覚醒_1

「早く冷やさないと血が傷んじゃう。急ごう」


 体も力も大きくなったサンは大量のブルブラ白い猿の屍を抱えることができたため、川に漬けるのも、街へ持ち変えるのも非常に容易になった。

 四本の腕、胴体の上、尻尾を器用に使いながら、大量の魔物を一度に運べる。

 

 街の中に入る時には、オレンジのマントを羽織らせているにもかからわず、街に駐屯するの騎兵団が呼ばれ、身元を確認される騒ぎとなったが、顔を覚えていてくれた衛兵が証言してくれたため、事なきを得た。


 大通りを歩くと、通行人が自ら道を開けていく。


(大きめの魔物が、大量の死体を運んでれば、こうなるか)


 狩人ギルドが近くに見えてくると、一目を避けるように、裏口側へと回る。

 

「こんにちは! マッシモさんいますか?」


 職員の何人かが振り向く。

 E級の魔物を連れたソリオンを驚きの表情を眺める者もいるが、誰も声を出さない。

 ギルド長のマッシモさんや受付のカルロッタさんなどは普通に接してくれるが、それ以外の職員たちは距離を置いているようだ。

 理由は、<従魔士><操獣士>という<系譜>に由来することが分かっていたため、ソリオンも無理には距離を詰めないようにしている。


「おう! 随分な量だな。このイラ上半身が人型の蟲は新しい従魔か」


 ギルド長のマッシモが、奥から手ぬぐいで手を拭きながら出てくる。

 ブリースにも一瞬を目をやるが、ソリオンが魔物を連れているのは見慣れたためかあまり触れない。


「はい。サンが変化しました」


「サン? ああ、あのパレス針を持った鈴虫か。しかし、パレスがイラ上半身が人型の蟲に変わるなんて聞いたことないぞ」


「自分もよく分かってないんですが、魔獣石を食べさせた種族の魔物に姿を変えられるんですよ」


「<従魔士>か<操獣士>のどちらの<特技スキル>か知らんが、そいつはすごいな。さすが世界を相手に戦争を仕掛けた<系譜>だ」


「世界を相手に戦争?」


 マッシモは口が滑ったといわんばかりだ。

 

「教えて下さい。なぜこの<系譜>がそこまで嫌われているのか」


「知らんのか‥。てっきり知っているものだと思ったんだがな。詳しくは知らんが、古代史をかじったやつなら誰でも知っているくらいの話なら教えてやれる。」


 マッシモが手ぬぐいを近くに机に置く。

 大量のブルブラ白い猿を一体一体丁寧に確認しながら、太く低い声で落ち着いて話し始める。


「昔、魔導具の発達が極まった時代があった。今とは比べものにならないくらいにな。その時代、魔物はさしたる脅威ではなく、言葉通り、人はこの世界に君臨していたらしい」


「もしかして、それって魔導時代ですか?」


「聞いたことがあったか」


 魔物図鑑の文字は魔導時代の文字であることが分かっているが、魔導時代の歴史は全くソリオンは知らない。


「力を持て余したんだろうな。脅威を失った人は、2つの派閥に別れて、長い長い戦争を繰り広げていたらしい。戦争により魔導具が発達すると、更に大規模な戦争が起こる。そんな事を繰り返し続けた。今で言う1000年戦争だな」


「1000年!? そんなに争ったんですか!?」


「多少誇張してるようだが、長く争ったのは史実だ。だがある時、無秩序に2つの派閥へ戦争を仕掛けたやつらが表れた。<従魔士>、<操獣士>、<死霊術士>の徒党だ」


(確か3つともホクシー教が否定している<系譜>だっけ)


 ソリオンの横を飛ぶブリースが、かげりのある表情を浮かべている。

 何かを思い浮かべているようだが、いつものような口の軽さはない。


「どうしようもない戦争にもルールがある。だが、そのルールすら守られなかった。結果、混乱の最中、両派閥でおびただしい数の人が死んだらしい。戦況が激しくなると、三つ巴となり、2つの派閥が一次的に手を組むことで徒党は殲滅せんめつされた」


