えなくなっただけで、胸の中に不安が立ち込める。


 しばらくしてから、再び、上の割れ目からマッシモの声が響く。


「ソリオン、トンネルを確認してきた。こっちから掘ると、土の運び出しに、時間がかかりすぎる。もうしばらく待てるか!?」


(まだ出られないのか…)

 

 ソリオンの顔から疲労感と失望が見てとれる。 

 仕方のない事と、自分を納得させる。


「……大丈夫だと思います。G級の魔物は、武器が無くても狩れますので」


 すると次はレビが声を掛けてきた。


「あんたなら、あの瓦礫は退かせるのかい?」


 レビの声を聞きと、嬉しくなる。


「わかりませんが、無理やりどかせるだけなら、時間があればできると思います」


「そうかい」

 

 上が急に騒がしくなる。

 そして、次の瞬間、マッシモの緊張感を帯びた声が聞こえてくる。

 

「レビ! 止めろ!」


 上の割れ目から何かが落ちてくる。

 斧ではない、もっと大きなものだ。


 ソリオンは自分の目を疑った。


「え?」


 レビは割れ目からのだ。

 何が起きたのか分からない。


 そして、ソリオンの視界の端に不穏なものが映る。

 落ちているレビへ、邪鳥が放電しながら、一直線に向かっている。


「レビさん、危ない!!」


 邪鳥は、落ちるレビに向かって放電を放つ。

 空中では逃げ場はない。


 それ以前に、人が飛び降りて、無事でいられる高さではない。


 レビの手には杖のようなものが握られている。

 電撃がレビへ到達するかという時に、その杖を雷撃に向ける。杖に魔力を込められると、傘の様に開かれる。


 傘はレビの体をすっぽり覆うほどの大きさだ。


(あの傘はなんだ!?)


 傘にあたった雷はレビに触れることなく、四散する。


「すごい…」


 雷を防ぎ、加速度的に落下スピードあげていくレビ。

 邪鳥が追うが、間に合わない。


 だが、このスピードで地面に激突しては、次は体が四散するだろう。


 レビは系統樹に上部に差し掛かった辺りで、傘をパラシュートに掲げる。

 すると、不自然な程ゆっくりと落下しはじめた。

 ゆらゆらと花びらでも落ちているかのようだ。


(傘の下から風が出てるのか……)


 レビはスッと地面に降り立ち、まるで雨宿りにでも少し立ち寄ったかのように、落ち着いて傘をたたむ。


「全く、世話の掛かるさね」


「レビさん……」


「どうしたんだい、珍しくしおらしいね」


「すみませんでした」


 レビがダンジョンの地下2階へ行くことを止めた理由を理解していた。

 その思いを踏みにじったことを、まず謝りたかった。


 レビは軽くため息をつく。


「いいさね。それよりも、その剣」


「拾いました。レビさんの仲間の武器ですよね」


「なんでそれを知ってるんだい…」


「魂の記憶を見ましたから」


 レビの目が見開く。


「まさか、分霊を乗り越えたのかい?」


「ええ、ギリギリでしたけどね」


 レビは信じられないといった表情だ。


「まったく、なんて子だい。度胸と覚悟はあると思ってが、ここまでとはね」


 レビの表情には、なぜか誇らしさと嬉しさに似たものが浮かんでいる。


「だけど、その剣は見えない所にしまっておくれ。その武器を見ると、どうしても、死なせてしまった仲間を思い出すんでね」


 レビは目を背けながら、腕についた古傷を擦っている。


「あ、すみません」


 ソリオンは武器を岩陰に置いき、レビの所まで戻る。


「レビさん。僕が生きてるって、よく分かりましたね」


 レビは深い溜め息をつく。


「ここ一ヶ月ほど、エーエンの森で魔物が激減してね。こんな異常事態、あんたが絡んでないわけないさね」


 ソリオンは信じられない気持ちと、込み上げてくる嬉さが隠しきれず、笑顔になる。

 魔物の数が減った。

 そんな不確かな可能性のために、ダンジョンまで探しに来てくれたのだ。

 

「地下2階の出入り口が塞がれて、生まれた魔物は、全部アレに食べられてますからね」


 ソリオンは上を飛ぶ、邪鳥を指差す。


「そのようだね。マッシモを叩き起こして、無理やり連れてきたんだよ。なのに、ダンジョンなのに魔物なんてほとんど居やしない。その上、心配して来てやったら、あんたの笑い声が聞こえてきたさね。こんなことなら、後1年位ここにいりゃいいのさ」


