囚われた少女

 朝は薬工店で仕事、正午は家族と団欒だんらん、昼過ぎから翌朝まで狩りを兼ねた訓練を繰り返す生活を過ごし、約2年経った。


 すっかり背も伸びたソリオンは、10歳となり少年時代、真っ盛りだ。



「イチ、このままモーレを追え! ニーはフォレクスを」


 ソリオンは青色のヘラジカのような魔物に騎乗きじょうしている。

 手綱たずなくらなども付けていないにもかかわらず、重心はヘラジカの正中線と見事に同期している。


 ソリオンを乗せたヘラジカは、二足歩行の鳥を追い上げていく。

 鳥は大きなくちばしに、鳥とは思えない程太い脚を持ち、高速で走り去る。


 走る鳥が更に近づいてくると、ソリオンは、片手にほこを構える。


 突きを放とうとした時を、二足歩行の鳥が軽く跳ね、くちばしを地面に向ける。

 顔面から地面に激突する。しかし、鳥は苦しむ様子もなく、そのまま頭から土中へと埋まっていく。


「地中に逃げられるぞ! イチ、地面を冷やして」


 ヘラジカの脚の周りに霧状のもやがまとわりついていくと、数歩もない内に辺り一帯、突然の冬が訪れたかのような冷気に包まれる。


 ヘラジカが走った跡は一面凍りつき、地中の水分が追い出されるように氷柱が湧き上がる。


 先取りの鳥が潜った上を過ぎると、うめき声が上がる。


 ソリオンが後ろを見返すと、氷柱とともに地表へ突き上げられた鳥の半身がある。


 ヘラジカは滑る様に、急旋回する。


 半身を打ち上げられた鳥は、素早く氷を押しのけるとヘラジカを待ち構えるかのように、太い脚で氷を蹴る。


 騎乗で鉾を構えると、鳥は飛び上がり、ソリオンめがけて巨大なくちばしを打ち降ろしてくる。


 カウンターに合わせるように、たくみに身をそらしながら、鳥を鉾で一突きにする。

 ヘラジカの歩幅が徐々に狭くなり、止まる。

 

 「終わったね。ナイスだ、イチ」


 ソリオンはヘラジカの首を撫でる。

 イチが嬉しそうに頭を振っていると、空から何かが落ちてくる。


 落ちたものに目をやると、巨大なはえ姿をした魔物の死骸だ。

 巨大な蝿の体とはねに、かにの様に発達したはさみを2本もっている。


「ニーも終わったみたいだね。お疲れさま」 

「ピィ」


 鳴き声をあげながら巨大なコンコルドが降り立つ。

 跳ねを広げれば、大人の身長ほどありそうだ。


 ニーが地面まで降りて来るとほぼ同時に、草むらからイラ上半身が人型の蟲が出てくる。


「サン。ありがとう。前に仕留めた魔物を川に持っていってくれたんだね」

「ジッ」


「私にはお礼はないわけ?」


 サンの隣を飛んでいる小人、ブリースが不機嫌そうに文句をいう。

 ソリオンはため息をつく。


「何もしてないじゃない」

「魔物の居場所を教えてあげたでしょ」

「それもそうだね。ありがとう」


 ブリースは一転、気分良さそうにコウモリの様な羽を羽ばたかせる。


「でも、モーレ土に潜る鳥フォレクスハサミのあるハエも前に図鑑に登録済みだからな」

「だから言ったでしょ。この森の浅層にはもう新しい魔物は居ないって」

「そうだね。そろそろ別の場所を探した方がいいかもね」


 ソリオンは森の奥の方を見る。

 どんな魔物がいるのか興味はあるが、死んでしまっては意味がない。

 そのため、この2年間、自力を上げることに集中してきた。

 しかし、最近新しい魔物にも会えず、新しい特技も覚えられていない。



「そろそろ皆んなが起きてくる。街にかえろう」


 サンがモーレ土に潜る鳥フォレクスハサミのあるハエを抱える。


 森の外へと向かい、10分ほど歩いた時だ。

 辺りから人声が聞こえてくる。


(珍しいな、こんな所に人がいるのは)


 ソリオンが今いる所は、エーエンの森の浅層とはいえ、ほぼ森の中心部との境界だ。

 通常、大半の初心者ハンター達は、もっと浅いところで活動する事が多い。

 この辺りまで来る者たちはベテランばかりになるが、この広い森の中で会う事など滅多にない。

 しかも、今は夜が明けたばかりの早朝だ。


(仕方ない、迂回しよう)


