覚醒_2


 夜通し戦っていたソリオンは、まだ日も昇り切らぬ早朝、街に急ぎ戻る。

 

 魔物の亡骸はもったいないが、捨て置くことにした。

 血抜きもできておらず、既に傷んだ屠体が大半で在る上に、街に持って帰っても狩人ギルドも開いていないだろう。


 森で狩った魔物の遺体は、放置しても、半日も経たずに他の魔物が食べ尽くしてしまうらしく、おそらく夕方に再度戻ってきも、既に無いことは間違いない。


 後ろ髪引かれる思いで、森を後にする。


(やっぱり、疲れはあまり感じない)


 ほとんど寝ていないにも関わらず、頭は冴え渡っている。

 街へと続く道の足取りも軽い。


 朝日が登り切った辺りで、家へと着く。


 自分の部屋の窓から、家の中へ戻る。

 着替えを持って、汗を流して終わった所で、シェーバが起きてきた。


「おはよう、ソリオン。早いのね」

「おはよう、母さん」

「今日は、朝から汗を流してどうしたの?」


 咄嗟とっさの返答に困る。


「……久々に戦いのを再開したんだ」


 捉え方次第では、嘘にならない程度に答える。

 シェーバは少し切なそうに表情を浮かべる。


「いつもダトとやってたものね」

「うん。父さんに教えて貰ったことを、忘れないようにしないと」

「あんまり無理しすぎないで。嫌ならいつでも辞めていいの」


 心配そうにソリオンの頭を撫でる。

 まだ7歳の子どもが、朝から仕事、昼は狩りに出かけ、夜は幼い妹の世話をしている。更に早朝から稽古を始めたというなら、心配するのは当たり前だ。


「大丈夫だよ。楽しくやってる」

「……そう」


 なんと声をかけていいの分からず、シェーバは悲しそうに、ソリオンの頬に手を当てる。

 ソリオンが稼いでくるお金が無くなると、直ぐにではないが、いずれ一家は困窮こんきゅうするだろう。

 シェーバは小さいイースの世話もしているため、内職程度の仕事しかできていない。 

 それが分かっているからこそ、息子に全てを背負わしているようで、葛藤が生まれているようだ。


「心配しないで。将来、商人になったら、母さんもイースも僕がやしなっていくから」

「ありがとう。でも、ソリオンはソリオンの人生を歩んでいいの」


 ソリオンの胸に得体のしれない不安が立ち込める。


 人生の目標は魔物図鑑を埋めること。そのためには、魔獣石が要る。魔獣石はお金があれば買える。だから商人になる。

 空いた時間で、危なくない程度に魔物を狩る。


(……何も間違っていないはずだ)


「うん。これが僕の人生だよ。最近はレビさんに調合も教えてもらってるし、きっと役に立つと思う」


 ソリオンは話を打ち切る。

 シェーバも、それ以上は何も言ってこなかった。


 その後、いつも通り朝ごはんを食べてから、レビ薬工店で働き始める。


 一段落ついた時に、レビとネヘミヤに賢帝の涙について、再度確認する。

 <特技スキル>を習得し易くする薬では無いのかと尋ねたが、やはり回答が変わらなかった。

 偽物だと言い切られた。


 割り切れないまま、賢帝の涙を作り、今日も無理やりむ。

 胸のムカつきを抑えながら、狩人ギルドへと向かう。



「こんにちは。カルロッタさん」

「こんにちは。そろそろだと思ってた。魔物代の計算、終わってるよ」


 受付嬢のカルロッタが、いつものように気だるそうに受付に座っている。

 狩人ギルドでは、何人か武器や鎧をまとったハンター達が談笑している。


「ありがとうございます」

「武器の調子はどう?」

「やっぱり全然違いますね」

「よかった。ソリオン君には期待してるから、沢山狩ってきて」

「無理しない程度で、がんばります」


 世間話をしながらも、カルロッタは慣れた手付きで、硬貨を何度も確認する。

 時折珍しそうにブリースを指で突く。

 ブリースは不機嫌そうに離れていく。


「はい。金貨9枚ね。銀貨と銅貨は、武器代として引いておくから」

「こんなにですか!?」

ブルブラ白い猿は火属性持ちで人気なの」


 カルロッタが、紙に包んだ金貨をソリオンへと渡してくる。

 それを慎重に受け取ると、急いで、腰のポーチに入れる。


「無くさないように」

「はい!」


 カルロッタがジっとソリオンを見つめてくる。


「ソリオン君、また魔力増えてない?」

「わかりますか。実は新しく<特技スキル>を覚えたようで」

「相変わらずだね…、君は」

 