 ソリオンは恥ずかしそうに頭を掻く。


「いや、さっきのはたまたまで」


「まあ、いいさね。それより、上から土砂を運び出すとなると、早くて数ヶ月、長けりゃ1年だ。あんたには時間がない。こんな所で道草食ってる場合じゃないだろ」


 レビは以前から<精神遮断>の影響で、ソリオンが生きる屍になることを心配していた。


「助けに来ていただいて、ありがとうございます」


 ソリオンは嬉しさのあまり、レビの手を取る。


「仕方ない子だね。全く。あんたには大きいがあるさね。一度だけ助けてやるよ」


 レビは恥ずかしそうに、ソリオンを手を引き剥がす。


「私が囮になるさね。その間に土砂をどけて、逃げな」


 ソリオンの顔が曇る。


「レビさんは、どうやって逃げるですか?」


「あんたが穴を掘ってくれりゃ、いつか魔物も外に出るだろ。その後、ゆっくり出るさね」


 おそらくレビが持つ傘は、<付与>を応用し、防御に特化している防具の一種だろう。

 つまり、攻撃手段無く、あの魔物を相手にするということだ。

 自殺行為だ。


 だが、レビの意思の強さは知っている。

 一度やると言ったのなら、やるだろう


 ソリオンは意を決したように、レビへと話しかける。


「……レビさん、提案があります」


 ソリオンは先程、岩陰に隠した2本の剣を再び手に取る。


「剣を直してくれませんか?」


 レビは、咄嗟とっさに目を閉じ、顔を背ける。

 その肩は小さく震えている。


「できない。私はもう武器の<付与>はやらないと決めたんだ」


「なぜですか? 魂の記憶で見たこの剣は、本当に素晴らしかった」


 震えながら、うずくまる。


「その剣が2人を殺したのさ。私が<付与>した剣が悪かったんだよ。……きっと2人は、私を恨んでいるさね」


「レビさん、あなたのせいでは、ありません」


「いいや。私が魔工式の剣なんざ、勧めたからだよ」


 以前、ネヘミヤが魔導式と魔工式について話していた事を思い出す。


「魔工式とは何なんですか?」


「魔工式は自分の魔力だけで振るう武器さ。上級者の武器は、魔導式が主流だ。魔導式は自分の魔力と魔獣石から得られる魔力を使って、武器を振るうのさ」


「僕の武器は、そうではありませんでしたが」


「初心者向けは大体、魔工式。自分の魔力もろくに扱えないうちから魔獣石の力を借りちまうと、腕が伸びないからね。……昔の私は、上級者も魔工式にするべきだと考えていたんだよ。力量向上に武器がついていかないからね」


「魔導式だと、ダメなんですか?」


「ダメということはないさね。自分の魔力以外を、魔力回路で無理やり引き出すんだ。出力は上がるが、自分の魔力ほど、上手く操ることができないのさ」


 ソリオンは怪訝けげんな表情だ。


「操作できない魔力を武器へ込めるんですか? 本当に、そんなので戦えるんですか?」


「お前さんは魔力量が多いから気にしないんだろうね……。普通は上手く扱えなくても、大きな魔力で戦いたがるんだよ。そっちの方が手っ取り早く威力がでるからね」


「いや、でも」


 レビはソリオンの反応を待たず話し始める。


「私もそう考えていた。だから、……2人へ魔工式の武器を勧めた。自分が魔力回路を作ってやるってね。おごってたんだよ。自分の魔力回路こそが、最良なんだってね。だけど、その結果……大切な人を死なせてしまったさね」


 レビの表情に沈痛と後悔の念が浮かぶ。


「2人とも、死に際、私を恨んだろうね……。最低な武器を持たせた、私を」


 ソリオンは目を背けるレビのすぐ近くまで行く。


「お二人の記憶を見ました。2人ともレビさんとの別れの瞬間でした。貴方を恨んでいたら、それが大切な記憶として残るわけありません」


「……それは後悔さね」


「いいえ、後悔でもありません。この2つの剣の上には、鎧や外套がいとうの残骸がありました」


「それが何なんだい」


 レビの震えが少しだけ止まる。


「分霊を経験した僕にはわかります。この人達は、この折れない剣を最期まで信頼してたんですよ」


 レビが目を少し開け、ソリオンを見る。


「どういうことだい」


「わかりませんか。亡くなった時、剣が体の下敷きになったということです。つまり、最期の瞬間まで、相手に向けて剣を構えていたということです。信頼していない、恨んでいる相手の剣を、死ぬまで握りしめて敵と相対あいたいするなんて、ありえません」


