悪食

 エーエンの森のほとりに立つ。


「ブリース、どこに行ったら新しい魔物がいるんだい?」


 肩の横を飛んでいる自称精霊のブリーズへ尋ねる。


「じゃあ、ついてきて」


 ブリーズは振り向くことも無く、森へと入っていく。


(大丈夫かな)


 ソリオンはまだブリースを信じたわけではない。

 だまされている可能性は在る。

 手に負えないほど強力な魔物がいる場所で、置き去りにされることも考えられる。


「ニー、空から偵察してきて」


 ソリオンは、念のため従魔たちにも監視をさせながらも、ブリースの後へと続く。

 よく来ている森ではあるものの、今日は木々が鬱蒼うっそうと茂っているように感じ、歩き辛い。

 長物であるほこを持っていることもあるのだろうが、どこに連れて行かれるのかも分からないという事実が、ソリオンの鼓動こどうを早くしていく。


 しばらく無言で歩いた後、ブリースが止まる。

 近くの茂みに隠れる様に、降下していく。

 ソリオンも合わせる形で、素早く、しかし音も立てずにかがむ。


「あれよ。あの木の上にいるヤツ見える?」


 注意深くブリースが指す木の上を見る。

 一見ただの木にしか見えないが、木々の所々に、白い繊維せんいのようなの垂れ下がっている。


「あの白いの?」

「そうだよ。あれは悪獣系の魔物」


 再度、確認するが悪獣のよう見えない。


「どんな魔物?」

「そんなの知らない。ただ、あんたのから感じられない気配を探しただけ」

「そんなのか分かるの?」

「精霊には分かるのよ!」


 どうやら、会ったこと無い魔物に合わせてくれるという話は本当のようだ。

 

 ソリオンはほこを覆っていた、布をがし、固く握りしめる。

 吐き出す息とともに、全身の力を抜いていく。


「イチは保護色で隠れながら遊撃、ニーは空から攻撃して。あまり僕から離れすぎないで」


 黒猫姿のイチはスッと背景に溶け込むように消え、大きな斧を頭に生やしたニーは羽をバタつかせながらと空へと舞い上がる。 


「サンは僕と一緒に。ハサミでフォローよろしく」

「ジッ」


 大きな鈴虫姿のサンが、長い尻尾を使いながらソリオンの肩へとよじ登る。

 ソリオンがほこを構えると、空から魔力のうねりが感じられる。


 次の瞬間、暴風と化した旋風が、白い繊維が垂れている木を包む。

 木々の枝々が、高く小気味よい音を立てながら、折れていく。


「「「ウフォッフォォォオオ」」」


 巻き上げられた土ぼこりで視界がさえぎられているが、群れの鳴き声が響いてくる。


 ドサッ

 突然、ソリオンの目の前に、白い毛を全身にまとった魔物が降ってくる。

 白く長い毛をもつ大型の猿に近い姿だ。


「ブルブラか!」

 

 狩人ギルドのギルド長であるマッシモから聞いた話では、エーエンの森には猿のような魔物がいるらしい。


 ブルブラ白い猿は大きく手を振りかざしながら、襲い掛かってくる。

 ソリオンは冷静に鉾を引き、ひたいめがけて突きを放つ。

 それを体を滑らせるように器用によける。


 ソリオンは躱された突きの姿勢から、そのまま鉾の横についたツルハシで更に追い打ちを掛ける。


 ツルハシは避けたブルブラ白い猿の右腕に突き刺さる。

 威嚇の声を上げながらも、逃れようするブルブラ白い猿がツルハシから抜けない様に、鉾を巧み合わせる。

 

「サン、今だ!」


 サンがソリオンの肩から飛びかかる。

 発射台にされた肩が、大きく後ろに振られるが、鉾だけはブレない。

 

 サンがブルブラ白い猿を覆いかぶさり、麻酔針を胸へと突き刺す。

 決着が着いたと思ったその時、ブルブラ白い猿の腕が火をまとう。


(あれがマッシモさんが言ってた、火手か)


「サン、離れろ!」


 火を纏った掌で掴まれる直前、サンが飛び跳ねる。

 三角飛びように木の側面を蹴り上げながら、素早く再びソリオンの肩へと戻る。


 ブルブラ白い猿は両手から炎をあげながら、真赤に燃えるような目でソリオンを見る。

 

(炎……)

 

 右手の大きな火傷やけどあとが、熱を浴び、治ったにも関わらず鈍痛を感じる。

 ソリオンの脳裏には炎に焼かれる父ダトの姿がチラつく。


(ダメだ! そんな事を考えている場合じゃない)


 過去の炎を消し去るように、頭を振るう。

 再度、ブルブラ白い猿に目をやると、小刻みに揺れ、痙攣けいれんを起こしながらも隙なく、ソリオンを真っ直ぐ見据えている。

 

 ソリオンは鉾を構え、対峙する。

 硬直は一瞬。

 大地を強く蹴りながら、鉾で突く。


 麻痺で動けないブルブラ白い猿の胸を穿つらぬく。

 

 胸を貫かれたにも関わらず、ブルブラ白い猿は炎を纏った両手で鉾を掴む。

 真赤な瞳でソリオン見つめると、ブルブラ白い猿はニヤッと笑う。

 瞳は更に赤くなり、眼球から火を吹く。

 吹き上がった炎は、更に凝縮されていく。


(なにかする気だ!)