 関心しながら、胸を強調する様に腕組みする。


(そういえば、どんな<特技スキル>を覚えたのか確認したいな)


「カルロッタさん。<特技スキル>を計測したいんですが、街の誰かが、鑑定器持ってませんか?」

「ああ、それならギルドにあるよ」

「え!? ここにあるんですか?」

「あくまで普通の<特技スキル>を鑑定するやつだけどね」

「使わせてもらえませんか?」

「どうぞ。そこの部屋の中にあるよ」


 カウンターの横にある扉を指差す。


「使い方、わかる?」

「はい、一度やったことがあります」


 ソリオンが扉へ向かうと、カルロッタが笑顔で手を振る。


 扉を開けると、壁に打ち付けられた机だけがある狭い部屋だった。

 イチたちは入れないため、外で待ってもらい、ブリースのみついてくる。


 机の上には、以前村の開拓使サニタが持っていた鑑定器に似た物が、無造作に置いてある。


(電話ボックスみたいだな)


 鑑定器は、地球儀のような形で、地球に当る場所に、透明な球体がはめられている。

 球体の中には赤、青、緑の3色の球体が浮いている。


 ソリオンは鑑定器に触れる。

 魔力が少しだけ吸い取られると、3色の球体が膨らみ、透明なガラスの表面に文字が浮き出てくる。


(3色の球体が前より大きくなってる)


 以前より魔力量が増えたのだろう。

 よく見ると、透明な球体には目盛り線が等間隔で引かれている。


(3色の球体の大きさが測れるようになってるのかな)

 

 鑑定器をよく観察する。


「なかなかじゃない」


 ブリースが後ろからのぞき込んでくる。


 ■ソリオン

 ・膂力の魔力 3

 ・叡智の魔力 4

 ・至妙の魔力 2

 ・特技 <病魔耐性> <悪食> <精神遮断> <不眠不休>



 3色の大きさは、目盛りを使った目算もくさんであるため、おおまかな値だ。

 浮き上がった文字を確認すると、やはり4つの<特技スキル>を覚えているようだ。


( <精神遮断> ……。マッシモさんが、良くないものだと言ってたやつだ)


 <精神遮断>は錯乱状態の時に覚えたものだ。おそらく、精神的な攻撃を遮断する効果があるのだろう。

 <不眠不休>は文字通り、睡眠や休息を減らせるものに違いない。


(名前だけなら <不眠不休>の方が、ブラックなんだけど……)


 鑑定結果をメモに取り、部屋から出る。

 カルロッタが興味津々で声をかけてくる。


「どうだった?何か覚えてた?」

「はい、覚えてました。<不眠不休>ってやつです」


 途端、カルロッタの口元がひきつる。

 先程まで談笑していた、他のハンター達も、聞き耳を立てていたようで、驚きの表情を浮かべる。

 

 少し間を置いて、一斉に憐れみの目を向けてくる。


「…何か辛いことがあるなら、お姉さんが相談にのるから!」

「おい!いつも魔物を連れている小僧。 俺にも何かできることがあれば言ってくれ」

「そうだ、まず寝ろ! 休め!」


 カルロッタを始め、周りのハンター達も珍しくソリオンへ絡んでくる。

 

「あ、はい。ありがとうございます」


 カルロッタは立ち上がり、カウンターから出ようとしている。


「こんな子どもが<不眠不休>なんて! 親は何をしてるの!? ちょっと掛け合ってきます!」

「そうだ! 俺も行くぞ!」

「ああ!」


(なんだか良くない雰囲気だ)