「なるほど。だから、未だに嫌われてるんですね」

「そうだろうな。だが、お前はお前だ。うちの若いのを救ってくれた」


 過去の経緯によって禍根かこんが残り続ける例など、ソリオンの元いた世界でもいくらでもあったことだ。


「ありがとうございます。少しでも<従魔士>と<操獣士>の印象をよくできるようにがんばります」

「ああ、ソリオンにはそっちの方が似合ってる」


 ブリースが何故か満足そうに笑っている。

 いつも通りだ。


 マッシモはブルブラ白い猿を数え終わると、ひざに手を当てながら立ち上がる。


「数が多いから、支払いは明日だな。ブルブラ白い猿は火属性持ちだ。期待してていいぞ」

「属性持ちだと価値が高いんですか?」

「そうだ。何かと使えるからな。だが、あんまり従魔に適当に喰わせるなよ。損傷が激しくて売りものにならんやつが、いくつか混じってたぞ」


(……きっと僕だ)


「あの、マッシモさん。<特技スキル>で、猛烈にお腹が空いたり、生肉を食べる様なものって聞いたことありますか?」

「よく知ってるな。それは<悪食あくじき>だ」

「悪食?」

「ああ。習得しちまうと、一生、血肉や雑草に飢えると聞いたことがある。そんなもの食ってたら、すぐに寄生虫や病原菌を取り込んじまって病気になるだろうがな」

「確かに……」


(あの時の食欲は<悪食あくじき>の影響か。<病魔耐性>もあるから、おそらく病気にはならいだろうけど)


「それがどうかしたか?」

「いえ。 なんとなく<特技スキル>を調べてて、気になっただけです」


 マッシモの眼光が鋭くなる。


「<特技スキル>は便利なもんだ。魔力は増えるし、できる事も増える。だが、世の中には<悪食あくじき>のように習得しちゃいけない<特技スキル>ってのが、いくつかある」

「他にもあるんですか?」

「<再生>や<精神遮断>なんかは有名だ。大罪人の始祖達によって生み出された」

「そうですか。始祖にも色んな人がいるんですね」

「世の中に害悪をばらまいたヤツ等だ。まあ、習得しようと思ってもできないことが大半だがな」

「害悪…」


 あの少年が少女を思っていた気持ちは、本物だったように思う。


(少女と似た境遇の子を救いたかったのか、それとも自らを迫害はくがいし、少女を死に追いやった世の中すべてを恨んでいたのか)


「色々教えていただき、ありがとうございます」


 ソリオンは、マッシモに挨拶を済ませると、帰路につく。

 


 昨日に引き続き、賢帝の涙の影響で、胸焼けや気持ち悪さが続いているため、早めに就寝することした。

 

 しかし、昨日と同じように、真夜中、目が覚めてしまう。

 窓の外は真っ暗だ。  

 無論、ブリースが窓を叩いているわけではない。

 

(お腹が減った…)


 強烈な空腹により目が覚めてしまったのだ。


「<悪食>、仕事し過ぎだな」

 

 台所で、干し肉を食べたり、水を大量に腹に詰めるが、全くかわきが満たされない。

 眠気よりも何よりも食欲。

 いや、正確には食欲ではない。微熱を帯びた血が滴る肉、摘んだばかりの雑草や木の皮を欲して止まないのだ。

 ソワソワし、苛立ちばかりが募る。


「何してんの?」

「ブリース、お腹が減っちゃって」

 

 ブリースが月夜に照らされて、ほのかに光りながら飛んでいる。


「血肉が欲しいんでしょ。 …行っちゃいなよ、エーエンの森へ」

「ダメだよ、こんな夜中に」

「なんで?」

「だって、夜にこっそり抜け出したら、母さんたちが心配する」

「起きるまでに帰って来ればいいんじゃないの。それに夜だけ、活動している魔物も多いし」

「夜行性の魔物もいるのか」


 ブリースがあでやかに微笑む。

 ソリオンは悩む。この世界に転生してきてから、夜中にこっそり抜け出したことなどない。

 だが、考えてみれば、ブリースの言っていることも間違ってないとも思える。


(魔物図鑑を集めるためには、いつか夜に行かないと行けない時が来る)


 いつか来るのであれば、今がタイミングなのではないか。

 寝不足になるなら、明日はレビでの仕事を終えた後に昼寝でもすればいい。

 飢える自分を満たすために、適当な理由で肯定してく。


 居ても立っていられず、部屋の窓から飛び降りる。

 イチたちも後に続く。

 従魔たちは昼寝もよくしているため、元々夜も寝ていないことも多い。


 重くなったイチを背負うと、一刻も早く欲を満たすため、凄まじい速度で走りエーエンの森を目指す。

 ニーが慌てて、頭に乗る。


(そうか。ニーは鳥目だから、夜は目がきかないのか)