 ソリオンが逃げるためにが鉾を引くが、力いっぱいに掴まれた鉾はびくともしない。

 そして、過度に熱量が濃縮された瞳から、一筋のレーザーのように熱線が放たれる。


(まずい!)


 ソリオンは慌てて、鉾から手を離す。

 レーザーがソリオンの脇腹の近くを通り過ぎる。


「熱ッ!」


 逸れたレーザーに当たった、大地や木々が破裂する様に炎を吹き出す。

 凄まじい熱量を感じる。


 熱を思考から追いやり、腰のホルダーから短刀を抜き取り、再度ブルブラ白い猿に向かって構える。

 そこには項垂うなだれるように座して、絶命している姿があった。

 両手の炎は既に消えているが、瞳だけは小さい炎を上げながら燃えている。


 ソリオンはその姿に哀愁あいしゅうの念を覚えてる。

 自らが焼かれながらも、相手を道連れにする道を選んだダトに重なるものがある。


「なにボケッとしてんのよ! まだまだ来るよ!」


 いつの間にか姿を消していたブリース、が草むらの中から声を張り上げている。

 心に立ち込めるきりを振り払い、辺りを見回すと、ブルブラ白い猿の群れが空に飛ぶニーに対してい威嚇を続けている。

 10匹はいるようだ。両目とも焼けて、失明している個体いるようで、耳と鼻を頼りにイチ達を探っている。

 すでに何体かはイチとニーによって屍へと変わっているが、まだ多くが奇声を上げながら戦っている。


 そのうちの何体かが、仲間が討ち死にした事を知り、炎をまといながら、ソリオンへと向かってくる。


 ソリオンは、先程の魔物の体に埋まっていた、鉾を抜く。

 炎で焼かれたはずの鉾には焼けた後一つ無い。


 ソリオンは迎え撃つ形で、突く。一匹の体を突き去った所を他の魔物が、襲いかかる。

 右手だけを離し、短刀に持ち、向かってくる魔物を避けながら切る去る。


(死が怖くないのか!? 数が多過ぎる!)


 何体かの瞳に炎が宿る。

 鉾にしがみついた魔物を蹴り飛ばし、力で無理やり引き剥がす。


 今にも放たれそうになっている炎の瞳へ、鉾を突き刺す。

 鉾が頭を貫いたその時、瞳を中心として、強烈な光が放たれる。


(暴発!?)


 ソリオンは咄嗟に、サンに魔力を込め、甲殻を強化する。

 サンの甲殻はさらに厚く、急速に発達していく。

 光が極限に達した時、大地を震わすほどの衝撃と耳に痛みを感じるほどの爆音と共に、爆発が起こり、体ごと吹き飛ばされる。

 

「痛ッ」


 全身を襲う痛みに堪えながらもが、立ち上がり、五体が無事であることを確認する。



 しかし途中で、違和感を覚える。


(これは何だ!?) 


 何か強烈な快感が体を駆け巡っていることが分かる。

 戸惑いながら、快楽の出処を探ると、どうやら口から来ているようだ。

 口の中にある何かが、ソリオンへ得も言われぬ充足感を与えている。

 

(果実か薬でも口に入ったのか)


 咄嗟に口の中にある物を吐き出す。 

 しかし、口から吐きだされた物は、果実などではない。

 

「うえっ……。 魔物の肉片だ……」


 爆発の際に飛んだ肉片が口に入ったようだ。

 生理的な嫌悪感を覚えるが、先程の感覚が、快楽が、頭をしびれさせる。





『あれをもっと食べたい……。いや、どうせなら内臓がいい』





 ソリオンの意思ではない。ましてや自らの言葉でもないものが、頭にあふれている。


『もっと食べたい……』


『もっと、もっと食べたい……』


『もっと! もっとだ!お前を喰わせろ!!!』


 自分であって自分ではない感覚。

 以前レビの店であったものと近い。


 ソリオンの意識は食欲に飲まれていく。

 

 淀みなく動き続ける自分の視界に映る風景とは、別の何かが見える。

 歩きながら夢を見ているような感覚。

 