「大丈夫です! ちょっと無理をして、覚えただけですから!」

「ちょっと無理しただけで<不眠不休>なんて、習得するわけないじゃない。それこそ死ぬような思いをしないと」


 カルロッタが食い下がる。


「どうした。何があった」


 騒がしくなったため、奥からマッシモが出てくる。


「聞いてください。ソリオン君が、<不眠不休>を習得したらしいんです」


 マッシモが鋭い目つきで睨んでくる。


「本当か?」

「ええ、本当ですが、大丈夫です! 気にしないでください」


 マッシモが深くため息をつく。


「落ち着け、ソリオン。<不眠不休>がどんなものか分かってるのか?」

「いえ、衛兵みたいな人が門の前で立ち続けた、というくらいの記憶しかないので正確には…」

「記憶の断片まで見たのか」


 マッシモが一度、目を覆い、顔を手でぬぐう。


「<不眠不休>は回復力を高めことで、睡眠時間や休息時間を大幅に削減する<特技スキル>だ。 苛烈な修練を積む人間が、過程で習得すると言われてる」

「それは…、便利ですね」

「睡眠や休息の楽しみを奪われた状態が、便利か…。ソリオン、お前は何を目指している?」


 ソリオンは言葉に一瞬、言葉にしてもよいものかと、詰まる。

 この世界に転生した理由でもある。

 家族以外には言ったことがない。

 だが、そろそろ自分の目標を言っても良い気がした。


「全ての魔物の魔獣石を集めることです」


 周りの人たちが氷つく。

 カルロッタから逃げていた、ブリースが威勢よく近くまで飛んでくる。


「よく言ったわ!」


 次の瞬間、ハンター達が大声で笑い始める。


 マッシモは笑わず、真剣な目で見てくる。


「それが何を意味しているのか、分かって言ってるのか?」

「大変かもしれませんが、諦めるつもりはありません。そのために商人になってお金を稼ぎます」


 マッシモの表情に悲しさが交じる。

 それはソリオンだけに、向けられているものではないと思う。


「……ソリオン。金で買える魔獣石は等級の低いものだけだ。上のものになると豪商が全財産叩いても買えん」


 マッシモの言葉に、返事ができない。


(お金じゃ買えない?)


「いいか。A級の魔物を討伐するためには普通、国が動く。その魔獣石は国が魔物に打ち勝ったという証拠であり威信いしんだ。同時に魔物に怯える国民にとっては希望でもある。金で買えるもんじゃない」

「でも…」


 言葉が続かいない。

 市場で魔獣石が売ってことが見たことがあったが、確かにどれも下級のものばかりだった。

 上級の魔獣石は、きっと奥にでもしまわれてれているのだろうと、自分にとって都合の良い解釈をしていた。

 マッシモは本当の事を言っていることが分かってしまう。


「では、どうすればA級の魔物の魔獣石は手にはいりますか!?」

「個人が自らの手で討伐した場合、それは個人のものだ」


 (A級を自分で討伐する……。無理だ。C級ですら手も足もでなかった) 

  

 ソリオンの脳裏を、燃え盛る虎が浮かぶ。

 同時に、火傷の痕がうずく。

 あれはもはや災害だ。


 カルロッタが心配そうに間に入ってくる。


「マッシモさん、まだ子どもにそんな……」

「いつか知ることだ。それに<不眠不休>を習得してしまうようなヤツだ。適当にはぐらかす気になどなれん」


 ハンター達も先程の熱気が一気に冷めたように、テーブルに戻っていく。 


「……わかりました。ありがとうございます」


 ソリオンは肩を落としたまま、狩人ギルドを後にする。

 

 狩りも行く気にもなれず、そのまま帰宅し、元気がでないまま家で過ごした。

 夜は、やはり眠れない。<不眠不休>のせいだろう。

 

(C級には逃げるだけ。E級相手に苦労している……。A級なんて不可能だ)


 夜1人で考えていると、更に自信が消失していく。


「もう諦めるの?」


 ブリースが顔の前を飛びながら尋ねてくる。

 

(諦める? 「あの子」の命を?)


 ありえないと思う。

 諦めるのではなく、ただ、実現不可能という事実がわかっただけだ。


 ブリースはソリオンの反応を待たずに言う。


「人間の中には、A級の魔物を1人で倒せる人もいるよ」

「……どうやって?」


 あのC級の虎ですら、人が倒せるとは思えない。


「簡単よ。沢山、<特技スキル>を習得して魔力を増やす。沢山、訓練して武器の扱いに慣れる。沢山、戦って戦い方を知る。それだけ」

「それでできるなら、皆やってるよ」

「いえ、達成できない。人はそこまで強くない。何かを成すためには<特技スキル>や武器じゃなくて、強い想いが要る」

「想い…」

「なんでもいい。応援してくれる人の期待に答えたい。誰かに失望されたくない。自分の願望を叶えたい。その想いを貫いた人だけが、何かを成す」


(願望…)


 「あの子」の顔が思い浮かぶ。

 なぜこの世界に来たのか。

 昔、想ったはずだ。何でもする、と。


「もう一回聞くけど、もう諦めるの?」

「諦めない。……魔物図鑑を埋めるためなら、何でもする」


 ブリースは妖艶に笑うと、耳元で囁く。


「そう。それでいいの。私の可愛い……」


 最後の方は聞き取れなかったが、そんな事はどうでもよい。

 ソリオンは着替えて、準備すると、近くに置いてあった鉾と短剣を持つ。


「イチ、ニー、サン、森へ行こう」


 ソリオンの新しい生活が始まった。


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