人との戦い
教えてくれと言われても、<調教士>の作法など、まったく知らない。
「すみません。それは無理です」
「嫌なの?」
少女の顔が
「嫌とかではなく、よく知らないので」
「……魔物を連れてるじゃない、知らないわけないでしょ」
少女はソリオンの服や装備品に目をやる。
「なるほど、そういうこと。もしテイムが成功したら、平民のあなたが驚く位のお金をあげる」
すべてを理解したと言わんばかりだ。
しかし、少女が安物と判断した服は、母シェーバが生地から作ってくれたものだ。
当初、エーエンの森に夜間、
鎧を買う金などなかったソリオンの為、何日もかけて皮や鉄板などを縫い付けてくれた。
(…少し気分が悪いな)
本職の鎧を作る
「それは、あなたが働いて稼いだお金ではないですよね」
ただ、眺めていただけの騎兵団達があたふたし始めた。
「何よ。私がお父様の役に立ってないとでも言いたいの?」
苛立ちが
「そもそも、あなたの父君がどなたか知りません。ただ、自分で身を立ててから、褒賞の話はされた方がよいかと思います」
「<
「それはすごいですね。僕の生まれた村はC級の魔物に焼かれました。是非、次の被害を防ぐために強力な魔物を捕らえて下さい」
「その為に教えなさいと言ってるの」
「<調教士>ではないので、教えられません」
「よくそんな嘘を平然と…」
容姿の整った少女の悔しそうな表情には、失望感が漂っている。
「皆、いつもそうやって簡単に人を突き放して! 国の役に立とうと頑張ろうとしてるのに、何でよ!?」
少女の瞳が潤む。
ソリオンもそれ程の事とは思っていなかったため、戸惑いを隠せない。
近くを飛んでいたブリースがソリオンを、冷やかしながら頬をつつく。
「ソリオン、女の子を泣かして悪い子」
「あ、いや。そんなつもりは」
見かねた騎兵団の男性が間に入ってくる。
30代ほどで、男性にしては長い髪を後ろで結んでいる。
「君、いくらなんでも断り方があるだろう。魔物を連れておいて<調教士>ではないなど、と」
ソリオンもシェーバの作ってくれた服を見下され、つい
「言い過ぎてしまいました。ただ、本当に自分は<調教士>ではありません。自分は<従魔士>、<操獣士>です。そのため、本当に知らないんです」
「<従魔士>と<操獣士>!? 数年前、付近の村で忌むべき<系譜>の二譜持ちが出たと聞いたが、まさか君か」
「はい」
「では、なぜ最初にそう言わない」
騎士団の何人かに、
一度、解いた武器を、再度構えている者すらいる。
(これが理由なんだけどな)
「すみません。無用の誤解を避けたかったので。ともかく自分は<調教士>ではありませんので、お役には立てません」
ソリオンはイチの歩みを進め、通り過ぎようとする。
「待って!」
少女が、もう一度声を掛ける。
その声には、悔しさ以上に、必死さが混ざっている。
「<調教士>は<従魔士>から派生したと言われているの。ヒントになるかもしれない。テイムと言っていいのかわからないけど、魔物を従える所をみせてもらえない?」
(<調教士>が<従魔士>から派生?)
「おそらくですが、1つの系統ごとに1体しか従魔にできないんです。この森の浅層には悪獣、邪鳥、呪蟲しかないので、残念ながら、お見せすることができません」
「……そう」
酷く落ち込んだ様子だ。
(彼女にも何か理由があるんだろうけど…)
「ヒントにはならないでしょうが」
そう言うと、ソリオンは指先を短剣で少しだけ切り、血を出す。
血と魔力を混ぜて、赤白く光る球体を作り出す。
その様子を少女は食い入る様に観察する。
「この球を魔物に当てて、従魔にします」
「球を当てる?」
ソリオンは、弱らせると捕獲確率が上がること、捕獲した時に魔獣石が体内に吸い込まれる事、魔獣石を従魔に食べさせ、変化させることができることを説明する。
「<調教士>とは全く別ものね。でも、弱らせるとテイムしやすくなることは共通している。あなたはどうやって弱らせたの?」
「自分で戦って、ですかね」
「やっぱり、それも共通している。魔物は自分より強い者の声を聞きやすいから」
「では、魔物を弱らせてからテイムすれば良いのでは?」
「<調教士>は戦闘が得意じゃないの。それにE級やD級を単独で圧倒できる人間なんて滅多にいない。だから、騎兵団について来てもらってるの」
(この一団は魔物を弱らせるために、か。護衛の意味もあるんだろうけど)
「そうですか。とりあえずG級からやる事をお勧めします」
「エフタと同じことを言うのね。G級なんて何の役にも立たないのに」
「…そうですか」
(役に立つとか、立たないとかの問題じゃないと思うけどな)
思うところはあるが、言葉を飲み込んだ。
エフタとは誰なのか分からないが、ソリオンと同じアドバイスをした人が身近にいるのであれば、これ以上できることはない。