 街道の様子は昼間とは全く異なる。

 雑木林は草木ではなく、真っ黒な塊のように見える。

 月明かり以外、全く明かりがない中、経験だけで進んでいく。


(見えた。森だ)


 エーエンの森へ飛び込むように入る。 

 そこには、いつものような慎重さなど微塵みじんもない。


(確かにこれは、習得しちゃいけない<特技スキル>だったかも)


 どこかで冷静な自分が辟易へきえきしている。

 後悔はするものの、そもそも取得する、しないなど選択肢などなかった。たまたま、生にくが口に入ったため、習得してしまった。


(でも、こんな簡単に習得できるなら、皆んな持ってるんじゃないかな)


 そう思って、あたりを見回すが、自分と同じような人間など見当たらない。


「来た」


 ブリースがつぶやくように言う。

 前を見ると木の上から何かがこちら側へ向かってくる。 


ベンター腹に口があるムササビか」


 皮膜を大きく広げて、飛びかかってくるベンターを、腹の口ごと鉾で一突きにする。

 以前は嫌悪感を持っていたベンターを腹の口も、今は欲してたまらないもののように思える。

 取り上げられていた食事にやっとありつけたかの様に、短剣で綺麗にさばき、切り取った肉を生のまま口に入れる。


 絵面として酷いものであるが、そこまで忌避感がないのは、ソリオンが日本で暮らしていたためだろう。

 肉も魚も生食の文化があった。

 流石に調味料もなく、屠殺した直後にむさぼり喰うなどはなかったが、生で食べること自体はそこまで違和感はなかった。


 口直しのように木の皮をむき、皮の下にある肌色かかった緑色の組織を削り取ると口に放り込む。


 先ほどまでの渇望が嘘のように落ち着いていく。


「ふう。やっと落ち着いた」


 落ち着くと逆に眠気が増してくる。


「早く帰ろう」


 森の外へと向かう方へ向く。 


「……帰れるといいね」


 ブリースが不穏なことを言う。

 サンが間髪を入れず、ソリオンを守るように、前に立つ。

 何かを警戒しているようだ。

 ソリオンも気持ちを切り替えて、鉾を構える。


 大きなものが音も立てずに、ソリオン達から離れたところを飛んでいる。

 ソリオンは矛を構えながら、目を凝らす。

 

 無音で飛ぶ何かは、月夜の光を浴びて辛うじて見える程度だ。


「フクロウ?」


 フクロウのように大きな目を持った薄黄色の鳥が飛んでいる。

 

(あんな魔物、マッシモさんから聞いてない)


 フクロウが羽を広げると、羽の内側に、薄黄色の表と全く異なる複雑な模様がある。

 幾つもの目のような斑点にも見える。

 薄暗いにもかかわらず、不気味に薄く光る羽の裏は、濃い青色であることがわかる。


 ソリオンが攻撃を予測して、注意深くがフクロウの魔物を見つめる。

 途端、意識が朦朧もうろうとしてくる。

 

 酒に深く酔ったかのように視界がグネグネとたわみ、平衡感覚も無くなっていく。

 自分が立っているのか、座っているのか、どの方向を向いているのかすら、わからない。

 手を動かそうとしたら、足が動く。足を動かそうとしてるのに、首が回るように、全身の統合が、思考力と共に失われていく。


 失われる意識ともに、映写機に投影されたかのようなシーンが頭の中に映し出される。



−−宮殿のような豪邸の隅で、綺羅きらびやかな服を着て、うずくまる少年


−−顔に大きなアザがあるメイド服の少女



 だが、全く何も分からないまま情景が崩れていく。

 気がつくと、先ほどの場所から少し離れた木のウロに頭を突っ込んだ状態で、目を覚ます。


「あれ? 僕は何をしてたんだ?」


 ブリースが近くで呆れ顔で見ている。

 どうやら小さな擦り傷はあるが、大きな外傷はないようだ。


「あんたが奇声を上げながら、走り回ったのよ」

「え? 奇声?」

「そうよ」


 草むらが揺れると、サンが出てくる。

 先程のフクロウに似た魔物の死体を抱えており、肩にはニーが止まっている。

 先程まではソリオンの頭の上に止まっていたはずだ。

 