 ソリオンは面倒事を回避するために、会わずに済む道を選ぶ。

 ブリースとサンもゆっくりついてくる。

 しかし、少し進んだ所で、魔力の波長を感じる。


「こっちに来てるな」


 方向からして、明らかにソリオンを目指している。


 このままイチに走ってもらえば、逃げることはできるが、先方が会いたいのであれば無理に避ける理由はない。


(もしかしたら、遭難したのかもしれない)


 魔力を感じられる方へと向かっていくと、数分と経たず存在を捉える。

 どうやら5、6人ほどの男女が居るようだ。


 ソリオンの姿を見た者たちが、剣や杖などを構える。


「子ども!?」

「こんな所を1人で歩いてるくらいだ。凄腕のハンターだと思ったが」

「あいつ、魔物に乗ってるぞ」

 

 皆、村であった騎兵団と同じ鎧を着ている。


(騎兵団か。改めて見てみると、いい装備品ばっかりだな)


 ソリオンは少しの間、装備品の良さに目が奪われる。

 以前は分からなかったが、自分が使うようになると、やはり良し悪しは分かってしまう。


「おい、よく確認しろ。 凄まじい魔力量だぞ。油断するな」

「うそ…」


 騎兵団達の警戒度が更に上る。

 武器に魔力を込めているようだ。

 

「落ち着いてください。自分はヒロアイラ州都のハンターです」


 正確には狩人ギルドには所属していないので、ハンターではないが、お世話にはなっている。


「こんな早朝に、こんな森の奥で何をしいてる? それも1人で」

「奥? まだ森の中心部ではないですが」

「……この辺りはE級やD級も出てくる領域だ」

「まあ、そうですが。ハンターですので、もちろん狩りをしてました」


 目配せすると、魔物の死体を抱えているサンが、ソリオンの横に並ぶ。


イラ上半身が人型の蟲だ!」

 

 今にも切りかかろうとしている。


「大丈夫です。僕の従魔です」

「なぜ、<騎獣士>が騎乗していない魔物を連れてる? もしかして<調教師>か?」


 魔物に乗っているため、どうやら<騎獣士>だと勘違いしているようだ。

 特段、隠しているわけではないが、あまり自分の<系譜>については話さないようにしている。


「そんなところです。それで、皆さんは何をしてるんですか?」


 皆が黙る。


 すると奥から1人の少女が歩きでてくる。

 歩く度、長い髪がさらさらと揺れる。

 

 1人だけ、騎兵団の鎧を着ていない。

 皮がふんだんに使われた、丈夫そうなパンツスタイルだ。

 そして、丁寧に金の刺繍があしらってあり、非常に仕立てがよい。そして、森の中を歩くには場違いなレースもポイントで盛り付けられている。

 単純に言うと高価そうな服だ。


「あんた<調教士>?」


 おそらくソリオンより2,3歳上の少女が話しかけてくる。

 愛嬌よりも彫刻的な美しさがある。


「まあ、そんな所です」


 少女は、イチ達を一通り眺める。


「E級ばっかり。どうせ<原級>でしょ?」

「原級?」

「そんな事も知らないの? <系譜>の。 <原級>が一番下。<帝級>が一番上」

「そういえば、そんな呼び方がありましたね」


 <系譜>は、<原級>から<豪級>へ、更に<聖級>、<王級>、<帝級>というように、より高みへと積み上げられると、鑑定の儀に聞いた事を思い出した。


(あんまり気にしてなかったけど、<従魔士>や<操獣士>って、何級なんだろう?)


 正直言うと、何級でも魔物図鑑を埋めることができるのでれば、さして興味がなかった。


「私は<王級>の<調教師>である<修祓しゅうばつ士>よ」

「すごいですね。そういえば、僕の幼馴染が<聖級>だった時には、村の皆が驚いてました。それ以上なんて」

「<聖級>…、なかなかじゃない。で、あんたは?」

「何級なんでしょうかね。 鑑定の儀でも聞かなかったですね」

「はあ? 階級を教えない巡鑑定団がいるなんて。 お父様に言って、クビにしてもらうべき」


 (オトウサマ?)


 普段全く聞かない言葉だ。

 おそらく貴族か豪商の娘なのだろう。


 (関わると面倒そうだな)


「そうですね。それでは、僕は仕事があるので、こちらで失礼します」


 ソリオンはお辞儀をして、去ろうとする。


「……待ちなさい」

「まだ何かありますか?」

 

 振り向いたソリオンと少女の目が合う。

 少し戸惑いながら、小声でボソボソと何か言っているようだ。


「よく聞こえないので、もう一度いいですか?」

 

 少女は恥ずかしそうに、目を逸してうつくむ。

 そして先程よりは大きいが、まだ小さな声で言う。


「魔物の…捕まえ方…教えて」

「はい?」



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