「では、自分はこちらで失礼します」
「……ええ、色々教えてくれて、ありがとう」
ソリオンは会釈をすると、森の外を目指し、進んでいく。
すると、先ほど少女との間に入ってきた髪の長い男性が、再び歩み寄ってくる。
「君、悪いんだが、私も一緒に連れてってくれないか?」
「街まで、ですか?」
「そうだ。先程、緊急の帰還命令があったのだが、森を1人抜けるのは無理と、諦めていたんだ」
周りの騎兵団のメンバーが得心のいかない顔だ。
「自分はそんな伝令、流れてきてませんが」
「私もです」
「ああ、俺もだ」
皆、耳につけているイヤーカフス状の魔導具を再確認している。
「限定回線だからだ。一部の者しか受信できていない。とはいえ、大した用事ではない。上のいつもの気まぐれだ」
「そうですか」
髪の長い男は、少女の手前まで向かい、礼をする。
「ナタリア様、私はこちらで失礼します。護衛は今の者たちが引き続き行いますため、ご安心ください」
「ええ、ここまでありがとう」
騎兵団の男性は、簡単な指示を騎兵団の残りのメンバーへ出すと、イチに乗ったソリオンの横に並ぶ。
「すまない、待たせた。行こう」
「ええ」
二人は歩き始める。
しばらく、秋の終わりで葉が積もる森の中、二人は無言で歩いていく。
男と従魔達が歩く度に、落ち葉が砕ける小気味良い音が朝の森に響く。
夜明けの空気は澄んでいるが、同時に冷える時期だ。
E級の魔物があまり出ない領域まで戻ってきた時、ソリオンは口を開く。
「騎兵団のリョップさんとミオさんという方は、ご存知ですか?」
「いや、知らないな」
男はそっけなく答える。
「以前、村で助けてもらったことがありまして。あとリョップさんからはナイフをお借りしてたんですが、折ってしまった事を謝りたいと思っています」
「騎兵団は国中に赴任する。知らない者の方が多い」
「そうですね。もし、どこかで会ったらソリオンが探していたと伝えて下さい」
急に男の歩みが止まる。
「断る」
反応に困る。
(何か失礼なことを言ったかな)
男は背中に背負った両刃の大剣を手に取る。
「武器を取れ」
構えられた大剣に魔力が
「何か失礼を言ったのであれば、謝ります」
「必要ない。いくぞ!」
男の体から魔力が立ち上り、大剣を上段に構えたまま、大きく踏み込む。
砲弾が打ち出されかのように、一瞬でソリオンとの距離が詰められ、魔力を帯びた大剣が振り下ろされる。
(
素早くイチが、横へ跳躍する。
大剣が空を切る嫌な音が耳をかすめた時、男の魔力が更に
振り下ろされたはずの大剣が、勢いそのままに、薙ぎ払らわれる様にソリオンへと襲いかかる。
(軌道が曲がった!?)
ソリオンはそれを
だが、大剣の力を殺しきれず、肩に刃が食い込む。
「痛ッ」
そのまま肩に刃を押し当て、なおソリオンを切り捨てようとしている。
そのとき、男の背後からサンが襲いかかる。
かつては鉤爪だった4本の腕は、今は鋭利な
男は転がる様に回避すると、転がりながらもサンへ一太刀、浴びせる。
刃はサンの外皮を切断できず、ガリッガリッと岩でも削るような音が響く。
咄嗟に空へと逃げたブリースが抗議の声を上げる。
「何するのよ!」
だが、男は無視し、ソリオンだけを視界に捉え続けている。
「その年齢で<切断耐性>まで習得しているとは。やはり今討つ判断は間違っていなかった。今後どれほどの災禍を招くことか」
先程、男に切られた腕からは出血は無い。
「意味がわかりません! なぜ襲い掛かってくるんですか!」
「ホクシー教徒として当然のこと。この森の中であれば死体を片付ける必要もない。ここで出会ったのも主神テメロス様のお導きにほかならない」
男は己の使命に対して、
「一緒に街に向かったことをあなたの仲間が見ています。僕が帰ってこなければ怪しまれますよ」
「そんな事、なんとでもなる!」
魔力をうねらせ、突進するように、再度上段からの大剣を振り下ろしてくる。
(それはさっきも見た)
予備動作がある上に、直線的な動き。
ソリオンが短く指示を与えて、イチが難なく
「もう<
「そういった攻撃は魔物で見慣れてますので」
忌々しそうに
「イチ、針棘だ」
青い鹿姿のイチが、頭を下げ、タテガミから針が飛び出す。
大量の針が男へと向かっていくが、それを一本一本躱しながら、時折、大剣とは思えないほど巧みに操り、はたき落としていく。
針の続きがないと判断した男は、大剣を真っ直ぐソリオンへと向ける。
「<瞬突>!」
目に見えるのではないかと疑うほど、魔力を全身に纏った男がソリオンへと、一直線に迫る。
(隙がない)
本来であれば、
しかし、どう
近づくほどに、取れる選択肢が限定されていく。
(一撃目で出した曲がるような剣技、このためにわざと見せたのか)
ソリオンは鉾を構えて、魔力を込める。
「イチ、迎え撃つ!」
イチも猛スピードで男へと向かっていく。