「……」


 レビは何も言わず、じっとソリオンを見つめる。

 そして、ソリオンが両手に持つ剣へと目を移す。


 その目には恐怖と後悔が揺らめいているが、それ以外の感情があるように思う。

 まるで昔の思い出を1ページずつ、ゆっくり確認しているような、静かな時間が流れていく。


 ソリオンは何も言わず、ただただ待ち続ける。


 怯えていたレビが、震えながらも立ち上がり、2つの剣を指先で撫でる。


「……私は後悔してたさね。ずっと2人を死なせてしまったってね。きっと2人は恨みながら、死んでいったって」


 レビは再び傷を擦る。


「だから、兄を殺されたと逆上したノエミに切りつけられた、傷痕きずあとすがったさね」


 ノエミはペトルッチ薬工店の店主。以前、兄を殺されたとレビを責めていた。


(あの傷は、ノエミに……)


 あの傷が、レビの心に傷を負わせたのではい。

 自らが作った武器が、仲間を死に追いやったと思い込み、自責の念が、心に傷を負わせていた。

 傷は、自らを罰してくれた、ある種のゆるしだったのだろう。


「レビさん、この剣に<付与>をしてくれませんか? 次は僕がこの剣を振るいます」


「ソリオン。次はお前さんが死んじまうよ」


「大丈夫ですよ。それに、あの2人の魂も貰っちゃったので、一緒に僕の夢に付き合ってもらいます」


 レビは何も言わない。

 震えるレビは、再び目を閉じながら、片刃の剣へ魔力を込めていく。


 武器の表面に、魔力で出来た電子回路のような複雑な模様と魔導時代の文字が浮かぶ。

 それが、武器のバイオマス鉱石へと次々に転写されていく。


 同じように、直刃の剣へも魔力を込める。

 一瞬だけ、レビが目を見開き、剣の様子を確認する。


「レビさん?どうしました?」


「……いや、なんでも無いさね」


 <付与>を終えたレビは、その場に座り込む。


「とりあえず、魔力が流れるようにしておいた。ここは魔力が強すぎる。応急処置で手一杯さね」


 ソリオンは2つの剣を左右にもつ。

 魔力を流すと、ずっと使ってきた得物えものかのように、魔力が刃の切先まで届き渡る。


 以前、使っていた短刀やほことは比べ物にならない。

 魔力を与えれば与えるほど、どこまでもソリオンの期待に答えてくれそうだ。


「十分過ぎます」


 レビは苦笑いを浮かべる。

 

「久々だからね。あんまり自信はないさね」


 右手に片刃の曲剣、左手に両刃の直剣を持つ。


「行ってきます」


 ソリオンはイチにまたがる。


「ニー、サンは木の下で待ってて」


 ソリオンはイチを常歩なみあしで歩くように走らせ、木の下へと出ていく。

 長い間、魔力の干渉が強い場所にいたソリオンは、久々に干渉を受けない場所で魔力を練る。


(なんだろう…。 魔力がすごく研ぎ澄まされてる)


 雷を纏う邪鳥が放電し、ソリオンの近くへ紫電を放つ。


 ソリオンは軽く息を吸い込み、剣に膨大な魔力を込める。

 <切断>を発動させると、同時に<力作用>で、近くへと手繰たぐり寄せる。


 そして、右腕に持った片刃の曲剣を、雷に沿わせるに剣を切り上げる。



 いかづちを切る。



 次の瞬間、雷に乗って移動してきた邪鳥が、血を吹き上げながら、ソリオンの横へと転げ落ちる。


 イチに軽く走らせ、邪鳥の正面へと向かう。

 邪鳥は、致命傷を負いながらも、なお足の爪で襲いかかる。


 ソリオンは冷静に、左腕に持った両刃の直剣にも魔力を込め、<刺突>を掛ける。

 

 剣を真っ直ぐに向ける。

 空を切るように放たれた突きは、そのまま邪鳥の胸をつらぬいた。


 胸に剣が突き刺さったまま、羽を激しくバタつかせ、大きな鳴き声を上げる。

 だが、数鳴きもしない内に、巨大な邪鳥は動かなくなった。



 その様子を見ていたレビが、呆れるように独りごちる。


「あんた、とんでもない子に取り込まれちまったね。そのまま、連れていってもらいな。あんた達が行きたかった所まで」


 笑顔のレビのほほを、涙が1つ伝っていった。

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