 断片的な情報のみが頭に叩きまれ、文脈を成していない。

 情景のみが沸々ふつふつと湧いては消えていく。



 −−森の中で、干からびた死体と共に暮す少年


 −−飢えを凌ぐために、死んだ魔物、狩った動物、草木をそのまま食べる様子


 −−何度も何度も腹を壊す。しかし次の食べ物を要求するように鳴る腹の音


 −−近くの村人に追い立てれられ、逃げる姿


 −−少女と会う。少女は草を食べる少年に驚き、甘いお菓子を取り出す。初めて食べたお菓子に驚く少年をみて笑う少女


 −−何度もお菓子をくれる少女の寂しそうな横顔


 −−会う度に細くなっていく少女の腕


 −−少女に会うために入った村で、村人に殴られてできた青痣あざ


 −−少女がいつもいる家の横にある小さな納屋


 −−家から聞こえる、快楽に溺れた女の喘ぎ声と男の汚い笑い声


 −−納屋の入り口を縛り付ける何重もの縄


 −−縄を解くために、剥げた爪と血


 −−散乱した汚物と足の取れた人形。お菓子の空箱。少女がまとうボロ布


 −−ぐったりとした少女の青く干からびた唇。浮き上がった肋骨あばらぼね


 −−少年がいつも食べている雑草を少女の口に押し込める。口から下にこぼれ落ちる雑草


 −−徐々に弱まる息。息の止まった少女


 −−少女の亡骸を抱え、森へと入っていく少年



 ソリオンは気がつくと、ブルブラ白い猿の内蔵を手でむさっていた。

 辺りは血の海と化しており、すべての魔物がしかばねとなっている。

 少し離れた所で、心配そうに見る従魔達。

 ブリースは見当たらない。

 

(何が起きたんだ……)

 

 口の中から湧き上がってくる快感が、次第に落ち着いていく。

 頭が冷静になっていく。

 血を拭き取り、いつものように落ち着いた佇まいになったことで、イチが尻尾を絡ませながら、すり寄っていくる。


「<病魔耐性>を得たときと似ている…。何かの<特技>を習得したんだろけど……」


 先程の情景や異常な食癖を想像すると、あまり喜ばしいものではないかもしれない。

 特に先程の少女の事を思うと、自分ごとではないかと思う程の感傷がある。

 この感情が自分のものか、始祖となった少年のものなのかは分からない。


(いや、今は新しい<特技>を習得できた事を良しとしよう)


「イチ、魔獣石はもう食べた?」

「ニャー」

「そうか、食べたんだね」


 魔物図鑑を取り出し確認すると、新しいページが刻まれている。


 ・系統 悪獣

 ・種族 ブルブラ

 ・階級 F級

 ・特技 <火手> <赫目>



「フムフム。良かったじゃない。新しい魔物が登録されて」


 声がする方を振り向くと、消えていたブリースが魔物図鑑を覗き込んでいる。


「見えるの!?」

「当たり前でしょ。精霊なんだから」

「精霊って便利な生き物だね……」


 ソリオンが深い溜め息を突く。

 なぜか先程使ったはずの魔力が全回復しておいる。むしろ、新しい<特技>のためか、増加している。


「よし! 系統発生しようか、サン」

「ジー」


 サンに魔物図鑑を経由しながら、魔力を送り込む。 


 サンの形が代わり、六本の足で胴を支え、鎧を纏った4本腕の人形の上半身を持つ呪蟲へと変化していく。体長は1mを超える。

 光の粒子が消えると、そこには以前戦ったイラと同じ姿のサンが居た。


 ■サン

 ・系統 呪蟲

 ・種族 イラ(変異個体)

 ・階級 E

 ・特技 <鉤爪> <甲殻> <憤怒> <俊足> <尾鋏>


 あまり使い所が無かった麻痺針を今回は採用しなかった。

 そして、汎用性が高い甲殻と尾鋏を残す結果となった。


(サンはもう肩に乗せるのは無理だな)


「次はイチだよ」


 最後に毛並みの良い黒毛を一撫でする。

 先程のサンと同じ様に魔力を送り込む。



■イチ

 ・系統 悪獣

 ・種族 アルミス

 ・階級 F

 ・特技 <輪転> <鱗刃> <火手>


 刃になった鱗を沢山まとったアリクイ、もといセンザンコウ姿のイチが姿を表す。

 今まで、保護色と毒爪による奇襲、搦手に近い戦法がメインだったイチも、大きく<特技>を変えている。


(あまり使い勝手が良くなかったら、戻せばいいかな)


 ソリオンは若干の不安を抱えつつも、新しい力を得ることに成功した。





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 ご覧いただきありがとうございます。

 私事で忙しいイベントが重なったため更新が遅れました。申し訳ありません。 


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