二つの魔力の塊が、まるで正面衝突するかのように交わる。
重量のある塊が潰れるかの様な鈍い音。
吹き飛ばされた何かが宙を舞う。
舞った何かが回転しながら、近くの地面に突き刺さる。
大剣だ。
大剣は中程から、くの字に折れ曲がっている。
さらに、男の腕も異様な方向に曲がっており、苦痛に口元を歪めている。
「<刺突>か。切り合いで<剣豪>の俺が遅れを取る、か。……化け物め」
「森の中で子供に斬りかかる方が、余程、化け物だと思いますが」
ソリオンは、鉾の先を男の
男は憎しみとも取れる目で睨みつける。
「ヒロアイラの街は俺が守る。街に手を出すな」
「何もしませんよ」
男の長い髪が、顔に垂れる。
「殺すのか?」
ブリースが悲鳴に近い声を上げる。
「ソリオン、落ち着いて!」
ソリオンはブリースを少し見ると、喉から
「ここからは1人で帰ってください」
男が息を呑む。
なぜ、とでも言いたげだ。
「でも、僕以外に何かしたら刺しますよ。
ソリオンを乗せたイチは、そのまま何事もなかったように歩き出す。
後方から地面を殴る音が聴こえてくる。
毛嫌いする者はこれまでもいたが、直接的に危害を加えてこようとしてきた者は初めてだった。
(人相手は、嫌な感じだ)
魔物相手に戦う時と違い、人間の体を狙うことができなかった。
結果として、武器を吹き飛ばしたことが勝敗を分けたが、積極的に狙ったわけではない。むしろ、それ以外狙いようがなかったのだ。
(母さんやレビさんたちにも、注意しておかないと)
森を抜けた後、いつも通り、獲物を漬けている小川までやってくる。
血抜きした獲物を運び出すと、荷車に積んでいく。
荷車の先にある、紐をイチの首にかける。
「イチ、大丈夫?」
イチが首を縦に振った後、何ごともないかのように
ソリオンもそれに続き走り始める。
側から見れば、軽く走っているようにしか見えないが、スピードは並の速度ではない。
すぐに街の大通りに着き、狩人ギルドを目指す。
大通りは変わらず賑わっている。
以前と大きく変わった点として、従魔たちを皆、日常の風景のように捉えていることだ。
毎日、ほぼ決まった時間に通っていれば、嫌でも慣れる、というものだろう。
狩人ギルドの無骨な建物が見えてくる。
建物の前でソリオンは止まり、イチの方を向く。
「イチ、いつも通りマッシモさんへ渡してきて」
その言葉を聞いたイチは慣れたように建物の裏手へと入っていく。
それを見送ったソリオンは、ギルドの扉をくぐる。
ブリースはもちろん、ニーやサンも続く。
「カルロッタさん、おはようございます」
カウンターではいつものように気だるそうにカルロッタが座っている。
「おはよう。いつも賑やかね」
近づくと、カルロッタが急に立ち上がる。
「その腕どうしたの!? ソリオン君が怪我するなんて、最近なかったのに」
「……ちょっと油断しちゃって。魔物にやられました。大した怪我ではないので大丈夫です」
ソリオンは今朝の出来事を隠すことにした。
今、事を荒げても更にトラブルを呼び込むのではないか、と考えたためだ。
「気をつけてよね」
「わかりました」
そういうと、ソリオンは慣れたようにカウンターの横にある扉を開ける。
扉の奥は、鑑定器だけがおかれた狭い部屋だ。
ソリオンは鑑定器に触れると、多くの文字が浮き上がってくる。
(やっぱり魔力は増えてないな)
■ソリオン
・膂力の魔力 4
・叡智の魔力 5
・至妙の魔力 3
・特技
<病魔耐性> <毒耐性> <切断耐性> <衝撃耐性> <精神遮断>
<切断> <刺突>
<反射強化> <可視光拡張> <反響定位> <魔力感知>
<悪食> <不眠不休> <循環促進> <付与>
2年間のうちに、多くの<
最初のうちは順調に増えていったが、徐々にペースが落ち、ここ数ヶ月間は新しい<
「どうだった?」
部屋を出ると、カルロッタがいつものように声をかけてくる。
「やっぱりダメでしたね。最近はペースが落ちました」
「何言ってるの? 前も言ったけど、ソリオン君の<
「でも、これだとA級の魔物はまだ倒せそうにないですけどね」
カルロッタが、ため息をつく。
「英雄にでもなりたいの」
「いえ、魔物図鑑を埋めたいんです」
「同じことよ」
カルロッタが仕事に戻っていく。
すると、奥からマッシモが手を拭きながら出てくる。
後ろには、イチが蹄の音を響かせ、ついて来ている。
「今日は
「そうですね。最近、特に酷くなってます」
ソリオンは狩った獲物をすぐに小川につけて、粗熱をとる処理をしている。
たまに、漬けておいた魔物が
「それなんだがな、原因が分かったぞ」
「原因?」
マッシモがカルロッタが入れた飲み物を一口飲む。
「東の湖に魔物が住み着いたらしい」
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