「倒してくれたんだね。ありがとう」

「ギッ」

「ニー、とりあえずその魔物の魔獣石を食べてみて」

「ピィ」


 サンから手を離された先程の鳥の魔物はドサッという音を立てて、落ちる。

 ニーが倒した魔物の魔獣石を食べるのを待ち、魔物図鑑を確認する。


 ・系統 邪鳥

 ・種族 マグニ

 ・階級 E

 ・特技 <集音> <夜目> <錯乱印>


(……錯乱してたのか)

 

 そして、先程見た夢のようなものは、おそらく<特技スキル>に関わるものだ。

 今までと違い、かなり断片的な情報しかなかったが、感覚が似ている。


(何の特技スキル>だろう)


 ソリオンが思案に暮れていると、更に魔物が姿をあらわす。

 先程と同じ淡黄色のマグニ模様を持つフクロウだ。

 すでに翼を大きく開いており、羽の裏にある青黒い独特の目玉模様が視界に入る。


(まずい!)


 慌てて視界をふさぐが、既に見てしまった後だ。

 錯乱状態に備えるが、何も起こらない。


(ん? 何も起こらないぞ)


 細目を開けるが、何も起きない。

 羽の目玉模様を再度、見るがやはり何も起きない


 マグニ模様を持つフクロウも不思議そうにしている。

 翼を広げながらふわふわ飛んでいるフクロウへ、火を纏った何かが高速で向かっていく。


「イチ!」


 イチが、火を噴きながら輪転し、強力な体当たり仕掛ける。

 マグニ模様を持つフクロウは回避もできないまま、イチと共に吹き飛ぶ。


 巨木が大きく揺れ、イチがのめり込むように止まる。

 イチと巨木の間にはマグニ模様を持つフクロウが押しつぶされ、絶命してるようだ。


「よくやった」


 夜は視界も悪く、魔物の奇襲に備える必要があること分かった。

 急いで、魔物図鑑を魔力で生成し、マグニ模様を持つフクロウのページを開く。

 ニーに魔力を送り込み系統発生させる。


 ■ニー

 ・系統:邪鳥

 ・種族名:マグニ

 ・階級:E

 ・特技:<集音> <夜目> <錯乱印> <旋風>


 細かい<特技スキル>調整は後にし、夜で戦力外になっていたニーを戦力復帰させる。


 魔力を消費すると、<悪食>の影響でまた食欲が湧き出ていくる。


「本当に厄介な<特技スキル>だ」


 仕方なく、先程のマグニを短剣でさばき食べていく。

 すると先程までかなり減ってしまっていた魔力が急速に回復していく事がわかる。


(魔物の肉を食べると、魔力が回復するのか)


 <悪食>の効果に関心していると、更に新しいマグニ模様を持つフクロウが表れてくる。


(やっぱり、また出てきたな)


 一匹倒すと、更に次が表れる。

 時には数匹で襲いかかってくる。

 倒しても、倒しても、次々と表れるため、長い長い間、森を駆け巡る。

 

 空が白ばみ、朝日に目がしみる。


「ハアッハアッ。……これ以上、出てこなさそうだね」


 結局、夜通し戦うことになった。

 ソリオンは極度の疲労感で、木を背にして座り込む。

 そして、吸い込まれるように眠りに落ちていく。




−−狭い門の前で槍を構えて、立ち続ける男


−−朝も昼も夜も。晴れの日も雨の日も嵐の日も雪の日も。ひたすら何かを守るための立哨りっしょう



 ハタッと目が覚める。


(仕事に遅れる!)


 どれほど寝ていたかは分からない。だが、空の様子は、先程とたいして変わっていないように思える。

 不思議なことに、夜通し戦っていた割に体が軽い。

 まるで、ぐっすりと眠った後のような感覚。


(さっきの情景は<特技スキル>かな……)

 

 辺りを見回すと、従魔達が起きたようだ。

 イチ達も疲れているようだが、まだまだ動けそうだ。


(だけど、おかしい)


 昨日に<悪食>、今夜だけで何かの<特技スキル>を2つ習得したようだ。

 レビやマッシモの話では<特技スキル>は、本来あまり習得し易いものではないらしい。

 話が違うとソリオンは感じる。

 原因を色々と考えてみるが、どうやっても同じ仮説にたどり着く。


(賢帝の涙を飲んでからだ。<特技スキル>を沢山覚えたのは)


 ネヘミヤは賢帝の涙を、紛い物と言っていた。

 だが、<特技スキル>を覚えやすくする薬というのは、もしかすると事実なのではないかと思い始める。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る